夏休みは忙しい(パスカル君と夏休み)62
「男爵は西の出身だ。南部寄りだとも聞いたことがある。両親はしっかりした者たちだ。脇腹ということはないだろう」
「そうなるとやはり何かをネタに取り入ったか、伯爵側が手を打ったと考えるのが妥当ではないかと思われます」
すべては仮説に過ぎない。仮説に仮説を重ねても頭の体操にしかならない。でも、そのなかに少しずつ見え隠れする真実。それを結んで行くことでときに人は正解に辿り着く。
人が嘘を付いたとき、その嘘に価値はないが、なぜ嘘を付いたのかという動機や、状況そのものは真実であり、正解へのアプローチとして有益な判断材料になり得るのである。
時間がない今、確たる証拠など集めてはいられない。今は行動するときだ。僕たちは二つの入り組んだ事情を考慮しながら取捨選択をして動かなくてはいけない。
ふたりの結婚式が誰かの血で染まることだけは断じて許してはいけない。そこに同情すべき理由があったとしても、それだけは防がなくてはいけない。
「言うべきか迷いましたが、もう一つ仮説を聞いて貰います。それは薬の製造を任されたのがなぜ、男爵だったのかということです。扱いやすい新人は山ほどいました。研究者や、薬剤官を目指す者もいたはずです。何も好き好んで実戦部隊の魔法使いに頼む必要はなかったはずです。もし理由があるとすれば、それは――」
殿下はすぐ気付かれた。
僕は頷いた。
「もし男爵が、薬を友人だけでなく、小隊全員に配っていたとしたら?」
「まさか! それが狙いだったと?」
副官が立ち上がった。
「うまくいったら儲けもの、どうせその程度のことだったのでしょうけど」
死んだ連中は浮かばれない。
「なるほど、一番真実味のある話だ。で、どうする?」
「男爵がどういう形で復讐しようとしているのか。屋敷を潰させたのは伯爵の計画を潰すため、こちら側に証拠を提供するためとも考えられます」
「方法は二つだな。直接伯爵を手に掛けるか、騒動を大きくして間違いなく伯爵を断頭台送りにするか」
全員が後者だろうと予想した。
「いい方法がありますよ」
「なんだ?」
「とりあえず、回収した新型銃と鏃のなかに偽物が混ざっていないか確認してみては?」
「まさか!」
「僕ならそうします」
従兄弟殿と副官は慌てて出て行った。
結果、銃が一丁、鏃が三個、紛失していることが分かった。
「そうだ、母さん、あれどこにやった? ご禁制の変装セット」
「『変身できるんです!』? 何、あれを使うの?」
女の子のあこがれ変身願望を叶えるための魔法グッズ。
「リオナを会場に入れてやりたいんだけどさ。姉二人は問答無用で入れる気なんだけど。不味いと思って」
「事前に警備に根回ししておかないと捕まるわね。いいわ、母さんに任せておきなさい」
『変身できるんです!』を持ち帰った。
すっかり夜も更けて、起きている者は誰もいなかった。
僕はすぐに寝室に入り、横になった。
母さんは披露宴だけでなく、結婚式にも入れるようにすると言った。リオナの支度をしに朝こちらにやってくると言っていたし。何をどうするつもりなのか……
今は忘れよう。すべては夜明けとともに。今は一時の安息を。
母さんは朝、早いからな……
階下の騒ぎで目が覚めた。
「リオナ姉ちゃん、きれー」
「お姫様みたい」
チッタとチコが目を輝かしていた。
「姉ちゃん、これで結婚式に潜り込むのか?」
「潜り込む言うなです!」
ピノたちも既にドラゴン装備を着込んでいた。
まだ早いって。
「ほんとに可愛いわよ、リオナ」
「ありがとうなのです。ロザリアもきれいなのです」
ロザリアもドラゴン装備に既に着替えていた。アクセサリーの石を真っ赤な石に統一していた。色の統一された宝石を見るとヘルメス装備を思い出してしまうのだが。
「却って目立つんじゃない? あんまり目立っちゃいけないんでしょ?」
「いいのよ。これくらいで、みんな着飾ってくるんだから」
パスカル君たちも糊を利かせた制服姿がとても眩しい。先生も飛び入りで大変だろうけど、なんとか衣装は間に合ったみたいだ。
「お早う、みんな」
僕は、既に晩餐会が始まったかのような賑やかさが広がる居間に降り立った。
「お早うございます。若様」
「お早うございます。エルネストさん」
「みんな気が早いな。僕たちが出席する披露宴は午後からなんだぞ。今から気を張っていたら本番までに疲れちまうぞ。母さん。わざわざ悪いね、こんなに早くから」
「ちょっと、何してるの、エルネスト! まだ準備してないの? 出発までもう一時間ないのよ!」
「一時間もあると言ってくれないかな。どうせ船で移動するんだから、向こうで着替えたっていいくらいだ」
「お早うなのです」
「ああ、お早う…… それかつらか?」
「そうなのです。今日のリオナはロングなのです」
「『変身できるんです!』、使わなかったのか?」
「ちゃんと使ったわよ」
「目の色をエルリンと同じ色にしたです」
「かつら被るならいらなかったんじゃない?」
「これでいいのよ。変装を二重にしておけば、『変身できるんです!』で変身したところまではばれないから。かつらぐらいならファッションの内だし、見とがめられないでしょ」
「ママさん、階段落ちて、足をくじいたのです。リオナは今日一日付き添いなのです」
「回復薬も万能薬もあるのに?」
母さんにも負けない高価そうなドレスを着込んでいる段階で駄目なんじゃないかな?
僕は絶対警備に止めらると思うんだけど。
「大丈夫よ。レジーナちゃんに頼めば。なんだったらお父さん欠席させちゃうから」
それは駄目だろ……
ふたりの実姉に期待するしかないか。
「ほら、朝食できたよ。みんな、さっさと食べな。飛空艇の準備もしなきゃいけないんじゃないのかい? 時間ないよ」
「若様、食べづらい」
「ガントレット外せ。ピオト」
「ヘモジとオクタヴィアは?」
「まだ寝てるわよ。どうせ参加できないからってふてくされてたわよ、昨日」
ナガレ…… お前そのドレス……
「誰か、何も言わなかったのか?」
「何よ、不味いっての?」
「お前も召喚獣だから入場できないぞ」
「知ってるわよ、そんなこと。別にいいでしょ、外野がどんな格好したって。一般の見物客だって大勢いるんだから、遠目で我慢するわよ」
ほんとに作ったんだな、金色のローブ。
「誘拐されんなよ」
「あら、ありがと」
「その衣装だよ」
「忘れるなよ。まだ賊は狙っておるのじゃからな。お前たちには船を守って貰わねばならん」
アイシャさん登場である。戦闘以外、僕より無頓着な人だからな。やはりまだ着替えていない。
「なあ、エルネスト。ひとりぐらい鎧着なくてもよいとは思わぬか?」
いきなり真顔で何言ってるんですか?
「あやつらと同列だと思われると癪なのじゃがな」
鎧姿の子供たちに視線を向ける。
気持ちは分かるけど……
「どうしてもと言うなら、強制はしませんけど。新婦より目立っちゃうと不味いんじゃないですかね?」
「それもそうじゃな…… 今日のところは我慢しておいてやるかの」
「あれ? みんな気が早いね」
ロメオ君が来た。
「お早うなのです」
「誰?」
「リオナなのです」
「えっ? なんで変装してんの?」
「結婚式に潜り込むのです」
「えーっ? 僕たち死刑になったりしないよね?」
僕たちは定刻になったので、工房に向かった。




