エルーダ迷宮追撃中(ご苦労さん会パート二)19
前回参加できなかった守備隊の残りと領主、その他が参加した今回は前回よりも人が多くなっていた。
「すまんな。遠征組が不公平だと言い出してな」
ヴァレンティーナ様が僕の耳元でささやいた。
国王来訪の後も貴賓の多くが町に滞在していたので、前回のときは周辺警護に多くの人員が割かれていた。ようやく最近落ち着いたとのことで、幾つかの部隊が町に戻ってきていたのだ。
「寂れずに済んでよかったですよ」
「酒代は払うから、予定より多めに頼む」
却ってラッキーだった。肉は狩りで獲ってくるのでコストは掛からないが、酒代だけはそうはいかない。
特別招待のマリアさんもやって来た。何を勘違いしたのか、ドレスアップしての来訪だ。兵士たちにはいい目の保養になるだろうが、横にいるのは我が姉だ。
余りじろじろ見ていると雷が落ちるから気を付けよう。自分たちの女房の雷が先に落ちるとは思うが。
本日の給仕には子供たち以外に領主館の使用人も参加している。
ヴァレンティーナ様曰く、館でも会への参加はプレミアチケットになっているのだそうだ。何せただで高級肉食べ放題にありつけるのだから皆真剣だ。
選考基準はメイド長とハンニバルの推薦で五名。残り十名はくじ引きだそうだ。一度当選するとくじ引きは二回休みになるらしい。
個人的な意見だけれど、肉祭りの当日に休暇を貰うのが最善の策かと思われる。今回はお偉いさんが多く滞在していたからそれも無理だったかも知れないが。
会場は空の酒樽が積み重なるとあっという間に本調子になってどんちゃん騒ぎが始まった。
でも会場の一角には唯一酒に飲まれていない者たちがいた。
「じゃあ、何か? 君が獣たちを操ってわざとトラップに掛かっていたというのか?」
サリーさんが驚きの声を上げた。
レオは頷いた。
『僕の目的は伯母…… お姉様に見つけていただくことだったんです。そのためには仕事がすぐ片づいてしまっては都合が悪かったんです』
『抜け出せばその容姿じゃ。すぐに妾の知り合いが保護してくれたろうに』
『最初はそのつもりだったんです。でも人質が増えてしまって。自分だけ逃げ出すわけにはいかなくなってしまって。いざとなれば彼らを守りながら逃げるつもりでした』
「つまり、盗賊たちが盗みに入ろうとする度に獣たちを先導してわざと騒ぎを起こしていたと言うのだな?」
レオは頷いた。
「その獣たちと例の横穴はなんだったのかしら?」
『奴らの仲間に『調教』と言うスキルを操れるユニーク持ちがいたんです。そいつは蛇を笛で操れたんです。当初の予定では奴らは獣たちに盗ませる計画をしていたんです。犬をけしかけ騒ぎを起こしている隙に蛇に展示品を飲み込ませ、側溝から脱出させる計画だったんです』
「『当初の予定』というのは? 予定が狂ったのか?」
『さっきも言いましたが、すぐに解決されては困るので僕が獣たちを逃がしたんです』
「君の能力でか?」
『エルフのなかには獣を使役するスキルを生まれながらに持っている者がいます。大概小鳥やねずみ程度ですが、僕の父方は獲物の追跡を専門にする『追跡者』の家系で。僕もこの手のことはお手のものなんですよ』
お茶を濁すところを見るとユニークスキルなのだろう。もしかすると『憑依』に近いものかも知れない。
サリーさんも深く突っ込む気はないようだ。
「それで逃がした獣たちを使って、今度は君が彼らの邪魔をしていたと」
邪魔と逃亡を一度にする辺り、操れるのは精々一日一体が限度というところか?
『地下に閉じ込められていたから町の外まで誘導してやれなかったんです。父さんだったらもっと遠くまで操れたのに』
皆解放された後、門を潜ることなく死んでしまったことは話さない方がいいだろう。
『だが、そのおかげでお前の居場所が分かったんじゃ。よしとせねばな』
そう言うことだ。能力の限界距離から逆算してあの場所を突き止めたんだ。優しさも無駄じゃなかったさ。
「あの地下室のなかでそれだけのことができたとはさすが…… です」
サリーさんと筆記担当の者が立ち上がった。
他の事情聴取もうまくいっているようで、余り多くのことは聞かれなかった。少し肩透かしを食らった感じだ。
どうやって生きたまま獣を持ち込んだのかとか聞くことは多々あったが、回答者は選り取り見取り、レオから聞くまでもなかったのだろう。
事情聴取に付き合ってくれた礼と詫びをしてふたりは荷物をまとめた。
「さあ、堅い話はやめにして楽しみましょう」
サリーさんは背伸びをして、レオに笑顔を振りまくと筆記担当と分かれてヴァレンティーナ様のテーブルに向かった。
いつの間にか、姉さんと飲んでいたはずのマリアさんが合流していた。
「あなたたち、いつもこんなことしてたの?」
すっかりアルコールが回ったマリアさんが僕の襟首を掴んだ。
酒臭い。美人が台なしだよ。姉さんがにやけながらテーブルのコップを指差した。
テーブルの上にはコップが三つ。
つまり、三杯でできあがっちゃったわけだ。
「死ぬ程美味しい」
はい?
「なんでもっと早く教えてくれなかったのよぉお!」
「だってこの町限定だし」
「わたしだって『銀花の紋章団』の一員だったのよ! 招待されたっていいじゃない」
「それは僕じゃなくて」
ヴァレンティーナ様を見た。
「そうね、同窓会というのも面白いかも知れないわね」
そう言って笑った。
子供たちの給仕は板に付いていた。注文を受けるとそそくさと動いた。料理の説明にも淀みがない。プロ顔負けである。ただ肉の講釈が長過ぎた。その根の正直さが愛嬌になった。
そろそろだと思って僕はリオナを探した。
すると奥さん連中に紛れて手を振る姿が見えた。
「さあ、皆さん。本日の目玉料理を紹介します」
アナウンスが入った。
カウンターに奥さん連中がトレーを並べ始めた。
トレーにはどっさり黒い玉が山積みになっていた。
「おにぎりと言います。見た目はあれですが、新しい食材を使った新メニューになっております。中身は鮭、おかか、昆布の三種類になっています。ご堪能くださいませ。尚『アシャン家の食卓』でも新メニューとして明日から提供予定になっております。お気に入りの折はぜひ足をお運び下さいますよう、お願い申し上げます」
「母さん、来たの?」
姉さんが僕に聞いてきた。
「うん。あれを置いてった」
皆、手をこまねいているところに姉さんはすっくと立ち上がって、カウンターに向かった。
「貰うわよ」
中身を確かめもせずにがぶりと一口、リンゴでも噛むように頬張った。
「これが…… おにぎり…… あの……」
そうだよ、姉さん。勇者のソールフードだよ。子供の頃母さんにねだっていつも困らせてたあれだよ。
「美味しい……」
「ちょっと弟君、わたしたちの分も持ってきてよ」
マリアさん…… 大丈夫? こんなとこで吐かないでよ。
僕が行かなくても姉さんがリオナを引き連れて人数分運んできた。
「これ食べられるの?」
ヴァレンティーナ様が怪訝そうな顔をした。
「いらなきゃわたしが食べるぞ。ほらマリア、空きっ腹だから酔うんだ。食え」
そりゃ酔う前にすることだよ。
「酷いようなら万能薬があるぞ」
女三人寄ればかしまし。四人集まれば尚更だ。
僕は逃げることにした。巻き込まれてはたまらない。




