夏休みは忙しい(パスカル君と夏休み)79
家に帰ると杖の品評会を居間でやっていた。
「ただいま」
「遅かったのです」
「ちょっとエルーダに戻る用事ができてね。ついでにミスリルを取ってきたんだ」
「あー、リオナも行きたかったのです」
「今度な」
「今、みんなの武器がどれくらい変化したのか比べっこしてたです」
「お帰りなさーい」
居間の床に全員の杖が並んでいた。
最後の夜なのでロメオ君も参加していた。
アイシャさんはひとり新品の弓を手にしていた。
「別口で発注してた奴」
オクタヴィアが言った。
「それで、どれが誰の杖なんだ?」
「これが俺の炎の杖です。もう形状が炎っぽいでしょ?」
真っ先にファイアーマンが杖を取って見せてくれた。一番変化した杖だな。特化すると形状の変化もしやすいということか。
「確かに装飾が炎っぽいな。それに柄も赤く染まりつつあるな」
木目が赤みを帯びてきていた。
『認識』スキルで覗いたら、火属性の攻撃力が既に五割増しになっていた。
とんでも兵器だ……
「ファイアーマン、事故を起こす前に一度『認識計』で確認しろよ。大変なことになってるから」
「ええ? やばいんですか?」
「君が持つとやばいな」
「それってやっぱり持ち手に合せて変化してるってことですか?」
パスカル君が聞いてきた。
「そうみたいだね」
これはもう頷くしかないだろう。
自分の杖がどうなっているか急に気になり始めた。が、みんなにあれを見せるのは気が引ける。
「余り変わらなかったわね」
ビアンカが残念そうに言った。
全員少しずつ変わってはいるが、ファイアーマンの杖の著しい変化と比べるとどうしても見劣りしてしまう。
「ビアンカの杖には『命中精度増加』と『詠唱短縮』が入ってるぞ」
「え?」
「ダンテ君の杖には『範囲魔法の攻撃力増加』と『魔法探知』を上げる効果が入ってる。オリエッタの杖には『詠唱短縮』と『魔力回復』、ヴェロニカの杖には『魔力増加』と『魔法攻撃力増加』だ。フランチェスカは『魔力回復』と『魔法攻撃力増加』。それと爆炎を使っていたから『火属性の攻撃力増加』も付いたな」
「あの…… 僕は?」
「俺のはどうだったんですか?」
パスカル君とファイアーマンが身を乗り出した。
「ふたりの杖は自分で調べるんだな。ふたりとも面白いことになってるから。でもこれって流動的らしいからな。使わなければ減るかもしれないし、使い続ければ増加するかもしれない。どこかで固定するのかもしれないし、この件は僕には正直分からないな」
「教えてくださいよー!」
ファイアーマンがこらえきれずにすがり付いてくる。
「ファイアーマン、君以外の人間は言わなくても大体、想像が付いてるんだがな」
全員が笑った。
「パスカル君のはちょっと変わってるんだ」
僕は耳打ちした。
「変わってるんですか?」
「うん。だから今は言わない。ちゃんと後で調べるんだぞ」
パスカル君の杖には実はいろいろ付いていたのだ。『詠唱短縮』も『魔力回復増加』も『魔法攻撃力増加』も満遍なく付いていた。でも一番目を引いたのは『一撃必殺』だった。
そう、僕のスキルと同じ『一撃必殺』だ。
僕の『一撃必殺』を見てきたからだろう。本人がそれを望んだのだ。
正直複雑な気分だった。弟分が同じスキルを例え、杖の付与効果であっても手に入れたことに、望んでくれたことに。嬉しいような、恥ずかしいような、それでいて少し悔しいような。
だから後で知って驚け。
「お前の杖はどうなった?」
「わっ!」
いきなり背後から姉さんが現れた。
「何を驚いてるんだ! 今夜でパスカルたちとお別れなんだ。最後の夜ぐらい一緒に騒ぎたいじゃないか?」
なるほど、それで持てないくらいいろいろ持参したわけだな。ワインに、料理の折り詰め、それにケーキだ。
ラウラ先生もいてくれたらよかったのに、授業の準備があるとかで学院長と一緒に既に学院に戻っていた。
