夏休みは忙しい(パスカル君と夏休み)77
残る一体は魔法防御に特化した盾のおかげで攻撃を耐え忍んでいた。が、盾も護衛の魔力も限界を迎えていた。
そして遂に盾の表面から光沢が失われた。途端に縁が吹き飛んだ。
盾を放り投げてファルシオンに持ち替えたところで状況は変わらなかった。幅広のファルシオンで攻撃を防ごうと身構えるも、刃は瞬く間に粉砕された。
無数の魔法攻撃が容赦なくプレート装備に襲いかかる。
そして遂に顔面に一撃を食らった。ヘルムが弾けて回廊の闇のなかに消えた。
巨体が浮かぶほどのクリーンヒットだった。
「攻撃やめーッ!」
最後の一体が沈んだ場所以外は余り損害は出なかった。
「さあ、みんな回収だ!」
パスカル君たちはよく分かっていなかった。いそいそとクイーンたちの装備を剥がしに向かった。が、僕たちが部屋のなかにある備品を物色し始めたので、足を止めた。
僕は更に奥の回廊にこれ見よがしに置かれた、カモフラージュ用の宝箱を開けに行った。
チョビが肩からずり落ちそうになった。
「チョビ、宝箱開けるときは隠れてろ」
『分かりました』
そう言ってチョビは僕の後ろに回り込んだ。
「……」
そこは安全か?
「この箱は難易度なかったんだよ、確か。冒険者の物欲を最低限満たすだけの報酬しか入ってなかったんだよな」
『ブッロパターター……』
呟きが聞こえた。いくらなんでも食い物は入ってないと思うぞ。
僕は鍵を開けた。あの時同様、金銀財宝、宝石がどっさり出てきた。
『一杯出ましたね?』
「数だけはね」
当時は驚いたものだが、今の僕ならこれらの価値がなんとなく分かる。確かに金貨二百枚程度だ。
本来、これでも「大漁だ」だと喜んでいい金額なのだが、この部屋の真実がすべてを霞ませる。
「誰か、柱に埋め込まれてる宝石を回収して」
ロザリアがパスカル君たちに言った。
女性陣が駆けつけた。
「どうしたんですか?」
「わたしはシャンデリアの光の魔石を回収するからあっちをお願い。土魔法で緩くするなりして石を回収して頂戴」
「あの…… これってギミックなんじゃ?」
ビアンカが申し訳なさそうに尋ねた。
「この部屋の装飾も調度品も全部本物よ。なくなる前に全部まとめて頂戴」
「エルリンが全部転送するのです」
リオナがサイドテーブルの引き出しを漁った。
取っ手も銀なので近くにいたダンテ君に魔法で引き出しを破壊するように頼んだ。
「ほんとだわ! この王座、全部、金でできてる!」
フランチェスカは余りに大きな金塊に声を上げた。パスカル君たちも作業の手を一瞬止めた。
「この宝石って…… 素人目にも凄いのが分かるわね」
手が届く位置にある石を掘り起こしてヴェロニカは、姉に渡した。
「ほんと、凄くきれいね……」
「ご主人! 一番高い匂い。これこれ!」
オクタヴィアがクイーンの棍棒に飛び乗ってアイシャさんを呼んだ。あ、なんかデジャヴだ。前回も見た光景だった。
『楽園』もとい、転移は僕の仕事なのでそそくさと太鼓持ちのように足を運んだ。
「相変わらずでかいな……」
「一番いい匂いの香木。一番高い奴。オクタヴィアは三番目が好き」
はい、そうですか。一緒に転送されたくなかったら、そこどいてね。
「ドラゴンより高い香木なのです」
リオナが小物を入れた袋を背負ってやって来て、匂いを嗅いだ。
「去年の分もまだあるのです。一つ売りさばいて現金に換えておくですか?」
「構わないけど、最上級品なんだから売るなら慎重にな」
「『ビアンコ商会』とも相談するのです」
「よし送るぞ」
隣に置かれた金貨千枚は下らないティアラもついでに送った。
「なんだか、部屋の引っ越し作業をしたみたい」
「すっかり空になったわね」
ビアンカとフランチェスカが空になった部屋を眺めて言った。
「これでいくらぐらいになるんですか?」
戦闘のときよりもへたばっているパスカル君が言った。
「前回で大体、金貨十六万枚ぐらいだったかな。税金を引くと一人頭一万六千枚ぐらいだった。今回は人数が倍いるから手取り半分と考えて七、八千枚かな? 税金次第だけど」
パスカル君たちはぽかんと口を開けたまま固まった。コカトリスの石化攻撃でも食らったようだった。
「全部売れたらの話だけどね」
町に戻ると僕はその足で領主館に向かった。『銀団』の長のヴァレンティーナ様に会いに行ったわけだが、先日の障壁破壊のことがまだ頭に残っていて、会いづらかった。
それでも、多額の取引なのでギルド本部に持ち込む前に要相談である。
「どうした? 久しぶりにわたしが恋しくなったか?」
昨日逃げた嫌みを軽く言われた。でも顔は怒っていなかった。笑っていた。
「ギルド長兼、領主様にお願いがありまして」
「なんだ? また面倒事か?」
「学院の生徒を連れて香木フロアーに行って来たんですが」
「あそこは秘密じゃなかったのか?」
「姉さんの秘蔵っ子ですから資金繰りの仕方を少し。今は放心状態で何も考えられないでしょうけど」
「まさか……」
「鍵が出たんで行って来ました。事後処理をお願いしたいんですけど」
「丸ごとか?」
「はい。それで姉さんは?」
『楽園』の運搬能力に関してはうちのメンバーと姉さんが知っているだけで、ヴァレンティーナ様が知っているか分からなかった。姉さんが話したかもしれないし、何も言っていないかも知れない。
「留守よ」
しまった。姉さんと先に接触するんだった。
いや、でも待てよ。うちのメンバーも知らないことになってるわけだから、ここで僕が『楽園』を使う選択肢は、ばれていようがいまいが、どちらにしても有り得ないわけだ。となれば、どこかに転移させたことにすればいいわけだ。僕の転移能力自体は既にサリーさんに見られているし、当然報告が行ってるはずだから……
以前は、ハンニバルや『銀団』スタッフを巻き込んで一大回収劇を演じたが、今回も同じ手を使うことになるだろう。
「取り敢えず、前回同様、大物は駅のホームの方に」
前回は携帯型の軍用転移ゲートを利用したが、今回は僕が自分で開けたことにすれば問題ない。
「税金は所定通りで、ギルドへの手数料はまた端数でいいかしらね。でも百枚は貰うわよ」
契約成立である。
今日はもう遅いので、明日回収するということになった。それまでに僕はエルーダの駅のホームに回収した物を並べ直しにいかないといけない。
「エルネスト」
退出するとき呼び止められた。
「姉さんが感謝してたわよ」
あれから事件がどうなったのか、情報がブロックされていて、僕たちは聞かされていなかった。いずれ適切な時期に、影響の少ない方法で格式ある一族の歴史に終止符が打たれることだろう。今頃、宰相殿は反対勢力の切り崩しに勤しんでいることだろう。
これでこの国は一枚岩になれるのだろうか?
殿下……
「デメトリオ殿下は……」
ヴァレンティーナ様は笑った。
「一連の作戦行動だということで、お咎めなしになったんだけどね。自主的に謹慎してるわ。迷惑な話よね? 一番忙しいときなのに」
そうか自主謹慎か。男爵は余罪も含めてただでは済まないだろうから、自分だけというのは許せないのだろう。
「男爵はどうなりましたか?」
「十年よ」
「十年?」
「恩赦で十年よ。最終的にこちら側に寝返ったことが大きかったみたいね」
なんと言っていいのか。よかったと言うべきなのか、どうなのか。
僕は一礼して退出した。




