エルーダ迷宮征服中(イフリート戦後)38
「金には換えられんな」
アイシャさんが呟いた。
「まあ、金には困っておらんし、物々交換という手しかないが…… それも難しいのぉ」
最大の問題は全員で分けられない点だ。
「クヌムで両替は?」
「そんな勿体ない!」と一斉に反対された。
結局、『火の精霊石』は宝物庫行きになった。
でも折角だから、その前にロメオ君の所で展示会を行なうことにした。
冒険者ギルド、スプレコーン出張所を早く支店に格上げして貰うためには実入りがもう少し必要なんだとか。支店か、出張所かはその店の売り上げで決まることらしく、結構待遇が違ってくるらしいのだ。
まず、支店になると従業員を増やせて、その給料の一部を補填して貰えるらしい。設備の保全費用とかも一部負担して貰えるようだ。
何より大きいのは地域を跨いで大きな依頼が回ってくるようになることだ。
つまり、スプレコーンにいながら、アルガスの依頼が受けられたりするのだ。さすがに王都のような遠くの依頼までは回ってこないが、それでもスプレコーンを起点にしている冒険者たちには画期的なできごとになるだろう。
それとギルド通信用の石版の数が増える。これが表わすことは出張所を石版の数だけ裁量で決められるということだ。
ロメオ君の親父さんはマルサラ村に一日も早く出張所を置きたいのだそうだ。支店にしたい一番の理由はそれである。
ワカバのいるあの村の冒険者たちは今もスプレコーン経由で依頼を受けているが、移動の不便さは余り変わっていないらしい。自足型ポータルなのでお金ではなく、魔石を消費するのも不便さを助長していた。何日も掛けて歩く手間を考えれば比べるべくもないが、元々迷宮通いするわけでもない連中が大半だ。魔石の工面は切実だ。一日百人移動したら百個必要になるのだ。スプレコーンから戻る分には格安料金になってはいるが、やはりギルドに通うだけの出費としては大き過ぎる気がする。
今では小型飛空艇が無料送迎用に運用されている有様だ。
せめて村を拠点にするような仕事だけでも、移動費を掛けずに地元で処理させてやりたいというのが親父さんの思いらしい。当然、出張所の上がりの一部が支店に計上されるので、成績も上がることになるのだが……
数値目標が達成されていないからと言って資金繰りが悪いわけではない。近い将来、間違いなく昇格するのは目に見えているそうだ。
ただ、今年もう少し上がりがあれば、来年の査定を待たずに済むという話なのである。
展示会で見物料を取れば、その足しになるというわけだ。
「あれだね。他にもミスリルの塊とか金塊とかも展示しょうか? 飛び切りでかいのを合成してさ」
僕は今から楽しくて仕方がない。
「小型飛空艇も展示して、ただの出張所じゃないぞってところを見せつけよう! レストランと『五種盛り合わせステーキセット』でタイアップして。そうだ! チョビとイチゴを巨大化して庭に放すというのはどうだろう? 一般の人は巨大な魔物なんて見たことないだろうしな。あ、でもこの町の連中はユニコーン見慣れてるか」
「エルリン! 自重するのです!」
リオナに突っ込まれた。
「あれだな、イフリートの肉も獲ってきたことだし、いっそ肉祭りも一緒にやるか?」
「…… それならしょうがないのです」
簡単に引っ掛かる主人に、ナガレは頭を抱えた。
「ほー、ここか。なるほどよく似ておる」
例の聖火台のある聖堂のような場所に、帰宅する前にみんなで寄ることにした。
一旦、出口から外に出て、食事を取ってから、再突入したのである。
イフリート戦が思いがけず楽に終わったので、体力も気力も余裕があった。午後からの灼熱地獄も余り苦にならなかった。
それもこれも『ウェスタのランタン』のおかげであるから、みんなでお参りするのもやぶさかではなかったのだ。
アイシャさんは周囲をくまなく探索して言った。
「これは…… 古代遺跡の再現じゃな」
「遺跡?」
「かつてエルフの都だった場所じゃ。見たことはないが、その神殿遺跡にもこの聖火台と同じ消えない炎を祭ったものがあったそうじゃ。今でもハイエルフの村にはその種火が存在するが、この炎は同質の物じゃろうな」
「ウェスタというのは人の名前ですか?」
リオナが尋ねた。
「竈の女神の名じゃ。実体はなく炎そのものを言うらしい。ハイエルフの記憶にすらない神代の昔の話じゃ」
「最後に凄いものが手に入ったわね。教会が知ったらきっと欲しがるでしょうね」
ロザリアは言った。
「この場所は開示する予定だから、気の回る連中なら気付くかもね」
「開示するの?」
「この石膏の地図もこの場所も一見の価値はあるだろ?」
「そりゃそうだけど……」
聖なる炎を独り占めしたい気持ちは分かるけど、イフリート戦で頓挫した人たちだってきっといるはずだ。何もかも開示するわけじゃないけど、こんな場所にただあるのはおかしいと勘繰ることができたなら、褒美の一つもあっていいんじゃないだろうか?
と思ったのだが、後日、「辿り着けない」とクレームがあったわけだ。
町に戻ると僕は明後日の次の攻略のため、船を作ることにした。現場にもうち捨てられた船があるらしいのだが、大波を受けるには小さ過ぎると情報にはあった。
次の地下四十四階層は水属性のフロアーである。
普通に進んで丸一日の行程である。
敵をやり過ごさなければならないので、結構時間が掛かるらしい。そのための時間短縮を狙う意味も込めて船の建造をするのである。
攻略のコツはプロの船頭を雇うことだそうだ。
兎に角、遅かれ早かれ敵になるべく接触しないように決まったルートを進めばいいだけである。
帰り掛けに市場により、古着屋で頭の先から足の先まで古着を揃えた。手袋は多めに購入した。
僕はそれを持ち帰ると、宝物庫に降りた。
古着と昨日買った耐水性の布と専用の接着剤を『楽園』に放り込むと、船体の骨組みを作る鉱石選びを始めた。
時間があれば商会に依頼を出したのだが、失念だった。
イフリートに気を取られ過ぎた。
そうであれば木でもよかったのだが、船大工の腕がない以上、僕は土の魔法でやるしかないのである。となれば鉱物を使うに限る。
「鉄でも浮かぶんだから……」
どうしても余り気味のミスリルに目が行ってしまうのだが、土の魔法の成形技術を磨かないとミスリルの相手はできない。
強度を考えたら銅や、銀では駄目だ。特殊鋼が理想だが、あれはドワーフが持ち前の鋳造技術で作りあげる物だから素人にはどうにもできない。となるとやはり鉄しかない。
鉄の船か……
「時間がないんだから、考えてもしょうがない」
鉄の塊を『楽園』に放り込んだ。
魔法訓練所で材料をすべて吐き出すと作業を始めた。




