夏休みは忙しい(パスカル君と夏休み)64
「そうなると、やはり内部からということになるのかの」
近衛の師団長殿が唸った。
「危ないのは結婚式より披露宴ですかね?」
レオナルド殿下が口元に手を当てた。
「もはや事件を起こしたところで伯爵の責任にならぬことぐらい分かりそうなものだが。このままでは人柱にされるのが自分だとは考えんのか?」
王様が言った。
「確かに」
「その通りでございましょう」
皆が賛同した。
「やはり直接、恨みを晴らす以外、男爵に手は残っておりますまい」
「とは言え、招待状がなければ会場に侵入することもできません。招待状はゲートキーにもなっておりますから、男爵に打つ手はないでしょう。外からではもはや何もできませんよ」
へー、そうだったんだ。
危なかったな。披露宴用のカードでは式場に入れないかもしれないんだな。姉さんに確認しなきゃいけないな。今、ヴァレンティーナ様に聞くわけにもいかないし。
「では個別に捜査、逮捕する方向で調整いたしましょう。周辺に部隊を配備、襲撃があり次第、一気に押さえましょう」
伯爵は兎も角、男爵の目論見は潰えたということだろうか?
これ以上の上積みが伯爵の罪にはならないからと言って、それで終わりなのだろうか?
当主ひとりを断頭台に送るだけならもう充分かもしれないが。彼は逃げだした。やり残したことがあるのだ。もはや疑う余地はないだろう。
目的は断頭台に送ること。そして強大な北方貴族の家を丸ごと消し去ること!
お家断絶まで持っていくには、やはり状況証拠だけでは足りない…… 直接手を汚させる必要がある! でも、どうやって?
嫌ーな考えが浮かんできていた。
用済みになった僕は、先に帰らせて貰うことにした。
着替えもろくにしていなかったのが功を奏したようだ。すんなり解放された。
リオナの件は結局、話しそびれた。
いきり立った連中の前で「リオナを入れていいか?」などと、願い出ることはさすがにできなかった。
船は空中庭園の下層に設けられた臨時の港に次々降りていった。
王室関係の船だけが上層の正規のドックに入港していった。
僕の船は子供たちもいるのであえて下層に置くことにした。
結婚式に出るのはリオナと母さんだけなので上の方で寂しく待つよりいいかと思えた。子供たちも港のなかでなら、時間まで自由に行動できる。厳つい警備に囲まれ睨まれる心配もない。
他の船も式に招待されなかった家族や召使いは船のなかで待機させることにしている。
「さて、姉さんを」と、思っていたら向こうから現れた。
ハッチを開けた途端、ふたりは顔を合わせた。
「げっ、母さん! なんでこの船に乗っている? 自分の家の船はどうした?」
「そのうち来るでしょ。それより、レジーナちゃん、リオナちゃんのことなんだけどね」
姉さんはロングヘアーのリオナを見て笑った。
「まあ、いいだろう。これがリオナの分の招待状だ。わたしの妹になっている。それとエルネスト。ガウディーノからだ」
手紙を預かった。
中身は『空砲が鳴らなかったときはよろしく頼む』の一文だった。
「付き添いじゃないですか?」
「そのドレスを着てか?」
「おかしいですか?」
「おかしくはないが…… 今日のところはヴィオネッティーを名乗れ」
「分かったのです」
「座席も母さんの隣だ。精々、姉の晴れ姿を拝んでくるがいい」
「残りは予定通りだ。港のなかでなら好きにしていい。ただし、周りは身分の高い方たちの子息やその家族だからな。いつも通りは厳禁だ」
それだけ言って帰ろうとするので、僕は姉さんを追い掛けた。
「なんだ? わたしは今、忙しいんだ。これからうるさい連中と最後の打ち合わせがある」
「そのことなんだけどさ」
式場フロアーのすぐ下の階に設けられた警備本部まで行く道すがら、僕は姉さんにいくつかのお願いをした。
一つは建物の外に出入りする許可を貰うこと、もう一つはある人物の監視を緩めて貰うことだ。
