エルーダ迷宮追撃中(サンドゴーレム再び)21
進路を右に切る。
地割れが道を塞ぐそうだがどれくらい進めばいいのだろう。いきなり落ちないように注意しないといけない。
リオナとロメオ君が先行し、高度を上げた。
高い所から周囲を見渡せるのは僕たちのアドバンテージだ。
僕も上がりたいが、残念ながらロザリアと低空で待機だ。
ふたりが遠くを見ながら何か話し合っている。
結構長い間、子細に何かを確認している。
ふたりは砂嵐を気にしているようだった。その先に何かあるような様子だ。
地形さえある程度把握できれば転移で移動も可能だけれど、あっちの方角は無理だ。嵐で何も見えない。正規ルートの方角なら晴れているし、見える範囲で転移することは可能だろう。
「やっぱりあれはサンドゴーレムよね?」とナガレが言った。
「あの先に何かあるのかしら?」
ロザリアは砂嵐を挟み込んでいる稜線の向こう側を覗き込む素振りをした。
「ふたりの様子だとありそうだな」
視線を日の光が遮られた夕暮れのような景色に注いだ。
砂嵐は停滞したまま移動する様子がない。
レベル六十超えのサンドゴーレムか……
ふたりが戻ってきた。
「戻ったのです」
「どうだった?」
「それがさ。あの嵐を越えるとショートカットできそうなんだ」
何かあるとは思ってたけど。
「たぶん日時計まで一気に行けるんじゃないかな」
「それってタイタンの待ってる洞窟まで一気に行けるってこと?」
ロザリアが言った。
「あれを倒せばね」とロメオ君が砂嵐を指差した。
「サンドゴーレムなのです」
やっぱりそうだ。
「前回と同じやり方でいいかな。通過を最優先に一気に倒すか。それとも大回りする?」
「レベルアップしてるよね?」
「それが心配よね」
「砂嵐の強化程度ならいいけど。再生能力に拍車掛かってたら困るよ」
「一気に核を破壊するしかないな」
「今のリオナなら切り刻めるのです」
前回は歯が立たなかったからな。
「火力で押し切れなかったら、杖を使おう」
それが無理なら回り道だ。
皆頷いた。
「どうやって近づく? 向こうは動く様子がないからこっちから行くしかないけど」
「待ち伏せはできないか。結界張って突っ込むしかないか」
取り敢えず近付いてみることにした。
風が強くなってきた。外套がまくられ、とても飛んでいられる状況ではなくなった。
僕は地上に降りるよう合図した。
少し距離があるが止むを得まい。
僕たちは結界を張って砂嵐に突っ込んだ。結界ごと持っていかれそうになった。
急いで塹壕を掘り、風上に壁を築いてやり過ごした。
僕たちは塹壕を掘りながらゆっくりと前進する。
振り返ると、結界の加護を失ったところから再び砂に飲み込まれていった。
息切れがする。
魔力の消費が半端ない。万能薬を口にしながら、剣を杖に持ち替える。
術式展開!
ぐわんと一瞬身体が揺れた気がした。
急に楽になった。
結界が作動している。杖の先の輪っかも輝いている。リングの数は三枚。少し大人しめだ。
「便利なものね」とナガレが呆れた。
今に始まったわけじゃあるまいに。
ようやく砂塵を突っ切った。
「本体は?」
え?
僕たちは視線を上に上にと移動する。
二十階層のサンドゴーレムは通常のゴーレムの二倍程だった。が、このゴーレムは三倍はあった。幅も全長に比して広い。
「ええー?」
砂嵐に囲まれたこの狭い空間でこの大きさは余りに殺生ではないだろうか?
すべての範囲がゴーレムの直接攻撃範囲だ。
すぐに核の位置を探った。
やられる前にやらないと。
「左肩の付け根だ!」
「なのです!」
どう考えてもこちらからの直接攻撃は届かなそうだ。
銃も魔法も斜角を考えるとこのままでは無理である。
周囲を強風に囲まれていては飛行もできない。
前回同様、熱して急速冷凍か?
