エルーダ迷宮追撃中(タイタンを探せ)24
「明るくない?」
地下が明るかった。
光源をたどると階段前の天井の吹き抜けから光が差し込んできていた。日が傾いたせいだ。
周囲の壁も照らされている。
光を背にした天井の四隅と、奥へと続く通路に影が残っていた。
『開かずの扉』のなかか?
リオナたちは部屋のなかを探したが、やはり何も見つからなかった。
ロメオ君は羊皮紙の見取り図を一心に見入っている。
マリアさんがいたら、ヒントが貰えたかもしれないな。
『入口を指し示す…… 入口を指し示す……』
繰り返しロメオ君が呟いている。
入口…… 僕の視線は階段の扉に向けられた。指し示す…… 先端は? 影の縁を目で追うが先端などどこにもなかった。でも影追いのルールは続いているはずだ。ここがゴールでない限り。
あの文章にもっと懐疑的に対処すべきか? 言い回しに何かまだ……
「分かったッ!」
ロメオ君が叫んだ。
「かもしれない……」
下方修正。
「どこ?」
「どこなのです!」
「どこよ!」
「どこなの?」
「ナーナ」
「?」
全員が駆け寄る。
ロメオ君はリオナにも見えるように見取り図を低い位置に構えた。
ヘモジは抱え上げてくれるように僕のズボンの裾を引っ張った。僕がしゃがむとオクタヴィアも僕の肩に飛び乗ってきた。
揃ってリュックに脚を掛け、肩越しに身を乗り出して下を覗き込んだ。
「もし間違ってたら、スタートからやり直しなんだけどさ…… 僕たちが逆走してきたと考えるとしっくりくるんだよね。本来文章通りの経路をたどってこっちから入ると考えると、影を追うというのはこの通路を行くことなんじゃないかな?」
それは来た道をもう一度戻ると言うことか?
でも特に何もなかったはずだ。
「もう一つの入口だと僕たちが思っているこの階段。この印、上じゃなくて下に続いているとしたら、どうかな?」
ああッ! そう言うことか!
「だから外から入口が見つからなかったのです!」
リオナが声を上げた。
「この通路、サンドゴーレムをショートカットするためのルートじゃなかったってこと? タイタンに行き付くためのルートだったと言うの?」
ナガレも面食らっている。
でも、まだ決定したわけじゃない。
「通路に影は繋がってないぞ」
「続いてるのです」
そう言うとリオナは両開きの『開かずの扉』を全開にした。
「繋がってるのです」
ふたつと扉の裏側にできた影を伝って、階段の影が『開かずの扉』の部屋のなかまで繋がった。そして部屋を一周すると反対側の扉の裏側を同じように伝い、天井の隅から垂れている影に合流した。
天井の影はそのまま通路のなかまで続いている。
「繋がったわね……」
「屁理屈のような気もするけど」
ナガレの言葉に僕は返した。
「この通路を見つけた段階で、普通はこの奥だと思うんじゃないかしら?」
ロザリアが正論を吐いた。
そうかも知れない。この通路を見つけた段階でパズルは終了したと考えるべきなのかも知れない。情報提供者がそこまで細かいことを気にして書いたのか、今となっては甚だ疑問である。
他に対案がない以上、戻るしかないだろう。
ルート上の敵を大部屋まで既に狩り尽くしている点だけはせめてもの救いであるが、空を飛んでいった方が早いだろう。
僕たちは休憩したところまで一気に戻って、そこで昼食、地下通路の残りを攻略して、ボス部屋を目指す。
勿論、ボス部屋が見つからない可能性も捨てきれないが。
地図を見る限り、移動は今までの行程の半分で済むはずだ。正味一時間。タイタンと戦っても日が沈む前には帰れることだろう。
食事と休憩を済ませると、もう一つの通路を探しに僕たちは大部屋に下り立った。
天井には大穴が空き、床には崩れ落ちた瓦礫が散乱していた。
頭上の砂が時折まとめて降ってきては床に小山を築いた。
地図を見れば通路の位置は大体分かる。
「この辺りだよな」
「風の流れはないのです」
「ない、なーい」
大穴の上の方の砂埃は舞っているが、下の方は静かなものだ。
目印らしき物があるはずだが。
「太陽か?」
見上げた位置に太陽のレリーフがあった。光が降り注ぐ様子が描かれていた。
となれは影がどこかに。
どこにもない。
ロザリアがもしかしてと太陽の位置に光を掲げてみせた。
何かないかとみんな周囲を見渡した。
折れた柱が影を作っているが、今回は目的があるようには見えなかった。
ロザリアの思いつきは徒労に終わった。
「ぶち壊した天井に何か目印があったのかも知れないわね」
ナガレが言った。
「だったら、壁も壊すしかないな」
「その方が早いかもね」
話をしている横でリオナが短剣の柄尻で壁を叩いていた。
オクタヴィアが一緒になって壁に耳を貼り付けている。
反響を聞き分けているのか?
全員口を噤んで見守った。
分厚い壁だ。正直僕たちに音の違いは分からない。
ふたりがピタリと止まった。
「ここなのです! この先が空洞なのです」
壁を調べたが。仕掛けらしい物は見つけられなかった。
「しょうがないな」
力業で行くことになった。
僕は『無刃剣』で壁を切り刻んだ。
「おおっ?」
切り刻んだ塊が地味に、ゴロゴロ床に落ちた。
派手に行くと思ったようだが、通路が陥没したらどうする? そっちの始末の方が大変だ。
取り敢えず一角が貫通して向こう側が覗いた。
懐中電灯でなかを照らした。
同じような通路が延びていた。
「間違いない。ヘモジ」
オクタヴィアに構って貰えなくて退屈そうにしていたヘモジを呼んだ。
ヘモジはミョルニルを振りかぶって、僕が切り刻んでギザギザになった壁面をぶっ叩いた。
部屋全体が揺れた。
天井の穴から大量の砂が落ちてくる。
壁が音を立てて向こう側に崩れた。
「ナ!」
通路の先で暗闇が動いた!
「闇蠍だ」
ロザリアがヘモジの前に割り込んで魔法を放った。
真っ暗な通路が明るくなった。
続け様に数発放り込まれた。
眩しい……
僕は目を細めた。
闇蠍の反応が急速にしぼんでいく。
「……」
ロザリアは次を撃ち込むべきか、まだ身構えている。
「倒したです」
リオナの判定に態勢を解除した。
「魔素が濃くなっているみたいだな」
ロザリアの判定が一拍遅れたのはそのせいだ。
「タイタン…… 奥にいそうだね」
「蠍の結界も強くなるぞ」
「こっちの攻撃もね」
密閉されていた空間のせいだろうが、換気した方がいい。
穴のバリに注意しながら、僕たちは通路に入った。
「ほんと『魔力探知』が霞むわね」
「リオナでも分かるのです」
こちらの通路でも分岐の度に襲われた。が、見取り図があるのは有り難い。風も抜けていないので、なければ彷徨うところだ。
通路を探すのに手間取ったが、僕たちはほぼ予定通り扉の場所まで辿り着いた。




