エルーダ迷宮征服中(星月夜に流れ星)62
「三回目です」
リオナが望遠鏡を覗きながら言った。
僕たちは城の主塔の上でベーコンエッグサンドと作りたてのヘモジのジュースを傍らに置いて、街の喧騒を楽しんでいた。
星の光だけでも明るい夜だった。
冒険者ギルドのトラップが発動して雷光が暗がりのなかに明滅した。
「盗賊ホイホイなのです」
「やっぱり逃走ルートはあっちなんだな」
「メイン街道は目立つのです。裏通りを一番近い出口に向かおうとするとあのルートになるのです」
「あの辺りに重点配備して貰おうか? サリーさんに連絡」
「向かい側の裏手の理髪店の通り、シロがよく壁で寝てる家の横道を行った辺り、重点的によろしくです」
「シロって?」
「エリオット君の飼い猫です」
エリオット君て誰? 聞かずにおいた。
遠くで明かりが振られた。
伝わったようだ。
「北門でまた捕まったです!」
「また? 何度目だ?」
「六回目だな。俺がここに来てからだと」
僕たちの後ろに大男が立っていた。
「買ってきてくれたですか?」
「お嬢、お前なぁ、自分で行けよ。近いんだから」
「悪いなオズロー」
「仕事を頼んだのはこっちだからな、別に構わん」
僕たちはオズローに下のレストランで、閉店前にピザを買ってきてくれるように頼んだのだ。
「しかし、こうまで術中に嵌まるとはな」
「オズローも食べるのです」
「俺は仕事だよ」
「いいから、いいから。使いっ走りやってる段階でもう駄目だから」
「お前なぁ」
「成果は充分上がっているのです。オズローは褒められるのです」
「絶対怒られる」
我が友、オズローはサリーさん指揮の下、今夜の夜警に駆り出されたのだった。
そもそも妹のサエキさんの元にオズローが夜食を受け取りに来たのが運の尽きだった。
いつもならサエキさんの方が詰め所に届けに行くのだが、今夜は忙しくてオズローが我が家を訪れることになっていた。
そこで姉貴分面するリオナに遭遇してしまったのだ。
「どうしたですか?」
「緊急動員?」
「何するですか?」
「それなら手伝ってあげるのです」
一気に捲し立て、オズローの仕事を取り上げて、自分が参加することに決めたのである。
オズローの任務は夜警である。
今夜の冒険者ギルド襲撃に備えて、臨時に動員されたのだった。任務はうちの敷地周辺の警備であった。逃走犯がうちの森に逃げ込まないように手前に配置される予定だった。
ところがリオナが選んだ場所はうちの敷地を一望できる遙か離れたここだったわけだ。
「まだ宵の口だっていうのに」
北門から進入を試みた連中は呆気なく御用になった。四人組のチンピラだそうだ。
「北門で捕まるチンピラ連中は分かるけどよ。罠に掛かった連中はどこから入ってくるんだ? うちのチェックは厳しいから、荷物や荷馬車に隠れて潜入するのはまず不可能だぞ」
「昼間、人混みに紛れることは可能なのです。夜になるまでどこかで潜伏していればいいのです」
「どうせなら深夜まで待とうとは思わないのかな?」
「精霊石を狙ってる同業者が多いとなれば、勇み足になるのも止むを得まい」
でも、この調子だと早々に留置場は満杯だぞ。
「おいしいのです」
「おお、うまいな。これ」
ふたりは哨戒そっちのけでピザを頬張り始めた。
「下見してたのは何組だ?」
「六組だ。北門の連中が別口だとしたら、後三組だな」
昼間、展示会で怪しい動きをしていた連中が六組ほどいたらしい。怪しいだけでは拘束できないので、紐を付けて泳がせていたのである。
当然、今夜動くだろうということで動員が掛かったのであるが、数が多すぎた。そこで臨時召集である。
「動いたのです!」
「お?」
僕たちは狭間の縁に身を乗りだした。
遠くで合図の明かりが明滅する。
