夏休みは忙しい(パスカル君と夏休み)63
工房は実に壮観だった。飛空艇の多くの所有者がきょうのためにスプレコーンに滞在していたため、敷地のなかは上も下も飛空艇で一杯だった。来賓が多いとは思っていたけれど、まさかこれほどとは。
既に空中障壁解除を待つ船が空を覆っていた。
「結構、造ってたんだね?」
ロメオ君が言った。
「あれだけドラゴンを狩ったってことですよね?」
パスカル君が空を見上げた。肺は二つあるから、狩ったドラゴンは見た目の約半分だ。
「人の欲というのは浅ましいものじゃな」
「あれ? 学院長。ヴァレンティーナ様の船じゃなくていいんですか?」
「悪いが乗せとくれ。あちらはどうにもグレードが高すぎてな。居心地が悪くてかなわん」
「遠慮なくどうぞ。席はまだありますから、お好きなところに」
「武装をしておるのかね?」
僕たちの姿を見て疑問に思ったらしい。
「これはミコーレ謹製のドラゴン装備です。披露宴でお披露目したいらしくて、マリアベーラ様が」
「はははっ、マネキンか? 大変じゃの」
「うちの連中はノリノリですよ」
「まあ、魔物が万が一飛来したときにはうちの船が対処することになるとは思いますが」
「ほお…… あれが今回、『銀団』からミコーレに贈られる品じゃな」
「はい。最新の物になります。外装は今日のためだけの物で、式が終ったら換装しなきゃいけないんですけどね」
「あの真っ赤な二隻は?」
「あれはうちの領主とガウディーノ殿下の船です。ヴァレンティーナ様の船は今回、贈答船に随伴します」
「ドック解放。ガウディーノ様の船が出るぞ」
スタッフの声とともに天井が動き始めた。
「上空警戒。接近する船影あり。皇室旗艦、レオナルド殿下の船です。他、護衛船二」
「合流急がせろ! 陛下をお待たせするな!」
「続いてヴァレンティーナ様の船と贈答船の準備!」
「若様の船はどうなっている?」
「いつでも行けまーす」
「来賓たちの船は全部上がったのか?」
「最後の一隻を上げています」
「障壁解除まで十分しかないぞ。急がせろ」
いつになく工房は活気づいていた。
色取り取りの船が障壁解放の時を待って、青空の下を悠然と泳いでいた。
「壮観だな」
棟梁が傍らに立った。
「お早うございます。棟梁」
「ああ、お早う。最後にして悪かったな」
「いいえ、うちのクルーは慣れてるんで」
「先導は商会の船ですか?」
「街道の途中まではな。何かあったときのために現地に向かわせるんだが、足の遅い船だからな」
「二番ドック、離昇します! ご注意ください」
目の前のヴァレンティーナ様の船が浮いた。
「おっ、動いた!」
窓からエンリエッタさんの顔が覗いた。
「三番、離昇準備!」
隣りの贈答船の固定ワイヤーが外された。
目の前ではヴァレンティーナ様の船の最終チェックが行なわれている。地上のスタッフが走り回っている。
両手を横に広げていた旗持ちが大きく振りかぶりながら、旗を胸の前に揃えた。
ゴーサインが出た。
真っ赤な船底が空に昇っていく。
「おおっ!」
紋章が船底に! 格好いい!
