エルーダ迷宮征服中(クラーケン)42
リオナもやりたそうだったが、さすがに今のスピードでやったらどうなるか分かっているので、指をくわえているしかなかった。
そしてナガレが根負けして速度を落としかけたときだった。
船の針路が突然変わった!
ヘモジが豪快に横に振られる。
「ナァアアア……」
ヘモジの後ろの海面が見る見る盛り上がり始めた。
「早く上がりなさいよ!」
リオナに再召喚させたようで、ナガレが舟に戻っていた。
既に推進装置のボタンが四つ押されている。
僕もヘモジを再召喚すると抱き抱えてなかに入った。全員船内に入ったことを確認すると扉を閉めた。
水のなかを巨大な何かが追い掛けてきている。
「クラーケンよ!」
ナガレが言った。
「『遭遇したらやり直し』だってさ」
ロメオ君がマップ情報を見て言った。
「物理攻撃だけだろ? やってみるさ」
駄目なら逃げようという安易な姿勢で行くとやられることはイフリートの初っぱなで経験済みである。
やるからには初めから全力で行く。それで駄目ならそのときは仕方がない、全力で逃げるまでだ。
巨大なうねうねした足が水中から現れた。
確かに吸盤だらけの蛸の足だが、サンドワームのように太かった。
それが頭上を覆い隠すように落ちてきた。
全員、ガラスにへばり付いて上を見上げる。
巨大な影がゆっくり狙い澄まして落ちてきた!
ドオオオン! と結界にそらされそばの海面をしたたかに打ち付ける音がした。
数十メルテもある波飛沫が上がり、次にものすごい高波が押し寄せた。
舟は為す術なく木の葉のように弄ばれた。
波の衝撃もさることながら、結界に与えられた衝撃も凄かった。
ただの物理攻撃だから結界を抜かれることはないと高を括っていたが、如何せん質量があり過ぎた。正面突破される勢いだった。
「ゲソの分際で生意気なのです」
ゲソはイカ足だろ。クラーケンはタコだぞ。
殴って駄目ならと、今度は巻き付こうと接近してくる。
クラーケンの泳ぎ方は独特で加速しては遅くなりを繰り返している。
タコの泳ぎとはああいうものか?
足で水を掻いているのだろうが、怖いのは止まり掛けたときだ。
長い足をニョキニョキと伸ばしてきて本の先っちょでこちらを引っかけようとしてくるのだ。
「もうでかいナガレはいないのです! なんで追い掛けてくるですか!」
「この船が獲物を横取りしたと思ってるのよ」
「大きさ考えたら有り得ないのです」
「あんなにでかくても、あれの脳味噌はあってないような物だから」
「逃げ切れんな」
アイシャさんが匙を投げた。
「戦うしかないか……」
敵に地の利があり過ぎるが、やってみる価値はある。
ロメオ君ちのギルドの展示会にもう一つ精霊石を。
「取り敢えず足場を作らんとな」
並みの堅さじゃ、奴に壊されてしまうかもしれないので、僕たちはよりでかく、より強固に舟の周りを凍らせた。
大きな足が海面に何本も姿を現わした。
僕は『一撃必殺』で急所を探した。
水のなかにあることがすぐに分かった。が、水中にいられてはこちらの攻撃力が半減する。
水上に出てきてくれないと。
波が荒れ狂うなか再び足が振り下ろされた。
そそり立つ柱がこちらにゆっくり倒れ込んで来る。
が、そこに雷が落ちた。
海面を伝ってこっちにまで稲光が走ってきた。
「近い! 近いよ!」
ロメオ君が叫んだ。
みんな目を覆った。
「しょうがないでしょ! 海の上じゃ拡散しちゃうんだから!」
五本の稲妻を束ねた一撃を入れたナガレが言った。
敵は一時的に感電した。
ドーンと近くの海面に一本足が落ちてきて、水面が暴れた。
「見えた!」
でかい頭が海面に浮いてきた。
だらしなく垂れ下がった頭と八方に広がった足の付け根の間に金色に光る目が見えた。
僕はライフルを構える。が、狙いが定まらない。
足元が大きく揺れて、水平線が上になったり下になったり。
早くしないと起きてしまう。
ナガレの最高の一撃を食らっても焦げもせず、原形を留めているだけでも只者ではないことが分かる。
銃を構えるが、なかなか撃てるチャンスがやってこない。