オズローが見える範囲で、城壁の見張りと連携しながら敵の動きを実況する。と、合わせるように追跡班の包囲網が狭まっていく。
突然、稲妻が走った。
「おわっ!」
盗賊側の反撃かと思ったら、事務所近くのトラップが反応したのだった。
「別働隊か?」
「違うな、馬鹿をやってくれた同業者を尻目に、横からかっさらう気満々だった別の集団がいたんだ」
「これで二つ消えたです」
事務所近くに待機していた部隊が既に黒焦げになった連中の回収に向かっていた。
「了解!」
オズローが言った。
「今日はもう終わりだそうだ」
「ん? もう終わったですか?」
北門で捕まった奴らのなかに下見をしていた連中が含まれていたようだ。
「終わりか?」
「ああ。今夜の緊急動員は解除になった。通常の警備体制に戻る」
「思ったより早く済んだな」
「じゃ、明日もあるから戻ろうぜ」
「ピザ食べてから戻るのです」
「俺にはまだ夜食が残ってる」
そう言ってサエキさんの作った弁当が入った鞄を叩いた。
「じゃ、お先に。風邪引くなよ、お嬢」
「お疲れー」
朝からシフトが入ってるオズローは早々に退散した。
また光った。
「どうなってるですか?」
「よっぽど手に入れたいんだろうな。精霊石」
「簡単に足が付くのです」
「それなりのスポンサーがいればそうでもないかもよ」
欲しがる貴族連中もいるだろう。
「でも、まず最初のトラップを抜けないと問題にならないのです」
「トラップって何層あるんだろうな?」
「内緒なのです」
「知ってるのか?」
「三層までは行ったです。焦げたからやめたです」
「焦げた?」
そういや髪の毛が一部不揃いにカットされている……
「絶対やめろ! 子供たちにもやらせるな!」
「レジーナ姉ちゃんが試して見ろって言ったからやっただけなのです! リオナだって死にたくないのです!」
僕はジュースを飲んで口を湿らせた。
「ほんと盗賊ホイホイだな。盗賊って捕まえると確か報奨金が出るんだよな?」
「指名手配犯なら出るのです」
リオナが欠伸をした。
「僕たちも戻ろうか」
リオナは残ったピザを頬張った。
もくもくと口が動くがなかなか胃に入らない。
「急がなくていいから」
リオナのジュースが空になっていたので、僕の分を渡した。
クーッと飲み干してゴクリと飲み込んだ。
「提案があるのです」
「ん?」
「母屋を増築して客室増やすです。お友達がいつ来てもいいように」
「そうだな。休みにパスカル君たちが来たら、他の子たち泊められないもんな。別荘使えば余裕だけど物資の搬入がな……」
元々使用人部屋と宿泊所を兼ねた建物を作る予定だったのに、いらないからと言ってギルドハウスに転用したのが災いした。
「裏庭にヘモジが畑を作り始めたんだよな……」
「タイミングが悪いのです」
「そう言えば昔使ってた家はどうした?」
「更地になってるです」
「じゃあ、あっちに建てるか? 二階建てにして」
「ガラスの棟と道場の間はうるさいのです」
「そうだよな。池を挟んで反対側だしな。ヘモジと交渉しようか。畑をあっちに移して貰って」
「それがいいのです」
僕たちはごみの回収を明日にして、飲み食いした物を下の階の小部屋のテーブルに移すことにした。
何かが頭上で動いた。
飛竜の襲撃か?
見上げると流れ星が。
「はぁあ、凄いのです」
それは流星雨だった。
次から次へと空を光の尾がよぎって行った。
「きれいなのです……」
閃光が瞬いた!
「なんだ?」
どうやらまた冒険者ギルドのトラップに誰かが引っ掛かったようだ。
「雰囲気、台なしなのです! デリカシーがないのです。みんな焦げればいいのです!」
僕は笑った。
そして流れ星が打ち止めになるまで、リオナとふたり、作業を止めて空を見上げた。




