エルーダ迷宮征服中(お裾分け)43
翌朝、僕はクラーケンの足を魔法訓練所で手頃な大きさに切り分けた。
切り分けたらこれが足なのかなんなのか分からなくなった。ただ白い四角い塊にしか見えなかった。
そういやまだこれ誰も食べてないんじゃなかったか? 手土産にする前にどんな味か食べてみた方がいいか。毒はないらしいが、うまいかどうかは別問題だ。
道場の東屋で台所を借りて焼いてみることにした。
「なんじゃ、その白い塊は?」
ゼンキチ爺さんが覗きに来た。
「クラーケンの肉なんだけど。でか過ぎるから地下で解体してたんだ。味見したいから七輪貸してくれない?」
七輪は運べるサイズの小さな竈のことだ。ゼンキチ爺さんが乾物を炙るのにどこからか手に入れてきた物だ。
でかい塊のほんの一片を切り取って、更に賽の目に小さく切り分けて火に掛ける。それでも普通サイズのタコのぶつ切りの八倍ぐらいの大きさだ。
ぷつぷつ言い出すといい匂いが漂ってくる。身が引き締まってうまそうだ。焼けたところで塩を振る。
万が一に備えて万能薬片手に口に放り込んでみる。
「タコだ」
「タコじゃな」
横から爺さんが手を出した。
「クラーケンである必要はないよね……」
「なんじゃ、深刻そうじゃな」
「足一本取ってきたんだけど、でかくてさ。サンドワームぐらいあるんだよね」
「ううむ。確かにクラーケンと言われてもこれはな……」
特別美味しいわけでも変わった味でもないから詐欺だと言われても言い返せないだろう。
「でも美味しい」
「うん、美味しい」
「もっとないの?」
道場に練習に来た町の子供たちがつまんでいた。
「朝飯は?」
「食べた」
「食べてきた」
「で、クラーケンて何?」
「うーん。タコの味。でも美味しい」
「もっとないの?」
「捨てる程あるぞ」
「こらこら、エルネスト。お前たちも何しに来たんじゃ。飯は練習の後じゃ」
「はーい。先生」
子供たちは道場に消えた。
「じゃあ、これも練習が済んだらみんなでどうぞ」
僕はクラーケンの肉の塊と、アローフィッシュを縁側に五尾置いていった。
「クラーケンの肉は手土産にはならなかったか。アローフィッシュだけにするかな」
そういやイフリートもまだ味見してなかった。焼いてみようかと思ったが、子供たちが匂いを嗅ぎ付けないわけがなかった。練習の邪魔をしては兄弟子として申し訳が立たない。
「アローフィッシュだけにしよ」
僕は池にいたチョビを連れ出して、そのまま裏口から村を抜けて館に向かった。
出迎えにきたハンニバルに手土産があるからと言って、チョビの背中に乗せたアローフィッシュの凍った塊を見せた。
「これはまた立派なアローフィッシュでございますね」
「迷宮産で悪いんだけどみんなで食べてよ」
チョビを使用人に厨房まで案内させ、荷降ろしをして貰っている間に、僕は出かける前の姉さんを捕まえた。
「何をしているかと思えば」
館の地下の訓練場に製作時に使った台座を用意して、船をその上に載せた。
僕は姉さんを船のなかに案内した。
「さび止めの塗装ぐらいしたらどうだ?」
「今回の迷宮探索のために作っただけだから」
僕は推進装置のある船倉に案内にした。
すると姉さんは問答無用で釜を横一線に両断した。
「見ろ」
そう言ってみせられた釜の底には白い残留物と海水の入り交じったドロドロが溜まっていた。
「運がよかったな」
「塩?」
「その他諸々不純物も交じってる。管が詰まったらどうなっていたか分かっているか?」
口の塞がったやかんだ。破裂する。
「海で使う馬鹿がどこにいる!」
怒られた。
「これは異世界の技術だ! 見たぐらいで分かった気になるな!」
やっぱり異世界の物だったか。
「これは棟梁には見せられん。過ぎた技術だ」
僕はがっかりして、推進装置を鉄の塊に変えようとした。
「待て! 勿体ない。折角塩が溜まっておるのだ。回収しない手があるか!」
切った釜の上部を皿にして、姉さんは釜の底に残った白いドロドロを四機分すべて集めた。
「これを布で漉して不純物を取り除き、残った透明の海水をまた火に掛ける。そして水分を飛ばしてもう一度濾過する。布に残った方が塩で、下に溜まった水分がにがりだ。にがりの使い方はお前じゃわからんだろうから。こちらで預かっておく。後で豆腐にして返してやろう」
