エルーダ迷宮征服中(予習とパラソル)27
下見をして正解だった。
『エルーダ迷宮洞窟マップ・下巻』の情報だけでは分からなかったことが幾つか分かった。
まず周囲に充満していたあの魔力量である。
あれは明らかに異常であるし、フロア環境のせいか、火属性も加味されていた。
暑さばかりが目立つので見落としがちだが、あれは暑さより厄介な代物だ。
恐らく火属性魔法を使われると三割増し程度のダメージを食らうことになるだろう。それでいて水や氷の魔法の効果は三割減だ。
だから上級冒険者は魔法使いの結界ではなくパラソルを使っているのである。
魔導具の多くは使用する属性に無頓着であることが多い。パラソルも恐らく使用する属性に関係なく作用する魔導具だ。
恐らく術式にも手を加えているだろう。あれだけ魔力に満ちた環境なのだから周囲の魔力を利用しない手はない。僕なら吸収する術式を施すはずだ。それだけであの熱波に対抗はできないが、補助的には機能するはずだ。
次に問題になるのは地形である。進入不可エリアが広範囲に設定されていた。しかも地面から溶岩が噴火する度に地形が変わるので、進入不可エリアがその都度変化するのである。
これは味方の戦闘に大きな影響を与えることになる。脱出ルートの確保や、戦闘中の孤立化も懸念されるのだ。
序盤の連中はいざ知らず、まだ目にしていない中盤以降の敵の攻撃如何によっては、不利な状況に追い込まれる可能性が考えられる。進入不可エリアは高さの限定もないようなので飛び越えることもできなさそうである。目に見えない壁が不規則に動き回ると考えればいいだろう。
ヘモジとオクタヴィアを居間に放置すると僕は今日の回収品を宝物庫に運び込んだ。嵩張るミスリルの塊は成形して鉱物専用の置き場に並べていった。
「まるで壁一面をミスリルで補強したようだな」
使い道を考えないと、壁が厚くなって来て部屋が狭くなる。
ロメオ君、将来ミスリルでゴーレム作らないかな?
「次のフロアに使えないものか……」
ミスリルがいくら軽いと言っても、それを材料にパラソルは重いだろう。
「うーん。あの環境では魔力の少ない敵を『魔力探知』で探り当てるのはな」
難しいだろう。
またリオナとオクタヴィアに任せることになるのだろうか。
装備付与の発動で消費される魔力量が心配である。
オクタヴィアはリュックのなかに放り込んでおけばいいが、リオナは魔力消費を抑えてやらないとジリ貧だ。できれば周囲ごと冷やしてやって、装備付与の発動頻度を下げてやらないといけない。
そうなるとやはりパラソルが有効だろうが、移動するには不便な物だ。チョビの背中にでも取り付けるか? チョビも涼しいし、チョビの腹の下にいれば僕たちも涼しい。でも腹の下はチョビの急所でもあるし、見えないところで戦闘されるのは嫌だよな。
何かいい手はないだろうか。
大きなフライングボードでみんなで移動するとか。
さすがに安定性がなさ過ぎるか?
一番簡単なのはより強力で広範囲に影響を及ぼせる結界を僕が展開できればいいのである。
それに尽きるのだが。
あの熱波に対抗するのはかなりつらい作業になるだろう。常時攻撃を受けているようなものだからな。
明日、トレントの杖でも持っていって練習がてらいろいろ試してみることにする。
準備段階として魔力増強と魔力吸収力アップのオーバーブーストを使ってチートをかますことにする。
魔力吸収で消費を五割ぐらい補えると大分楽になるのだが。
パラソルを五本ぐらいまとめた感じで術式を組めたら最高なんだけどな。
僕はその場で術式を組み始めた。
魔力吸収を並列で同時に処理しながら、魔力増強は直列で。広範囲に一気に氷結魔法を展開する。周囲の温度が上がる前に二発目を展開できれば合格だ。
アイシャさんが暇なら意見を求めるところだが、今はやめておこう。
現地で調整して配分を考えよう。
今日集めてきた宝石を加工してできた、できのいい物は売りに出して、そうでない物をオーバーブーストの実験に充てることにした。
『ヘルメス』の商品のように大きなブーストはまだできないけれど、少しだけ効果が見て取れた。
術式を忍ばせる台座が『ヘルメス』の刻印ではまずいので、別のマークを考えないといけない。どうしようか? ヘモジ辺りに書かせるか? いや、そもそも僕の実力では術式が刻印のなかに収まらない。
姉さんに頼るしかないのか?
『細工』スキルを上げて『紋章学』と合わせて『紋章記述式』を手に入れるか。
問題は姉さんが『鉱石精製』を覚えられない条件があるように、僕にも『紋章記述式』を覚えられない条件があったりした場合である。やらなければ始まらないのだが『細工』は正直面倒だ。おまけにレベルがまだ五だったりする。
どの道、今日明日中にはどうにもならないので石全体に術式を刻み込んでプロテクトを掛けておく。ヘルメス装備のように安全に配慮はしていないので壊れるときは派手に壊れることだろう。
それとも石以外の壊れそうにない物に刻み込んで……
ミスリルの壁が目に入った。
「ミスリルも鉱物だよな……」
薄くした物に術式とオーバーブースト、更にセキュリティーを施して、それらを積層化して立方体の箱を作り上げるのはどうだろう……
「面白いかもしれない」
僕は早速ミスリルを切り分け『分解』して不純物を取り除いた。
その塊を極々薄くしていって板状にした物を切り分けて大きさを揃えて『圧縮』を掛けた。そしてそこに術式を施していく。
最後に立体にまとめあげ、魔力が通るか試すと見事に表面が輝いた。成功である。
「でもまだ大きすぎるな」
手のひらサイズだが、載せるのがやっとの大きさだ。これでも充分使えるのだが、達成感がない。
「チャレンジあるのみ」
普段なら一度覚えた紋章術式を魔法で刻みつけるだけなのだが、今回は『細工』を上げるべく、一言ずつ同じ言葉を刻んでいく。
ある程度圧縮したものに刻んで最終的にもう一回縮小する方向でいく。
僕の『細工』スキルではそもそも細かく刻めやしないので、石の精度はいらないのである。最後に圧縮する方がコンパクトにできるはずだ。
案の定、次の完成品は三割程小さくなった。
素のまま刻んでもいけるかな?
途中圧縮することなく最後に一気に圧縮を加えて五割を切った。が、術式の精度に不安を覚えた。断線しそうだった。
二割圧縮した物に刻んで、最後に八割圧縮を掛けることにした。
しっくりいった感じだ。
元の六割の大きさになった。
これをパラソルに装着すれば、基本システムの完成である。
ふと、パラソルじゃなくても杖でいける気がしてきた。
僕の杖は術式を魔方陣化して構築する能力があるようなので、ここで術式をマスターすればそれを具現化してくれそうな予感がするのである。でもそうなるとオーバーブーストは掛けられない。杖が台無しになってしまうから。
それも明日試すことにしよう。
夕飯はせっかく戻って来たというのに皆バラバラだった。アイシャさんは自室で、リオナは村のみんなと救済計画の打ち合わせを兼ねてガラスの棟で、ロザリアは教会に報告を兼ねて里帰り中だった。残ったのはいつものふたりだけ。
せめて料理は豪勢に。モチモチパンと豆のスープにドラゴン肉のステーキと、大盛りサラダにホタテのソテーである。
デザートは…… さすがにもう入らない。