「若様、落とし穴」
でかい奴をやるときの基本は足元を崩すことだが……
「相当深い穴を掘らないとな」
作戦は決まった。ぶっ倒して袋だたきだ!
僕は足元を掘り抜いた。
え? 底が抜けた!
掘り込んだら、何もない空洞にぶち当たった。
ボボボボガッ!
サンドゴーレムが首元まで埋まってしまった。
一瞬躊躇したが、予定通り僕たちは突っ込んだ。
敵は腕も動かせずに完全に嵌まっている。叫ぶ口もないから首を振るだけだ。
リオナが銃弾を撃ち込んだ!
「ここなのです!」
そう叫ぶと、合わせてロメオ君とナガレが魔法を撃ち込んだ。
サンドゴーレムの鎧は砂嵐であって、本体の強度は標準的なゴーレムと変わらない。ただでかいのでその分核までの距離があって、核を破壊しづらいのだ。おまけに豊富な魔力をベースにした回復力が半端ないのである。
大抵、魔力を使い切らせるまでひたすら、攻撃あるのみであるが、そんなことをしていては日が暮れてしまう。
一点集中、回復速度を上回る破壊力で削るしかない。
ロメオ君は高温で一気に熱した。
ゴーレムの肩口は溶岩のように真っ赤に燃え上がった。
一人でやるつもりか? 氷をぶつける気だ。巨大な氷槍が肩口を抉った。そのまま一気に凍らせる。
袈裟懸けに大きな亀裂が入った。ヘモジのミョルニルが炸裂した。ひび割れた表面が砕け散った。
皆、目を見開いた。
大きな核だった。ゴーレムの核でこれほど大きな核は初めてだ。アイスエレメンタルゴーレムの核も大きかったが、それより一回り大きかった。
こりゃ魔力も半端ないな。明らかに精霊石が獲れるサイズだ。魔石が出ないのが口惜しい。ここでミスリルが出ても全然嬉しくないから! 捌けないから!
「わたしにやらせて!」
リオナの手を止めさせ、ナガレが魔法を唱えた。
「『無刃剣』!」
水属性の『無刃剣』が核を真っ二つにした。が、再生を始めようとしていた。
さすがにこれには驚いた。核さえも再生させるなんて反則だ。
「届いてないのです!」
リオナの声にナガレがもう一撃深いところを切り裂いた。
動かなくなった。
周囲を覆っていた砂嵐が風を失い地面に降り注いだ。
青空が少しずつ覗くようになった。
「倒したようだな」
「いつもならアイシャがやるんだけど。結構便利な魔法ね。発動も早いし、魔力の効率もいい。気に入ったわ」
「リオナがとどめ刺そうと思ったです」
無双はやめろ、魔力が勿体ない。やるなら『霞の剣』でやれ。
「ねえ、リオナ? さっきのあれはなんなの?」
ロメオ君が尋ねた。
「ナガレの一撃目で核切れてたよね?」
「切れてないのです。核は魔力の塊なのです。形はないのです。切ったのは殻なのです」
ロメオ君は固まった。正直僕も固まった。
「核は核だろ?」
「うーん、説明が難しいのです。核は幽霊なのです。殻のなかに閉じ込められているのです。普通は殻を切ればなかの塊も切れるのです。でも魔力が強いと結界と同じで跳ね返すです」
な…… リオナの奴、魔法は素人のくせに感覚で分かってるのか?
ロメオ君の瞳が輝いた。
どうやらゴーレムの核の解析に光明が見えたようだ。
それはそれとして。
ゴーレムの身体が崩れ始めた。
ああ、しまった! 底が抜けていたんだった。何もかも持っていかれてしまう!
僕はボードを抱えると大きく空いた穴に飛び込んだ。
ロザリアが阿吽の呼吸で光魔法を穴のなかに放り込んだ。
敵はなし。
「なんだここは?」
足元には巨大な石室があった。幸い地の底は抜けていなかった。
ちょうど足が付いたのか。
僕は上を見上げた。
「大丈夫だ。何もない」




