エルーダ迷宮征服中(星月夜に流れ星)61
残った一日を、子供たちは飛び回って過ごした。
ヘモジもオクタヴィアも付いていった。
カーラ嬢親子はたまたま横を通ったレストラン行きの馬車に乗り込み、散策とお洒落な昼食を堪能するため城に向かった。
僕は家に戻り、両親を見送ると、子供たちに持たせるお土産を受け取りに『銀団』の事務所に向かった。
「こんにちは、できてます?」
「はい、できてますよ。少々お待ちください」
今日の日を記念して、正確にはイベント初日の昨日だが、カーラ嬢やミロ少年も含めて子供たち全員に、僕のパーティーが使っている物と同じ腰巻き鞄を用意した。ピノたちは標準装備で既に同じ物を持っていたが、記念なので構わないだろう。
なかには普段よく使う転移結晶や回復薬の小瓶を納める専用のポケットが付いていて、外側には懐中電灯や補充用の魔石が収まる大きめのポケットがある。第二師団御用達の装備に手を加えた物なのでなんの革かは知らないが、今までなんの不足もないので大丈夫だろう。
中身一式も揃えてプレゼントする予定だ。
転移結晶は標準的なスプレコーンのポータル行きである。ユニコーンの森を彷徨わない限り余り用途のない物だ。それぞれ自分の土地に戻ったら、都合のいい物に換えるといいだろう。
家に戻るとヴァレンティーナ様がソファでくつろいでいた。
忙しいはずなのに何かあったのかな?
「お早うございます」
「お早う。順調かしら?」
「ええ、まあ」
「お待たせ」
アンジェラさんがヘモジのジュースを持ってきた。
「これよ、これ」
ヴァレンティーナ様はカップを受け取ると口を付けた。
「ええと…… これが何か?」
「はい、発注伝票」
開いた方の手でポケットを弄って紙の束を取り出した。
「まさか……」
「歓迎会でうちの料理人がジュースを客に出したら評判がよくてね」
僕は伝票を受け取った。
「在庫あるのかな?」
「あら、エルネストが始めたんじゃないの?」
「ヘモジが町の八百屋連中と勝手にね。僕も昨日、初めて飲んだばかりで」
「ヘモジは?」
「子供たちと一緒にその辺駆け回ってるんじゃないかな?」
「じゃあ、後で返事を頂戴。ところで例の賊のことなんだけど」
「裁定が下りたんですか?」
「それはまだ。でも悪事を働いていたわけだし無罪放免にはならないみたいよ。ただ、粗方責任を取らなきゃいけない連中は始末しちゃったのよね」
「王族…… いたんですね?」
「いないことにできたら楽だったんだけど、見つけちゃったのよね。生まれて半年の乳飲み子だそうよ」
「乳飲み子?」
「そう。とても責任云々を問える歳ではないわ」
「非戦闘員はどうなるんです? 難民扱いになるんですか?」
「逆恨みされた状況のまま国内に留めるというのもね。王は世継ぎが大きくなるまで王宮で預かって、成人したら国元に帰そうかと考えてるみたいだけど。彼らの国の現状がどうなってるか、さっぱり分からないのよね」
つまり世継ぎを人質にすることで、反抗を試みる連中の威勢を削ぐということか。しかも将来を担保することで反対勢力の動機を排除するのだ。
「僕たちが見た限りではベヒモスの通った後は砂以外何も残ってませんでしたよ。彼らの領地がどうなったかは知りませんけど。世継ぎが成人するまでにどれだけ復興するか…… 住めるようになればいいですけど」
「当分元老院も紛糾するだろうな。どこに移住するのか、誰が管理するのか」
「ナーナー」
ヘモジが帰ってきた。
「ナナーナ」
「リオナに『家で用事ができたみたいだから帰れ』て言われた?」
「ナーナ」
「お前のジュースについて聞きたいんだそうだ」
「ナ!」
「欲しいって言うお客さんがいてね。在庫残ってないかって」
「ナナーナ! ナナナナ」
何言ってるかさっぱり分からん。
「『レシピは公開してるけど、材料を揃えるのは素人には無理』だそうよ」
ナガレが言った。
「そうなの?」
「ガラスの棟の商品はヘモジと八百屋に委託されて、村の女性たちがレシピ通り作ったものだそうよ。ヘモジがやったことは材料を厳選しただけだって」
「じゃあ、発注するならガラスの棟でと言うことかしら?」
「ナーナ」
「そうみたいね」
「うちに残ってる樽も二樽だけだしね」とアンジェラさんが言った。
樽と言っても食卓にそのまま出せる大きさの樽だから、今日の昼時に子供たちがよってたかって飲んだら終わりだ。
「どうでもいいけど権利関係はちゃんとしてるの?」
ヴァレンティーナ様が心配して尋ねた。
「ナナーナ、ナーナ」
材料費は八百屋に。儲けの一割がヘモジに、残りが生産者に行く手はずになっているそうだ。売り場はスペースを期間契約で借りる制度になっていたが、村人が元々いろいろ置いていた一角を借りたのでタダらしい。
結局伝票をこちらに預けたまま、ヴァレンティーナ様はゲートを通って戻ってしまった。
イフリートの肉の調達から始まり、警備や来賓の接客までいろいろ立て込んでいて余り休めていないようだ。おまけに余所で起きた『コルッテリ・ネラ・ノッテ』の事件にまで関わってしまって。
気楽な僕と違って責任重大だからな。
気苦労ばかりは『万能薬』でもどうにもならない。
僕はヘモジと一緒に注文分の予約を入れにガラスの棟に向かった。
「申し訳ございません。予約が殺到しておりまして、これからですと受け渡しは半年先になります」
「え?」
「ナ?」
皆考えることは同じらしい。
ヘモジがガックリ膝を突いた。こうなる事態は想定していなかったらしい。自分が飲めたらそれでいいとか考えていたのだろう。
「ヘモジ、お前も自重しような」
「ナァ……」
肩を落とした。
アルガスやヴィオネッティーの店は軒並み材料を抑えられていて、店頭販売分以外の入荷はないと言われた。その店頭分も既に売り切れていた。
実家の備蓄倉庫にないかと向かったが、それも空振りだった。
「注文は白紙か、半年後まで待って貰うことにしよう」
ポータル代が無駄になってしまったな。
が、意外な場所で手に入ることが分かった。
そう、エルーダ迷宮のあの村だ。クヌムとメルセゲルの村だ。
「そういやあそこにも八百屋があったな」と記憶を頼りに、淡い期待を抱いて向かったら、店頭販売分だけだが、手に入れることができた。一つの村で調達は不可能だが、それぞれの村を梯子すればなんとか揃えることができることが分かった。
「我が家の分はなんとかなったな」
ヘモジは安堵した。
早速、買えるだけ買って『楽園』に放り込んで帰宅した。
戻ると既に子供たちの昼食は済んでいて、空の樽が転がっていた。
材料が調達できなかったら思い切り凹んでいたことだろう。
「ナーナナーナ」
ヘモジは何食わぬ顔でテーブルに着いた。
僕は食材を台所の籠にすべて移すと、ヴァレンティーナ様に伝票を返しに向かった。
子供たちは帰る時間が近づくにつれて元気をなくしていった。
島の暮らしも以前とは違って暮らしやすくなったはずだが、それでもこの町に比べたら……
領主館から戻ってくると、とうとう自治区の子供たちとお別れのときが来た。
僕はお土産を渡したが、子供たちは悲しい気持ちの方が勝っていて、余り喜んでは貰えなかった。
泣きじゃくる子供たちをリオナやロザリアが必死に慰めた。
子供たちは抱き合いながら再会を誓い合った。
ロメオ君もわざわざ仕事を抜け出してきてくれた。
偶然いっしょになった『海猫亭』の行商人が、ロメオ君と一緒に玄関先に迎えに来ていた。
『銀団』の指輪がないとプライベート用のゲートが潜れないからだが、子供たちは皆、渋々我が家のゲートに飛び込んでいった。リオナは見送りにナガレと『海猫亭』まで一緒に向かった。
ピノたちもすっかりしょげてしまった。
カーラ嬢の家族も城から戻ると、帰り支度を始めた。館で挨拶を済ませたらそのまま帰宅すると言う。
僕たちは散々礼を言われながら、彼らを見送った。
自分の足で歩いてるミロ君の姿がやけに眩しく見えた。
あっという間に我が家は閑散としてしまった。
「みんな一緒に暮らせたらいいのに」
チコが寂しそうに呟いた。