痺れを切らした僕は転移した。揺れる足場を放棄して、空中に一瞬の安定を手に入れた。
今奴の頭上にいる。
「『魔弾』発射!」
二つの金色の目玉の間に撃ち込んだ。
落ちる前に再び転移。
火の輪潜りをするような感じでゲートを上から下に潜り抜け、氷上に着地した。
「うまくいったですか?」
反応を確認する。
「倒したみたいだ……」
反応は消えていた。
「まだ動いてるのです!」
海面に浮いている足がまだ蠢いている。
「大丈夫、死んでるわよ」
ナガレが言った。
「凍らせて回収だ」
「え?」
「食べるの? あれ?」
「ゲソはゲソでしょ」
「一生食い切れないよ?」
ロメオ君が言った。
「魔石にした方がいいんじゃないの? 精霊石だよ、精霊石!」
僕は強くプッシュした。
「イフリートも多少身を削っても精霊石になったんだし、一本ぐらいならいいんじゃない?」
ロザリアが無責任なことを言った。
「確かにあれ全部回収しても食べきれないわね……」
「ゲソがゲソなら他のタコでもよいということではないか?」
アイシャさんが理屈を逆手に取った。
「分かったわよ。一本だけでいいわよ」
「あとゲソはイカの足のことじゃ」
「タコはイカの亜種じゃないですか?」
リオナはナガレを見た。
「人の分類はよく分からないわね」
「妾はエルフじゃ」
航海は思いの外早く進んだ。
ナガレが意地になって飛ばしていた海域が実は一番のネックだったらしく、そこはほぼ無風状態のエリアだったらしい。あそこで風を探して六時間程掛けるのが常のようらしかった。
こちらはおかげで六時間以上の時間短縮が叶ったわけだ。
クラーケンがいなくなってからは海は静かなものになった。
舟は順調に進み、夜更けに抜け出すことに成功した。
僕のリュックのなかには新たな精霊石がある。
水の精霊石、海のような碧が揺らめく光る石だ。
それとクラーケンの巨大なゲソが一本、アローフィッシュが今日の収穫だ。
宿屋の食堂も看板を下ろしていたので素直に家に戻った。深夜の帰りでアンジェラさんたちはもう眠っていた。
僕たちは荷物を背負ったままアンジェラさんたちを起こさないように中庭の東屋で食事にすることにした。
「リュックのなかに食べる物は山程ある……」
道場の方が明るい。
爺さん連中が恐らくまだ飲んでいるのだろう。
「あっちはまだ起きてるか?」
リオナに聞いた。
「寝息を立てているのです」
どうやら明かりを付けたまま眠っているようだ。
「魚のお裾分けでもしようと思ったのにな」
「一匹焼くのです」
一匹あればみんなの皿に載る。と言うか余る。
一匹の半身だけを切り分けると残りを『楽園』に戻した。
焚火を焚いてその上に網を載せ切り身をそのまま置いた。
「クラーケンも食べるのです」
「いや、あれはここじゃ出せないし。まずどこかに出して小分けにしないと」
急いでいたから切り落とした足をそのまま回収したのだ。
「明日、魔法訓練場に出して小分けにするから」
「残念なのです」
早く帰れたおかげで一回分残った食事をテーブルに並べた。
焼けた魚は肉厚でホクホクで、確かに小骨は多いが大きいせいで食べにくいことはない。柔らかくて脂も乗って美味しい。
「美味しいのです」
肉派のリオナも舌を巻いた。
チョビたちもまた違った味を楽しめて嬉しそうに食べている。
オクタヴィアとヘモジはまた何かしている。
どうやら頭に近い切り身と尻尾に近い方をお互い取ってどっちが美味しいか食べ比べしている。要は口の大きさの分だけオクタヴィアが損をするという話だ。
一口二口と食べている間に実際は胃袋に入る量に差が出てくるわけだが、お互い交互に食べてるので皿の減り具合に差は出ない。それで猫は安心してしまうわけだ。
月夜の下、焚火の淡い光のなかで食事というのも乙なものである。
夜が明けたら、船のことを姉さんに頼むついでに、領主館にお裾分けを届けよう。ロメオ君の家族にも精霊石を見せて、展示会の打ち合わせをしよう。その日は肉祭りもやることになっているが、そっちはリオナに丸投げだ。予定が決まったら長老と話し合って貰うとしよう。




