エルーダ迷宮ばく進中(メッセンジャー)17
朝から雨が降っていた。
「休みの日だったらよかったのに」
僕は欠伸しながら地下の階段を登った。
装備を整えるついでに、この間大量に消費した『完全回復薬』を補充しようと、完成した大瓶を小脇に抱えていた。
リオナも着替えを済ませて上がってきた。
リオナたちの朝の散歩はこの土砂降りで中止になった。
今日のところはユニコーンの子供たちも屋根の下でのんびりすることだろう。
「おはよう、兄ちゃん」
「なんでお前らがいるんだよ!」
「レオのお迎えー」
ピノのチームがレオ以外全員、揃っていた。
ポータルまで歩いて濡れるのが嫌なだけだろ。玄関に泥足がないところを見ると、裏口か。
「お待たせ、みんな」
レオも装備を整えて、地下から顔を出した。
「結界、頼んだわよ」
「分かってるよ。みんな雨具を渡り廊下に脱ぎ捨ててきたみたいだからね」
ピノたちは笑ったが、アンジェラさんは怖い顔をして、子供たちを威嚇した。
「あんたたち!」
「ちゃんと乾かしてるよ!」
「脱ぎ捨ててないから!」
「忘れ物するなよ」
「大丈夫。みんな持ってる」
レオは僕たちとお揃いのリュックを揺すった。
「じゃあ、兄ちゃん。先行くからな」
「気を付けろよ」
「付き添いは?」
「あ、忘れてきた」
子供たちは中庭に向かって駆けだした。
「お早う。賑やかだね」
ロメオ君がやって来た。
ロザリアに一瓶。アイシャさんにも、残ってる分を回収して代わりに一瓶。リオナとロメオ君は補充で一瓶消費した。
うちは万能薬がメインだから、あまり使わないんだけどね。
子供たちが爺さんを連れて戻って来た。
「あれ、まだいたの?」
「レオ、薬足りてるか?」
「薬?」
「『完全回復薬』」
「いらないよ! まだ封を切ってないのあるから!」
「使い掛けだから、遠慮しなくてもいいんだけど」
「充分足りてるから!」
「そうか? じゃヘモジ、畑に撒くか?」
「勿体ない!」
四十八層、前回の続きからである。
「ナーナーナナナナ、ナーナナナー」
ヘモジが踊り始めた。
「何やってんの?」
「こないだの呪文」
オクタヴィアが言った。
「ナーナンナー」
そんなんで発動したら、世界中の呪文の発声練習が意味なくなるだろ!
「ええ?」
魔法が発動した!
「嘘でしょ?」
『この先行き止まり』『隠し扉↓』
あの落書きが通路に現われた!
「こんなことって……」
ロザリアもロメオ君も呆然と立ち尽くす。
僕は複雑な感情を抱えたままヘモジの顔を覗き込んだ。
「ナ?」
なんで本人が首捻ってるんだよ?
アイシャさんが吹き出した。
「ああッ!」
やられた!
アイシャさんのいたずらだ。
「ほら、先に行くぞ」
まったくもう。
僕たちは全員安堵の溜め息をついた。
「心臓が止まるかと思った」
「大人なんだから、大人げないことしないでよね!」
ナガレが怒っている。
「悪かった」
ヘモジには魔方陣を覚えさせて、イメージ発動型を教えてやった方がいいかな。
前回の一方通行を通り過ぎて次を目指す。
「ソウル発見」
オクタヴィアが笛を吹く。
ソウルが猛烈な勢いで駆けてきた!
「今までにないタイプだ」
ガランガッシャン!
「うーん、前回と同じ罠に引っ掛かったね」
「でも前回とは違う」
罠を物ともせず、五体満足で突撃してくる。その手には微かに傷付いた分厚いラージシールド。
「傾向と対策でもしてるのかしらね?」
ナガレが冗談を言う。が、あの盾は……
まずは衝撃波!
埃の波がソウルを通り抜けた。
ソウルは身構えたまま静止した。
「致命傷にならないか」
「面倒じゃな」
「あの盾が本体ってことは……」
ロメオ君が言った。
「ないね」
「ないわね」
「だったら今頃バラバラになっておる」
「しょうがないな。あの盾は放棄かな」
「あれで殴られてはたまらんからの」
二発目の衝撃波がソウルを捉えた。
今度の衝撃波は威力が段違いだ。
ソウルの重装備の全身が浮いた。
そして突き当たりの壁に鉄塊の如き衝撃を以てめり込んだ。
「反応が消えた」
通路の先の罠が気圧に押されて幾つか発動した!
なかに爆破系の罠が混じっていて、周囲にいる二体のソウルに気付かれた。
「次の扉!」
オクタヴィアが肉球パンチで扉の場所を知らせてきた。
『まあ、頑張れや』
「…… これって誰が書いたものなのかな?」
「ここを造った教会関係者じゃろ? 余程退屈だったのだろうな」
「四十八層ですよ?」
「教会には裏技がいろいろありそうじゃからな」
「教会関係者が、こんないたずらみたいな物言い……」
ロザリアが反論するが、お邪魔虫がそこまで来ていた。
通路の影にヘモジは身を潜めた。
角から頭を出したところで襲撃する気だろう。
ソウルはそうとも知らずに近付いてくる、ように思えた。
ヘモジの頭の上の壁がごっそりなくなった。
「何あれ?」
巨大ハンマー! タイタン以来のミンチハンマーだ。
打撃面に肉の繊維を引き裂く、鋭い凹凸が並んでいる。
だが、こっちのハンマーも負けてはいない。
「右腕!」
リオナの声にヘモジが反応した。
ミョルニルを籠手目掛けて撃ち込んだ。
ソウルは持っていたハンマーを手放した!
壁にぶつかり、跳ねながらこちらに飛んでくる!
ズドーン。
障壁に当たる前に、床にめり込んで倒立したまま止まった。
「恐ッ!」
「死ぬかと思ったのです」
まさに死の一歩手前だった。
リオナのすぐ後ろに鉄球が!
「リオナッ!」
鉄球が跳ねた。繋がれた鎖の限界。リオナは間一髪、床に滑り込んだ。
鉄球に付いた鎖をたぐり寄せるもう一体のソウルが現われた。
「この狭い通路であれを振り回すことはできない。付与だ!」
遠心力を付けて投げているのではない。武器に付与が施されているのだ。
だから予備動作なく飛んでくる!
巻き上げている途中で、鉄球が弾けた!
僕の結界が鉄球を弾き返した。
鎖を巻き取る振りをして、間合いを詰めていたようだ。
今度はリオナの立ち位置を越えていた。
雷が鉄球に落ちた。鎖を伝った稲妻が敵の手元で破裂すると、ソウルの身体は弾け飛んだ。
「もういないな?」
周囲の敵は粗方片づいた。
「危なかったのです」
察知できなかったのは油断か…… はたまた常識が邪魔をしたからか?
敵には気付いていても、鉄球があのタイミングで飛んでくるとは思わなかったのだろう。
アイテムを回収して、次の一方通行に向かう。
今度の一方通行もゴールに続く道ではない。恐らく本線を離れて、ゴールのある中央を迂回して北に向かうことだろう。
「気を抜けんな」
アイシャさんが珍しく弱音を見せた。
『はずれ』
『努力は常に無駄を生む』
『進むな、危険』
『振り向いたら負けだ』
『真実は失敗のなかにある』
またいろいろ扉の前に書かれていた。
ほんと、誰が書いたんだか。
僕たちは一方通行を越えた。
まずは罠を探知しないとな。
 




