夏休みは忙しい(パスカル君と夏休み)65
正面ゲートは封鎖されているので入口前の広場は警備の者が数名立っているだけだった。ガランとした外周を兵士たちが巡回していた。
伯爵の護衛のひとりが動いた。
隙を見て男爵目掛けて短刀を投げつけた。
短刀は一瞬で凍り付き、軌道を逸れた。
男爵は意に介さず建物を目指す。
「セラーティ! 貴様、こんな所で何をしている!」
ロータリーの真ん中で男爵は護衛たちに囲まれた。
「これは、これはソルディーニ伯爵。まだいらしたのですか?」
「貴様こそ、ここで何をしている! 計画はどうしたッ!」
「計画は失敗です。昨夜、屋敷が襲撃を受けましてね。全員拘束されました」
「なんだと!」
「事前に情報が漏れていたようです。ですからこの通り、我が身かわいさに、自首するところです。まさか鉢合わせするとは、てっきりもう脱出されたものと思っておりましたが」
「貴様ぁあ、裏切ったのかッ!」
「あの転移装置、一人用だったみたいですね。ご存じでしたか? ひとりがゲートを潜った瞬間、残りの全員は爆死する。助かるのはあのお目付役のアサシンだけだったのでしょう? あなたは昔から魔法使いより、アサシンの方を重宝がられた」
「魔法使いなど、魔物退治にしか役にたたん連中だ。情報戦において有用なのはアサシンだ。すべては闇から闇、花火を打ち上げて騒いでいるだけの見世物連中とは違うのだよ」
「息巻いたところであなたは終わりですよ。用がないなら、わたしはこれで」
護衛が仕掛けた。接近戦で男爵に挑んだ。だが、次の瞬間、反転した男爵に足を跳ね上げられ、護衛は地面に叩きつけられた。
喉元に短剣を突き付けられたのは護衛の方だった。
「まさかッ!」
ただの魔法使いがトップクラスのアサシンの襲撃をかわすとは思っていなかったようだ。
続け様に護衛がふたり攻撃を仕掛けた。
男爵はひとりの足元を凍らせ、転倒させた。
もうひとりの攻撃を鋭く身を翻して回避すると、氷の槍を至近距離からぶち込んだ。
護衛は一瞬で凍り付いた。
凍った護衛の影から転んだ護衛が男爵に襲いかかった。
結界が攻撃を弾いた。男爵は男の片腕をひねり、投げ飛ばした。
凄いな、体術も使えるんだ。
四人目が動いた。
が、炎が撃ち込まれた。叫ぶ前に二発目で吹き飛んだ。
最初に押さえ付けられた護衛が対角から一気に男爵に迫った。男爵が炎を浴びせるが、かいくぐって懐に入り込んだ。
すげーっ!
だがやはり結界が攻撃を弾いた。いや、結界が消えた。『結界砕き』だ!
護衛は一歩引き下がって、懐から小瓶を投げ込んだ。
小瓶は男爵が避けた足元にぶつかると破裂した。
「これは!」
毒だ。恐らく猛毒だろう。
男爵は風を巻き起こした。
しかし、そこに隙が生まれた。
男爵は脇腹を刺された。
僕は援護に出ようかと身構えた。が、男爵は足元を爆破して、土煙に紛れて忽然と消えた。
次に現れたときには護衛の肩甲骨の隙間に短剣を突き立てていた。
護衛の首元から鮮血がほとばしった。
鬼神の如き動きで、最後の護衛を仕留めた男爵は伯爵を見据えた。
伯爵は大きなケースから取り出した『アローライフル』を構えていた。
「セラーティ!」
伯爵が叫んだ。
「死ね! 化け物め!」
伯爵は『アローライフル』を躊躇なく発射した。障壁の内側で、火竜を一撃で倒す武器を使用した。建物の一面が半壊する程度だが、火災が起きれば高層階に火が及ぶ。
男爵は笑った、我が意を得たりと。
空砲ではなかった。それは紛れもなく使用可能な実弾だった。
建物を背にした男爵に命中した鏃は炸裂した。
周囲に爆音が轟き渡った。
「やった!」
伯爵は震えながら念のために次弾を装填した。
「このウジ虫め。拾ってやった恩も忘れおって」
伯爵は銃口を式場のある上層に狙いを定めた。
「誰にも邪魔させるものか…… この国はわしの物だ!」
銃口の前に男が立ちはだかった。
「ソルディーニ伯爵、内乱罪の容疑で逮捕する!」
男の剣が横一線、伯爵を薙いだ。
伯爵は動くこともできずに立ち尽くした。
ゴンッ! 両断された『アローライフル』の銃身が、鏃諸共地面に転がった。
