表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第十一章 夏休みは忙しい
610/1072

夏休みは忙しい(パスカル君と夏休み)48

「ぷはーっ。五臓六腑に染み渡るぜ」

 ファイアーマンが溜め息をついた。

 それが普通、紅茶を飲んだ奴の感想か?

 ほっとしたところで昼飯の準備を始めた。

 相変わらず拾ってきた石でプレートを作るところから始める。それを囲炉裏の上に置いて熱々に加熱したところで、好きな食材を各々載せるわけだ。角切りにした肉や保管箱のなかで新鮮なままの野菜。調理済みの串焼きとか腸詰めとかベーコンとか。燻製もあった。それらを塩や、アーリョ、にんにくソースやデミグラスソースで食べるのだ。スープを煮込んでいる暇はなさそうなので、代わりに紅茶の飲み放題である。

 僕はチーズを串に刺したものを紅茶を沸かしている囲炉裏に突き立てて、遠火に当てた。とろりと溶けたところでパンに載せるのである。

 リオナがはっと気付いたように、自分の焼いてる肉の上にチーズを載せた。

 僕とヘモジは鳥の燻製肉をスライスしてラットゥーガと一緒にパンに挟んだ。

「ナーナ?」

「まだ中まで火が通ってないよ」

 ヘモジはチーズが溶け落ちるのを心配している。

 リオナはハンバーグを焼いて、デミソースを掛けてチーズを載せ、もちもちパン丸々一個にサンドした。それを四等分して、石の皿にキープした。『若様印のハンバーグ&チーズサンド』もどきだ。

「それ美味しそうですね?」

「頂いても?」

 リオナは断り切れず、双子と便乗したファイアーマンに全部持っていかれた。四分の一個でも普通はお腹いっぱいになるのだが、リオナのお腹は肉に関しては別腹だった。リオナは僕の囲炉裏の方にやってきて串に刺してあったチーズと燻製肉のサンドを半分、かっさらっていった。

 八つ当たりか! 八つ当たりですか?

 ヘモジと僕は怒るどころか笑うのを必死にこらえた。

「ナーナ」

 そうだな、姉貴分だからしょうがないよな。

 僕とヘモジは笑いながらチーズを追加して、それが溶ける間、新たにベーコンを挟んだパンを分けあって口に放り込んだ。

 それから紅茶のポットが何度もローテーションを繰り返して、魔石の火が弱くなる頃、ようやくみんな満足して昼食を終えた。

 皆、うつらうつらし出したので座学の前に少し仮眠を取ることした。

 僕も自分の外套を敷いて横になった。

 

 いきなりヘモジの張り手で起こされた。

「ナーナ、ナナナナナ!」

 ヘモジが猛烈に慌てていた。

「全員早く起きて! 起きて!」

 オクタヴィアもパスカル君たちの間を駆け回っている。

「なんだ?」

 僕は慌てて立ち上がった。

『大変、大変です! ご主人!』

 チョビも慌てている。

「ここにいてはいけないのです! 全員退避なのです!」

「何が来るんだ?」

 僕は剣を持ち、出口に向かった。

 雨のなか外に出ると背中の丘を這い上がった。

 小川が流れていた谷間が濁流に晒されていた。轟音が波飛沫と共にすぐ横で暴れていた。

 月は雲に隠れて辺りは何も見えなかった。

 嫌な音が暴風と濁流の音のなかに紛れていた。

 それはさざ波の音。大量の水が揺れる音だった。それが目の前から聞こえるのだ。

 稲光が分厚い雲のなかで横一線に走った。

「!」

 息が止まった。

 死を予感した。

 荒れ狂う暴風雨の景色が鮮明に感じられた。肌に打ち付ける雨滴の冷たさが僕を現実にかろうじて押し留めた。

「これは一体……」

 目の前に、風に翻弄され、打ち寄せる真っ黒な湖があった。

 雷が山向こうに落ちると波間に光が反射して、恐ろしい姿を浮かび上がらせた。

「早く逃げるのです! エルリン! 早くッ!」

 リオナの叫び声で我に返った。

 僕は滑り下りて入口に戻った。

 穴蔵のなかでは既にアイシャさんが帰還用のゲートを出して、寝ぼけ眼の生徒たちを押し込んでいた。

「エルネストッ! 早く!」

 アイシャさんが叫んだ。

 足元がグラッと揺れた。

 まずいッ!