「ロメオとロザリアの杖はどうした?」
「僕たちは余り使ってなかったので変化はないですね」
「リオナも出番なかったのです」
「お前たちは癖がありそうだならな、どうなるか見物だな」
「期待しないでください! 素直に育てますから」
ロザリアの言い様に姉さんは笑った。
「そう言えば、クイーン部屋に行ったそうだな?」
「ええ、まあ」
「口止めはしたのか?」
「言われなくても分かってます」
「あんな穴場、言えるわけないじゃないですか!」
「マップ情報にも載ってないんだもんな」
パスカル君たちは理解していると口を揃えた。
「分かっていればいい。採取するのは構わんが、売るときはうちのギルドか、『ビアンコ商会』に流すんだぞ。おかしなバイヤーに絡まれたら、面倒なことになるからな。兎に角、ばれないようにやれよ。それと例の宝箱は決して開けるな。あれはマスタークラスのスキル持ちでも半数はあの世行きの代物らしいからな。開けるときは鍵を持っているこれを連れて行け。必ずだ」
僕を突き出して忠告した。
「滅多に鍵は出ないんだけどね。今日は運がよかったよ」
「でもうちらだけじゃ、あの部屋はまだ無理みたいですね」
「あそこはクイーンを瞬殺できれば問題ないぞ」
「そうなの?」
「クイーンが魅了攻撃を仕掛けてくるんだ」
「え?」
「ほんとに?」
僕とロメオ君が嫌な顔をした。
「ただし、効果は金縛りだ。エンリエッタたちと行ったときに、引っ掛かった奴がいてな」
思わず笑ってしまった。
「で、お前の杖を見せてみろ」
「エルリン、ひとりでゴーレム倒してきたです」
あ、リオナ、チクったな。
「ほお、それは見物だな」
全員の視線が突き刺さる。
僕は『楽園』から杖を取り出した。どこから何を出そうが、もうパスカル君たちも驚かない。
「これだけど。正直自分でも分からない」
目の前に置いた杖は僕の背丈ほどある棒に丸いコアを突き刺しただけの、シンプルな形に変わり果てていた。トレントの原木を使った微妙な捻れがなければ、味気ない代物になっていたはずだ。
こんな形状を僕が望むとは思えないのだが。
「なっ?」
「何これ!」
「ええ? これ俺たちと同じ杖だった物なの?」
「ご愁傷様なのです……」
悪うござんしたね。
「お前、何をした?」
「ちょっとゴーレムを楽に倒す実験をしてたら、こうなった」
さすがの姉さんもしばらく黙考した。
「使ってみろ」
「別にいいけど」
僕たちは玄関から外へ出た。
そして僕は楽園から今日の収穫品の宝石を一つ取り出して、木の柵の杭の上に置いた。
全員が宝石を確認するするために杭を囲んだ。
オクタヴィアまでもが、リオナの肩の上から覗き込んだ。
「もういいかな?」
「いいのです」
しょうがないな。僕は杖を構えた。そして杭の上の石を砕くイメージをした。すると、三つの輪が何もないただ丸いコアがあるだけの杖の先端に浮かび上がった。
全員があっと驚いた。
三枚がそれぞれ別方向に回転しながら一枚の円盤のようになって強い光を放った。そしてすぐに消えた。
「え?」
「終わり?」
全員が訝しんで宝石に集まった。僕は杖を仕舞って、家のなかに戻った。よく分からないが割れた感触が伝わってきた。
窓の外では、壊れた宝石を窓の明かりに照らしながら、全員が騒いでいた。
姉さんが玄関から飛び込んできた。
そして、杖を取り上げると自分で発動させようと試みた。が、反応はなかった。
「何をしたんだ?」
「イリュージョンなのです」
どこで覚えてくるんだ、そんな言葉。
「エルネスト!」
「勇者の知恵をちょっと」
僕は姉さんに呟いた。
「知恵ってなんなのですか?」
リオナが腰に手を当てながら僕を見上げた。
「是非聞かせて貰おう」
アイシャさんも真剣モードに変わっていた。
「食事をしながらではどうかしら?」
アンジェラさんが食堂にみんなを招き入れた。