隣りの贈答船も浮かび上がった。そして後を追った。
「じゃ、僕も行きます」
「頼んだぞ」
僕は船の開け放たれた扉に急いで飛び乗った。
「零番、出すぞ。離昇準備!」
「障壁解放まで三分」
「チェック完了!」
「ようし、出せ!」
僕が扉を閉めると同時に船は上昇を開始した。
僕は操縦席に急いだ。
「このまま最後尾に付きます」
テトが言った。
「よろしく」
「時間です」
鐘楼の鐘が鳴った。
「このまま先に浮上します」
「了解」
続々と飛空艇が大空に舞い上がる。
「右舷、飛行船の臨時便です」
こちらの高度を追い抜いてどんどん上昇していく。そして真っ白な帆を広げるとあっという間に姿を消した。
地上を見ると転移ポータルに長蛇の列ができていた。
あれじゃ、最後尾が現地に着くのはこの船団の到着と変わらないだろう。
船団はまだるっこしいほどの遅さで進んだ。途中から先頭に立ってやろうかと思ったがさすがにそれをやっちゃおしまいだ。大抵魔物の襲撃は後ろからと決まっているからと、自分たちを納得させる。正面から突っ込まれたケースもあるんだけどね。
王の勅令じゃしょうがないよな。
「大体こっちはプラベートシップなんだから、編成に加えないで欲しいよな」
「護衛任務なんだから、冒険者の正規の仕事でしょ?」
「お金貰えるんだからいいじゃないですか」
テトとロメオ君に諭された。
「砂漠まで行くなら兎も角、森の端までじゃ、敵なんて出ないぞ」
「レオナルド殿下の船から通信。会議をするから若様は出席しろだって」
「えーっ、まだ着替えてないのに!」
「行ってらっしゃーい」
テトが薄情だ。
「こっちは任せて。ほら、行った行った」
ロメオ君まで僕を追い出しに掛かる。
「だから、さっさと着替えなさいって言ったでしょ」
ラウンジでは母さんに小言を言われた。
後をアイシャさんに任せて、僕はフライングボードで旗艦に向かった。
「ああ、眠い…… かっとばなきゃ目が覚めないよ」
お歴々が司令室のような部屋で待ち受けていた。
内装がすっかり軍艦だ。
無駄な壁だな。重くなるだけじゃないか。
「よし、来たな」
ダンディー親父が僕の肩を叩いて迎え入れた。
相変わらず元気だな、この親父は。
「紹介はいらんだろう。始めるぞ」
いりません。みんな有名人ばかりですから。
「まずは現状の報告を」
ヴァレンティーナ様が、一連の事件の概要を述べた。
当然、この船に主犯格の一派はいないが、ともに宮廷で顔を合わせる間柄であり、説明が進むほどにどの顔も曇っていた。
「エルネスト、補足はあるか?」
僕は昨夜、解散後に起きた一連の脱走劇について語った。ついでにデメトリオ殿下の動きも説明しておいた。殿下は男爵をこのまま追跡すると。どうせ行き着く先は本命の元であるから問題ないだろうと。
「僕もそう思います」
「で、敵はどう出る?」
「本命の方は予定通りの行動に移ると思いますが、男爵の方は二通り考えられます」
「新型銃を持ち出したのであろう? 防げるのか?」
「そうだ。これは大失態だ。今日の来賓に被害が――」
「でません!」
僕はきっぱりと言った。
「なぜ言い切れる?」
「盗まれた鏃は、元々囮に使っていた空砲だからです。それに空中庭園の障壁は新型銃程度で破壊できるものではありません」
「なるほどな。だからお前は暢気に構えているわけだな」
王様に嫌みを言われた。
「で、どうなる?」
「空砲は一発撃てば、さすがに騙されたと気付くでしょうね。問題は次のアクションです。帰ってくれると助かるんだけど、そうはならないでしょうね」
ざわついた。
「本当に男爵にそれほどの実力があるのかね?」
「このなかで牢番の目を完全に欺ける者が何人いらっしゃいますか? ひとりなら怠慢と言うこともありましょうが、倒されたのはふたりです」
僕はヴァレンティーナ様の影に隠れるとスキルを発動して姿を消した。
さすがに武官は誰も騙されなかったが、文官たちの多くは僕を見失った。
「いたずらが過ぎるぞ」
王様に怒られた。
「誰を狙うかまでは分かりません。無差別という手もありますし」
「式場に入れたら終わりというわけか?」
「ほとんどの方は顔も知らないでしょうからね。空砲を撃った時点で、デメトリオ殿下の部隊が捕らえられなければ、と言っても、それも本人が撃つとは限りませんし」
「全然、駄目ではないか!」
「結婚式を襲うことはまず無理でしょう。外部から空中庭園を破壊するにはドラゴンでも連れてくるしかありません。それも一匹、二匹では問題になりません。あそこには最新式の障壁を仕込んであります。森にはユニコーンも控えておりますし、こちらにはドラゴンクラスを殲滅するだけの兵力も充分にあります。この部屋の者たちだけでも四、五匹は容易いのではありませんか?」
ヴァレンティーナ様の言葉に笑いが起きた。