当然逆のことをこれから行く本部で命令されるだろうが、計画通り伯爵を建物の外に出して貰いたいのだ。それと、耳のいい連中を遠巻きに配置してそこで起こる会話のすべてを忘れず記録して貰うこと、それと現場に立ち会わせて貰うことだ。
楽しい披露宴を台なしにされないために。
いつになく緊張しているリオナを笑顔で見送ると、僕は早速行動を起こした。
既に目標の人物は屋敷の外に出ていた。本来、来賓は警護の理由から建物の外には出られない決まりになっているのだが、偉ーい、ご当人様の要望に逆らえない警備の者は「すぐに戻るなら」と言って門を開けた。
外には大勢の野次馬が、千メルテほど封鎖した街道に屯していた。屋台が軒を連ね、お祭り騒ぎになっていた。
「護衛は四人。手練れです。まるで闇蠍のような連中です」
僕に付き合ってくれている部隊長さんが言った。元近衛第二師団の精鋭さんである。
確かに護衛は闇蠍並みに黒ずくめの連中だった。
「野次馬がうるさくないですか?」
「問題ありません」
声を拾っている獣人の隊員が言った。
「来ました」
街道から外れた森のなかに潜んでいた伯爵の元に別の方角から接近する者が現れた。
「あれも手練れ…… あの…… あの装備は?」
隊長は近寄る男の装備を見て一瞬、驚いた。スプレコーンに鞍替えするまで、彼らが着ていた装備だったからだ。
「何をしてるんです? あれは近衛では?」
「武器の受け渡しかな」
「内通者ですか? 止めなくても?」
「大丈夫、今撃ったところで障壁が弾きますから」
新型銃の入ったケースと鏃の受け渡しが終った。
「もうひとりの主犯が来るまで待ってください」
「男爵ですか?」
僕は頷いた。
「あの……」
「どうした?」
側耳を立てていた獣人の兵士が困った顔をしていた。
「あの、武器を渡した兵士がおかしなことを言っています」
「なんと?」
「『男爵は裏切った。すべてを告発するためにこれから奴はやってくる』 それから『その武器はこの町の最新の障壁の前では歯が立たぬ』と」
「どう言うことです?」
「建物のなかで使えということでしょ?」
「はあ?」
「空砲…… 鳴らなかったな……」
以前見た魔力の塊が近付いてきた。
「来たみたいだよ」
僕はまだ見えぬ来訪者を指差した。
「ほんとだ」
「中に連絡。これから門を潜る男が男爵だ。庭にいる間は手を出さずに泳がせておくように。伯爵が行くまで何もしないはずだ。ただし、高レベルの隠遁スキルの持ち主だから見失わないように。建物に入るようなら、伯爵に気付かれないように拘束しろ。人員を動かすと奴にばれる。獣人たちの耳が頼りだ」
「伝令、送れ」
「了解!」
獣人の兵士が答えた。
「聞こえたな、行動に移れ」
僕も指揮官も呆れた。
「さて、残るは伯爵だが、どうでるかな?」
男爵は野次馬を横目に街道を進み、門の警備に招待状を提出した。
「本物だそうです」
門番から連絡が来た。
「中に入れて、そのままやり過ごしてください」
さ、伯爵の目にも男爵の姿は見えたはずだけど。
「どうでるかな……」
伯爵は周囲の護衛に二言三言会話をすると、門の方に戻り始めた。
「動いた!」
「手練れだ、気を付けろ!」
「やっちゃっていいんですかね?」
「仕掛けてくるようなら、伯爵以外は本気でやっちゃってください」
「じゃ、僕たちも行きましょう」
僕も門に向かった。一気に距離を詰められる位置をキープしながら。
「後でステーキ奢るから、誰も怪我しないでくれよ」
怪我させたら、僕がヴァレンティーナ様に怒られる。いくら姉さんの後ろ盾があっても一個人が軍を動かすのはタブーだ。増して今回は、重鎮たちが人質だ。下手を打ったらほんとまずいことになる。姉さんも僕もだ。
伯爵と護衛の四人は表門を越えた。
門番はボディーチェックもせずに「お帰りなさいませ」と声を掛けて迎え入れた。
障壁の効力が切れるのは建物の外周を囲んでいる石の敷居の段差からだ。
ふたりの距離はもう目と鼻の先だった。




