エルーダ迷宮追撃中(四十七層・ラムアタック)74
「いいこと思い付いた!」
ロメオ君が声を上げた。
「何?」
「実戦で使ってみない?」と言ってこの船の船首部分を指差した。
「あー」
悪いスイッチが入ったね。
でも面白……
「やるのです! 突撃なのです!」
リオナがクラーケンに頭突きを食らわす勢いで身を乗り出した。
「ナーナー」
ヘモジもミョルニルを高く振り上げる。
「一撃爆砕!」
オクタヴィアも肉球パンチを虚空に繰り出した。自分の手が粉砕されないようにな。
アイシャさんとロザリアが「どうすんの?」という冷ややかな目で僕を見る。
船を作った僕が悪いというのか!
「ったく、しょうがないな。戦闘準備! これは遊びじゃないぞ」
説得力ないな……
「やった! 行くよ、みんな!」
ロメオ君は操縦桿をきつく握った。
「わくわくするのです!」
「ナーナー」
「戦略的撤退」
オクタヴィアは己の拳を守るため、僕の肩の上に戻ってきた。
「まず海に帰れないように釘付けにする!」
船が急旋回しながら急降下する。
「うわぁあああ」
「ナーナ」
ヘモジがボーガンを構え、払いに来た足を射た。
ドンッ!
「ナーナ」
太すぎて千切れなかった。が、だらりと垂れ下がった。
「ちょっと、魔石が小さくなるわよ! いいの?」
ナガレが叫んだ。
「精霊石持ち帰ったって金にならないんだ。売り払える量の肉と手頃な大きさの石でよろしく!」
僕は鋭利な大岩をクラーケンの足の根元の水掻きに向かって落とした。
「とどめはラムアタックだからね!」
ロメオ君が釘を刺す。
地響きと共に大岩はクラーケンの水掻きを串刺しにした。
相手をミノタウロス風情と舐めきっていたクラーケンは怒り狂った。
「怒った!」
見りゃ分かる。
「まったく世話の焼ける」
アイシャさんも仕方なく戦闘に参加してくれるようだ。
「まあ。本気で遊ぶにはちょうどいい相手かの」
一瞬で暴れまわる足を二本切り落とした。
うわっ、切れ味恐ッ。
ニヤリと笑った。
ヘモジも次のボルトを装填し終えて構え直した。
「真下から来る!」
オクタヴィアが耳元で叫ぶ。
僕は障壁を強固にしたが、ロメオ君は船を急減速させて船尾を流し、急旋回を掛けた。
目の前に大きな足が。空に向かって伸びた。そして落ちてくる。
「『風斬り』ッ!」
リオナが両手を使った二連撃を放った。久しぶりに見せた『風斬り』だった。
切り口から上が落ちていく。
「早いもん勝ちなのです」
ナガレが悔しがった。 あっという間にクラーケンは半分の足を失ったが、そのおかげか、水掻きを串刺しされたぐらいで拘束されていてはいけないと気付いたらしい。
「逃げるわよ!」
足の付け根にある水掻きを自ら引き裂きながら海に帰ろうとするところを見てナガレが叫んだ。
「わたしだって…… 逃がさないわよ」
ロザリアの本家本元『氷結爆裂』がクラーケンの頭上に落とされた。
「おおっ!」
みんな感嘆の声を上げた。
あっという間にタコの氷像ができあがった。欠けた腹側に氷の花が咲いている。
だが足元は不十分でギシギシ、ミシミシまだいっている。
「今だ!」
「ナーナ!」
船は大きく弧を描いて船首をクラーケンの頭部に向けた。
「行くよ!」
ロメオ君は『浮遊術式』のリミッターギリギリまで魔力を注いだ。そして推進方向に術式のベクトルを集めた。船は落下速度も合わせてどんどん加速した。
「必殺ラムアターック!」
「ナーナー!」
「おーッ」
リオナ、ヘモジ、オクタヴィアが叫んだ。
うわわわわわわ!
船の振動が! 急降下が! 船首部分の障壁を下げて、ラムを突出させる。
「竜骨大丈夫かな?」
僕はオクタヴィアを抱えながらロープ止めにしがみついた。みんなも各々安全帯を引っかけた手摺りなどに身体を固定し衝撃に備えた。
障壁全開! 鏃のように円錐形をイメージした。
今、思い至ったんだが、僕の障壁があればラム要らなかった気がする。
「衝撃注意!」
ドッーン!
頭部に突っ込んだラムが表皮を貫いたが、想像以上に食い込みが浅かった。
しまった、ラムには何も付与していなかったんだった。
物理攻撃で押し切るには相手が大き過ぎた。
ガガガガガッ…… 切っ先が貫通せずに、船が倒立していく。
ガガ…… ガ……
推進力全開で刃を押し付けるが、ラムの刃はこれ以上食い込まなかった。刺さったまま船体は止まった。これ以上押し付けても倒立するだけだ。
ロメオ君は脱出すべく、昇降舵の向きを変え、船首方向にある術式を展開する。
クラーケンの感情のない虚ろな目と目が合った。
やばい!
『無刃剣』で切り刻もうとしたらヘモジが叫んだ。
「ナーナーナーッ!」
ドオオオオオン!
ミョルニルでクラーケンの腹側から頭に掛けて凍っているところを粉砕した。
食い込んでいた刃が抜けて、船は浮力を取り戻し、水平を取り戻した。
「死ぬ……」
「死んだわ」
船体にしがみついていたナガレとロザリアが船の手摺りに手を掛けながら立ち上がった。
「腕が痛いのです」
そう言いながら肘を回している。筋を痛めたかな?
「念のために薬飲んでおきな」
「そうするのです」
「ロメオ君は大丈夫?」
「鞭打ちになったかも」
ロメオ君も万能薬を口に含んだ。
「グダグダだったな」
「そう言えばラムに付与してなかったね。すっかり忘れてたよ」
「こんな大物相手に使う予定なかったからな。いい教訓になった」
「お前らやり過ぎじゃ!」
「いやー、もっと格好良く決まると思ったんだけどな」
「酷い目にあったわ」
ナガレが床に座り込む。
「でも面白かったわね」
ロザリアはクスクス笑う。
僕たちも釣られて笑う。余りの馬鹿らしさに笑うしかないって感じだ。
「ナーナ」
ヘモジが手摺りから下を指差す。
「ミノタウロスが逃げていくって」
オクタヴィアが通訳した。
「礼はしてくれないみたいだな」
「今までの悪行は消えないのです」
リオナは拳をにぎにぎしている。まだ痛むのか?
「指輪一個落っことしたです」
「ええええええええ?」
指輪の探索も兼ねて、リオナとオクタヴィア、護衛のヘモジを連れて僕は獲物の回収に出た。
鼻の利くふたりならすぐ見つけるだろう。
切り離された足は僕が解体屋に送りつけた。
魔石はうんとグレードを落として、魔石(大)になってしまった。特大狙いだったのだが、やり過ぎた。頭部と足半分だけになってしまったから、しょうがない。
「あったのです」
向こうも見つけたようだ。
 