 僕は壁に肩をぶつけながら、ゲートに飛び込んだ。

 アイシャさんも僕を押し込みながらゲートを潜った。


 ゲートから出ると、みんなが立ち塞がっていて、僕とアイシャさんはそのなかに突っ込んだ。

 何人かが巻き添えを食らって転倒した。

 僕は元々だが、アイシャさんがずぶ濡れだった。

 壁が崩れるのが一瞬、見えた。亀裂から水飛沫が……

「間一髪じゃったの」

「助かりました」

 僕は転んだアイシャさんを助け起こした。

「何があった?」

 最上階から姉さんが慌てて下りてきた。

 アイシャさんは着替えに部屋に戻った。

 僕は雨に濡れただけなので、上着を脱いで、魔法で乾かした。

「何が何やら……」

 半数がまだ事態が飲み込めないでいた。だがもう半分はすっかり青ざめていた。オクタヴィアはまだぶるぶる震えていた。

「こっちなのです」

 リオナがみんなをガラス窓のある部屋に導いた。

「リオナたちはあそこにいたのです」

 外は真っ暗闇だった。部屋の明かりを消して皆、目をこらした。

 空に月はなかったが、稲光が繰り返し明滅していたから、何が起きたのか全員すぐに把握できた。

「ひっ!」

 それまで何が起きたのか分からず、他人事だった者たちは一斉に悲鳴を上げ、恐怖した。

「リオナたちはあそこでキャンプを張っていたのです」

 リオナが姉さんに説明している声を聞きながら、自分たちに起きたことの検証を全員が頭のなかで行なっていた。

 僕たちが丘だと信じていた場所は今では決壊して濁流の通り道になっていた。

「リオナたちは堰の上に避難小屋を作っていたのです」

 皆を青ざめさせていたのは決壊した丘ではなかった。その先にある信じられない光景だったのだ。

 僕たちが大丈夫だと確信していた丘の向こう側はただの下り坂で、それは遙か先まで続いていた。

 なのに、まさか、そこに溢れるほどの水が溜まるとは。

 誰一人想像だにしていなかった。

 だが今は黒い湖面が、あの丘の遙か先まで広がっているのである。

「最初に気が付いたのはナガレたちなのです。『水の音がする』と言ってきたのです。そりゃ、雨が降ってるのだからと、リオナも最初は思ったのです。でもすぐに分かったのです。荒れ狂う水の音に紛れて、たくさんのさざ波の音が聞こえたのです」

 僕たちのいた場所は滝のようになっていた。たくさんの支流が標高の低い場所を探し求めて暴れていた。

 僕たちが歩いてきたルートはそうやって浸食してできた道だったのだ。

「自然には勝てないのです」

 リオナはそう言って説明を終らせた。

 グールの巣があった辺りはより低い谷間のおかげで水没を免れているようだった。

 激流はより低い方向に進路を変えていた。そこはまた僕たちが万能薬を飲みながら必死に坂を上がってきたコースだった。ハーピーの殺害現場も今はもうきれいに流されていることだろう。

 嵐はその後も止むことはなかった。

 僕は横になるも気が高ぶってなかなか寝付けずにいた。



 翌朝、トーチカから見下ろす景色は驚きに満ちていた。

 進行ルート上には巨大な湖が鎮座し、例の場所は瀑布のなかに沈んでいた。

「すっかり様変わりしちゃったよね」

 ロメオ君が興奮冷めやらぬ様子で言った。

「あの水はどれくらいで引くのかな?」

 今まで見たことがない景色だし、ミコーレの文献にも載っていなかった。天変地異なのか、よくあることなのか? 地形の浸食具合から見ると、大雨が降る度、頻発していたように思われる。が、これは最悪な事態だ。定期的に氾濫されたら、土地の開発も何もあったもんじゃない。南西側はこのままでは手が付けられない。食屍鬼の巣を潰すどころの騒ぎではない。これならまだ天変地異の方がましだろう。湖岸はいい観光地になるかもしれないし。

「あの先には砂漠が広がってるのに、なんでこっちに流れるですか?」

 リオナが面白い不満をぶちまけた。答えはこっちの方が低いからなのだが。

「それだ!」

 突然姉さんが叫んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