「豆腐!」
「アローフィッシュを土産に持ってきたそうだな。だったら、できた塩も少し置いていけ」
言われるまま僕は訓練場で、塩作りをさせられる羽目になった。
結構な量の塩ができた。それと少しのにがり。
「少なくない?」
「これだけあれば充分だ。豆腐は厨房の連中に後で作らせるとしよう」
船倉のなかはスカスカになった。
これはもう棟梁に見せてもなんの成果にもならないだろう。でも約束は約束だ。
納品は姉さんにお願いした。
できあがった塩が入った小瓶をポケットに忍ばせて、チョビを肩に載せて一旦自宅に戻り、チョビを中庭に降ろす。
ちょうど顔を合わせたエミリーに小瓶を渡すと、地下に潜って二つの精霊石を持ち出した。
ロメオ君の家に行くと、出勤前の親父さんが自宅で飯を食っていた。
僕が精霊石を取り出すと喉に食事を詰まらせた。
「お、おい!」
その後の言葉はなかった。すっかり見入ってしまって黙り込んでしまった。給仕をしていたお母さんに背中を叩かれるまで固まっていた。
「二個になってるじゃねーか?」
「何言ってるの、昨日ロメオが説明してたじゃないの」
「あんときゃ酒が入ってたんだ」
「クラーケンを狩ってきたんだよ」
「それで水の精霊石かい…… なんとも涼しげだな……」
石を見てそう感想を述べた。
「警備も付けないといけないだろうし、領主様にもお伺い立てないとね」
「勝手にやっちゃ駄目なの?」
「各地からの来客が増えるし、物が物だから襲撃される可能性だってあるのよ。まずギルド本部からここの警護を送って貰って、それ以外に町の警備を領主様にお願いしなきゃいけないのよ」
「なるほど……」
「すぐには無理だから一週間後ぐらいになるかしらね。展示場所も考えないと」
「一週間もあるともう一個ぐらい増えそうだな」
そう簡単に増えてたまるか。
出勤するそうで、話は領主と折り合いを付けてからということになった。
僕はロメオ君の家にもクラーケンの肉を一塊とアローフィッシュを家族が食べられそうな分だけ置いていった。
「アローフィッシュがあってよかった」
家に戻ると珍しく食卓にナガレがいた。
「どうした?」
「クラーケンは?」
「切り分けてきたぞ。食べるのか?」
ナガレは頷いた。
「これ、あんまりうまくなかったぞ。普通の蛸足だぞ」
「焼いたんでしょ? リオナが匂うと言ってたわよ」
「うん。さっき道場で」
「クラーケンの肉は蒸すか茹でるかするのよ」
「そうなの?」
「だからその味を教えてやろうとここで待ってたのよ」
「他のみんなは?」
「リオナ以外は寝てるわよ」
「へー、珍しい」
元々ロザリアもアイシャさんも朝が早いわけではないが、普段ならこの時間には起きてるはずなのだが。
「余程船の揺れがこたえたのね」
僕は一塊クラーケンの肉を取り出すと台所にいたアンジェラさんに手渡した。
「なんだいこりゃ? 四角いね」
「足一本がでかいんですよ、サンドワーム並みに。切り分けるとこうなるんです」
アンジェラさんは既に鍋に湯を沸かして待機していた。
「クラーケンを料理するとは思わなかったよ」
「僕もです。保存庫にアローフィッシュを入れるスペースってまだあります?」
「保管するのはクラーケンの方よ!」
ナガレが言った。
「取り敢えず試してからだな」
「ただいまなのです」
リオナも戻ってきた。
ヘモジとオクタヴィアが卵の小屋でまだ寝息を立てていた。たまに小屋があっちにコロコロ、こっちにコロコロ、忙しい。ヘモジの寝返りにオクタヴィアは翻弄されていた。
「ストッパー掛けておいた方がいいんじゃないのか?」
茹でた料理が出てきた。
焼いたときと焦げがある以外さして違いないが、味は見違える程変わっていた。
「なんだこれ?」
すごい濃厚な味に変化していた。程よい弾力と海の香り。塩茹でしただけなのにこの甘さ……
こりゃ領主館に届け直さないといけないな。
それにしてもうまいな。
ひとり分の大きな塊を僕は行儀悪く『無刃剣』でスライスして、口に運んだ。
「これは次の肉祭りの目玉になるな」
それを聞いてリオナはピンと耳を立てた。




