エルーダ迷宮追撃中(長老がいる)49
ロメオ君が絶体絶命のとき、ちょうど玄関の扉が開いた。
「入るぞ」
姉さんの登場である。と思ったらヴァレンティーナ様といつもの面々がゾロゾロと入ってきた。
例の古参と会ってきた帰りか? 防音結界が気になったのか?
「おかしなハイエルフが侵入したと聞いてな、様子を見に来てやったぞ」
なんだ長老、見つかってるじゃないか。
「おかしいとはなんじゃ!」
姉さんと長老がにらみ合った。
「なんだ? 今度はレオの妹か?」
「ちがーう! 我が名はエテルノ・フォルトゥーナ! 長老じゃ!」
「ほんとか? いくらエルフが終生若作りとは言え、若過ぎやしないか?」
「若作り言うな! 魔女が!」
「アイシャ、お前の里、大丈夫か?」
「他の長老は皆しっかりしておる。若く見えるのは妖精族の血を引いておるからじゃ。からかい過ぎると痛い目を見るぞ」
「こら! アイシャ! もっと我を敬わんか! お前がそんなだから舐められるのじゃ!」
「それで、なんの用だ?」
「例の手紙の続きじゃ」
「わざわざ長老がか?」
「余程のことらしいの」
「こら、お前ら、我の話を聞けーッ!」
「話す前に飛び出したのエテルノ様じゃないですか! お茶冷めちゃいますよ! それに早くしないとパイなくなっちゃいますからね」
レオが聞き捨てならないことを言った。
リオナの森を出たら、ヴァレンティーナ様やエンリエッタさんたちがお茶を啜っていた。
「アップルパイのお代わりはないのかしら?」
「こら待てー、我のアップルパイに手を出したらただではおかんぞ!」
「長老の分まで取りゃしませんよ。早く席に戻ってください」
「レオ、お前まで!」
「たぶん長老様が会いたがっていた人たちですよ。あの方がこの町の領主で、この国の王女様です」
「!」
「それにあの魔女は魔法の塔の筆頭補佐官じゃぞ」
「なんじゃと!」
「それにあそこの娘は教皇の孫じゃ。今も隠れている護衛の者たちも教会の隠密たちじゃ」
「な、な……」
「もっと言えば、ここにいる者は赤子たちを除けば皆ドラゴンスレイヤーじゃ。あのお姫様もな」
ぐうの音も出ない。
「あそこでチョロチョロしておる小人の召喚獣、あやつはつい先日、タイタンを単独で撃破しおったぞ」
「それを言ったらリオナもナガレも一分、切ったのです」
「なんじゃと? 瞬殺したと申すか?」
「後で証拠の金塊をたっぷり見せて上げるのです」
「そうだ、なのです! ハイエルフもエルフなのです! 長老様、ミスリル買わないですか? 売るほどあるのです」
「ミ、ミスリル?」
なんか気の毒になってくるなぁ。
「エルネスト、他に食い物はないのか?」
「何も食べてないの?」
「護衛全員分の料理をやもめ親父に出させるわけにはいかんだろ?」
「じゃ、急いで作るから」
「でしたら我々も」
「じゃあ、台所に」
エミリーが陣頭指揮を執ってエンリエッタさんとサリーさん、ルチア嬢を導いた。
「ご自由に使ってください。足りなければ地下の食品庫から持ってきますので」
「お前はどうするんだ?」
「僕はピザでも焼きますよ。生地もあるし、具を載せて焼くだけだし」
普通釜を温めるのに苦労するが、僕の場合魔法で一発点火、即刻高火力だ。
迷宮で仕入れた熟成チーズにヘモジが選んだトマトにバジル。ソースの在庫は…… ありゃ、空だ。
「塩、ニンニク、後なんだったけな」
「わたしがやります」
ソース作りはエミリーに任せて、釜の面倒を見ることにする。
「鉄板を載せて、どうしようかな、薪でいくか、魔石でいくか…… いや魔法でやっちゃおう」
「これも焼いて欲しいのです」
リオナが持ってきたのはハンバーグ……
ピザ窯でハンバーグを焼けだと! まあ、フライパンごと焼いてやるよ。
「ソースは自分で用意しろよ」
「分かったのです」
「あの…… 何か手伝いましょうか?」
レオが来た。長老もいるんだから大人しく待ってりゃいいのに。あ、いや、だからか。
「そうだ。レオ、魔法の修行だと思って僕と同じことしてみる?」
僕は魔法で釜に火を入れた。
「手伝います」
レオが身を乗り出した。
釜全体を一気に高温まで持っていく。勿論一気にやり過ぎると折角の釜がひび割れてしまうので、そこは限界ギリギリを狙って。
釜のなかの温度が上がってくるといよいよ料理開始である。
エミリーについでに盛り付けまでさせた生地を一枚ずつ放り込んでいく。
レオはただじっと見つめている。
ここで僕は均一な温度になるように釜のなかに対流を起こす。
そして待つこと数分、生地の縁がいい色に焦げてきたら、取り出して完成だ。
「じゃ、換わろうか?」
「もうですか?」
「手を貸すからさ」
レオは放射熱に汗しながら必死にピザを焼いた。
最初は何もできずにただ焦がした。勿論それでもピザにはなった。
食い道楽のうちの連中がなんというかは知らないが。
二枚目を焼くとき僕は手を貸した。
釜の温度が下がってきたので温度を上げ、鉄板の温度が偏りそうになると指示を出した。知ったところでいきなりどうにもできないので試行錯誤しかない。
取り敢えず対流を起こしたり、発火点を移動したり、炎の厚さを変えたりしていた。
僕はそれをずっと何気ない顔で見ていた。
焼きも焼いたり十枚も焼いたら、もうフラフラだ。
レオは熱に中てられ、魔力が枯渇して今にも事切れそうだった。
「アイシャさんが言ってるのは今の僕と君の差がなぜもたらされたかということだよ。僕は同じ場所にいたのに汗一つかいてないし、魔力も充分残ってる」
「二つの魔法を同時に?」
「でも魔力を二倍も消費してないよ」
どうしようかと思ったが、知ることと習得する努力は別物だとレオの顔を見て決めた。
「魔力は身体の内にあるだけじゃないよ。この家には神樹もあるし水脈も通ってる。召喚獣たちはこの家の魔力を自由に利用することで飼い主そっちのけで好き勝手してる」
「魔力って身体の内に沸き上がるものじゃないんですか?」
「勿論そうだけど、人ひとりの力には限度があるよ。ハイエルフでも長時間魔力を放出していればそうなるしね」
「これが伯母さんが教えたかったこと?」
「いや、ここがスタートだと思うよ」
「でもどうすれば……」
「今度は教えてくれるよ。言葉にしてみるといい」
あれで面倒見のいい人だからね。
後片付けをして戻ってみると豪勢な食事会が始まっていた。
ヘモジが野菜の産地説明をしている。
エミリーは台所で洗い物に従事していた。
フィデリオは姉さんが膝に置いていて、給仕はエンリエッタさんがしていた。
長老は見たこともない料理のフルコースを子供のように頬を膨らませて堪能していた。
「ドラゴンの肉の盛り合せなのです。夕飯食べられなくなると困るのでマリネなのです。大体エルリンが獲ってきたです」
長老は愕然と皿を見つめ、レオは僕の顔を見つめた。
「ひとりじゃないから、みんなで狩ったんだよ」
「大体ってことは例外もあるんですよね?」
「あー、たまたまドラゴンが瀕死でね…… 取り敢えず、レオも食べない? なくなっちゃうから」
僕は自分の席について、レオはアイシャさんの横に無言で座った。
気の毒なことだ。
彼の座席は長老の隣だった。
「ほれ、レオも食え。大きくなれんぞ」
説得力なさ過ぎだな、長老。どう見てもうちの子供たちと一緒だぞ。
「お前を里から出して正解じゃった。こんなうまい物にありつけるとはな」
食った物がもう発酵したのか?
「何よりよい先達に出会えた。エルフならあと百年は答えを教えはせんかったじゃろう」
だと思った。
一緒にいるこっちの身にもなってくれよ。死ぬまで次の進展がないってあんまりだろ。
 