「ち、違うッ!そうじゃない…… わしが守ったのだ! 奴から、国王陛下を。ふっ、これは正義の鉄槌だ。わしは陛下の命を守ったのだ!」
立ち込める粉塵を僕は魔法で払いのけた。
「それは人に向ける物ではありませんよ、伯爵」
僕は気絶した男爵の前に立ちはだかった。建物も無事である。
「誰だッ! 貴様は!」
「お初にお目に掛かります。エルネスト・ヴィオネッティーと申します」
「ヴィオネッティーだと?」
伯爵は顔を歪めた。田舎貴族に見くだされるのが余程気に入らない様子だった。
「全員、そこまで!」
先程まで無人だった庭に、大勢の兵士の姿があった。
「なんだ、これは?」
伯爵は腰を抜かして尻餅を付いた。
「ここにいる全員が証人です。ソルディーニ伯爵。会話はすべて記録させて頂きました。それに銃口をどこに向けていたのかも皆、見ております」
「馬鹿な…… こんなことが……」
気が触れる一歩手前のような形相をしていた。
「確保ッ!」
部隊長が、一気に包囲の輪を縮めさせた。
「殿下もここまでです。剣を収めてください」
「やってくれたな……」
「意を汲んだと言ってください、デメトリオ殿下」
僕は気が付いた男爵に向き直った。
「殺さないでくれて助かりました」
「お前に会ったときから嫌な予感がしたんだ」
「終わりにしましょう」
「ああ、もう終わりだ……」
僕は男爵が起き上がるのに手を貸した。
「何が、終わりだッ! そいつは、今回の襲撃事件の首謀者だぞ! 何をしている、早く引っ捕らえよ!」
伯爵が髪を振り乱して、取り囲む兵士たちに罵声を浴びせかけた。
「見なかったことにします」
「助かる」
男爵は伯爵を思い切り殴り飛ばした。
「貴様、宮廷財務長官のこのわたしに向かって…… 裏切り者が…… こんなことをしてただで済むと―― うぐっ」
デメトリオ殿下に襟首を掴まれた。
「これがなんだか分かるか? お前がスプレコーンで側近に持たせた手形だ。武器を積んだ馬車を、無理矢理、関所を通すためにお前が部下に持たせた物だ」
「知らん! わしは何も知らん!」
「この手形はあなたの直筆です。確認は既に取りました。それとそのあなたの部下が何もかも吐きましたよ」
ガウディーノ殿下が現れた。
「ガウディーノ……」
「言い逃れはできませんよ。そもそも、そのような物騒なものを厳戒態勢のこの場所に持ち込まれましてはね」
「だ、騙されたんだッ! その部下に、わしは騙されて手形をそいつに奪われて…… これだって預かっただけだ! そ、そうだ。だ、男爵の部下に……」
誰も耳を貸さなかった。
「詳しい話は別室で聞くとしましょう。余罪もいろいろあるみたいですからね。引っ立てろ」
「やめろ! 何をする、離せ! 離せーっ!」
屈強な兵士に抱えられて、建物のなかに引っ立てられていった。
「その男も逮捕しろ。逃がすなよ。事件の重要参考人だ」
男爵も拘束された。
デメトリオ殿下とガウディーノ殿下は互いに見つめ合った。
「すまん……」
「申し開きは親父にするんだな」
終った。やっと一段落付いた。
建物は無事だったが、爆風で庭に植えられた草木は台無しだった。血の跡も残っている。
僕は式をしている上階を見上げた。
「結構大きな音がしたはずだけど」
流れ落ちる大量の水の音に掻き消されたのだろうか? 滞りなく式は続いているようだ。
僕もずらかろうかな。披露宴まで、少し眠りたいし。
「エルネスト、どこに行く?」
ガウディーノ殿下が僕に声を掛けた。
「はい?」
「もうすぐ式が終る。披露宴の前に国王陛下に報告だ」
「なんで僕が?」
「勝手に部隊を動かした言い訳をさせてやろうと言うんだ。有り難く思えよ、義弟よ」
僕は溜め息をついた。
「兄上のことを本人以外に説明できる者がいなくてな」
「メモをくれたじゃないですか?」
「なくても気付いていたろ?」
僕たちはエントランスに入ると、階段を見上げた。
「気が重い……」
「こっちの方が気が重いよ。これからしばらく国中を飛び回らなきゃいけないんだからな。使いっ走りはつらいよ」
北の雄がいなくなれば世相も変わる。気になるところだ。その確認に行くだろう。
僕たちは重い足を引き摺りながら、警備本部に向かった。




