夏休みは忙しい(パスカル君と夏休み)39
翌朝、早々に万能薬の世話になった。熟睡していた一番タイミングの悪いときに起こされたせいで怠くて仕方がなかった。屋根を取り払われて起きないわけには行かず、起き抜けの一杯となったわけである。
四日目、前半最終日、行軍は順調に始まった。この地の魔物たちは冷気に当てられ、まだ戻ってきていなかったので、凍った世界を縦断するのみであった。
緑が見えてくると、こちらの活動も増えてきた。
小物の牙狼の襲撃を何度か受けたが、パスカル君たちが難なく処理をした。フォーメーションが昇華してきた感がある。
元々三人は仲がよかったが、今回のスタート前は三人以外はまだどこかお客さんだった。実力は三人が上だし、三人が四人を庇うことが多かった。互いに背中を預けられるという状況ではまだなかったのだ。でもようやく彼らの形ができあがってきた。互いの長所短所を理解し、ときに頼り、ときに補い合う形が完成しつつあったのである。
当初、ダンテ君はやはり消極性が目立った。それは慎重という言葉に置き換えてもいいものだが、どうしても初動が他のメンバーから遅れていた。いけいけのファイアーマンとはタイミングも相性も最悪だった。そのタイムラグを結局、器用なパスカル君やビアンカが埋めていたのだが、今ではファイアーマンは必ずダンテ君に合図を送るし、ダンテ君も積極的にゴーサインを出すようになっていた。ダンテ君はパスカル君とビアンカの手を離れたのである。
一方、双子はいつも一緒だった。良きにつけ悪しきにつけ、互いに依存し合っていた。チームのバランスはどうしても片重することが多かった。年上のフランチェスカがあえて、バランサーになり、彼女たちの反対側に回ることが多くなったが、結果的にチームはほぼ横並びになってしまった。全員が最前列というのは不味いフォーメーションだ。それでも全員が器用にこなしていたものだから、なかなか粗が表面化せずにいた。
薄い陣形は一歩引くものがいないと抜かれやすいし、抜かれたときフォーメンションは一気に瓦解する。回避に気が行ってしまって迎撃が遅れるのは当然のことである。だからと言って全員がそれをやっては突進してくる相手の思う壺である。魔法使いは兎角、接近戦に弱いから、そうなったら蹂躙されて終わりである。ちりぢりになって逃げることが最良の一手、という最悪の事態になる。
常に二の矢、三の矢を繰り出せる状況を作っておくことが大切だ。ただの攪乱でいい、二の手、三の手を繰り出す間に、一の手が立ち直ることが肝要だ。隙のないフォーメーションとはそういうものだ。
一番フォーメーションが機能していたのはトレントを警戒して、探知スキル持ちのダンテ君を中心に陣形を組んでいたときだ。
小物だが足の速い連中を相手にしている間に、彼らは自分たちの陣形を、互いに補い合う形に変えていった。
双子も積極的に自分の意思で動くしかないと割り切り始めた。
いまでは双子とフランチェスカの三人がきれいに三角形を築いていた。索敵持ちのダンテ君が中央でクッションになりながら、パスカル君たちの三角形と連動して、小気味いい動きをしている。
どの方角から敵が来ても、もはや穴はない。
アイシャさんの顔を見るが、表情は読み取れなかった。ただ、朝からオクタヴィアがクッキーをヘモジとチョビとイチゴで取り合っていても、叱りつけることはなかった。
「攻撃力が足りてないな。もうちょっといけそうな気がするんだけど」
ロメオ君が唸った。
確かに魔力消費を気にしている。明日は中休みなのだから、配給された万能薬をすべて消費するぐらい思い切ってもいいのだが。
まあ、楽勝の僕たちの方がおかしいのだろうが。それでもツーマンセル、スリーマンセルで手堅くやっている。
なんだか羨ましくなってしまった。同じ学生服を着て、同じ学年の仲間たちと、僕が送れなかった日々を送っている。
「来たのです」
リオナの視線の先に、別働隊が接近してきていた。このままでは数で負ける。
「牽制しておくのです」
リオナが僕のライフルを構えて森のなかに一発撃ち込んだ。
先頭の一匹を仕留めたことで、敵は混乱して進攻の足を緩めた。
「牽制だと言わなかったか?」
「間違って当たったです」
ちょうどいいタイミングで第二波がやって来た。
「こら、お前ら、それじゃ訓練にならんだろうが!」
アイシャさんに怒られた。
「不測の事態は最後にとっておこうかな…… っと」
来ましたよ。大御所が。
フェンリル登場である。
「でも、数が多い」
三匹同時は不味い。
「そうでもなさそうだぞ」
パスカル君たちはトーチカを作り始めた。
クスッとロザリアが笑った。
「何?」
「あれ見て」
指が指す方を見るとヘモジがパスカル君にいろいろ指示を出していた。
「ヘモジ……」
「あれはいいですか?」
「口を出すのは勝手じゃな」
「家の居間にあの白い毛皮が欲しいのです」
みんなが居間に敷かれた真っ白な毛皮を想像した。
そうだな一匹ぐらいなら……
「却下じゃ」
アイシャさんが先手を打って拒否した。
「あの子たちがやる気じゃというのに、お前たちが邪魔してどうする?」
雷がフェンリル目掛けて落ちた。
だがフェンリルはうまく体をかわしていた。不味いと思ったその時、先頭のフェンリルが豪快に頭から倒れ込んだ。
「うまい! 前脚だけを凍らせた!」
ロメオ君が感嘆した。
「でも止めの一手がね……」
決定打のなさを指摘しようとしたらフェンリルの頭が丸ごと凍った。
本気の一撃が放たれたようだ。万能薬を浪費することに決めたらしい。
「誰の一撃だ?」
「パスカル君なのです」
「じゃあ、次はファイアーマンかな」
同じ手を使って二匹目を転倒させた。
凍らせているのはフランチェスカだ。いい目をしてる。
「あの手は有効みたいね」
ナガレが感心している。リオナも腕を組んで頷いた。
だが、三匹目が回り込んでいる。
どちらの一撃が早い?
雷撃が三匹目に落ちた。
「ビアンカなのです」
三匹目が意識を失ってトーチカに突っ込んだ。
「お、持ちこたえたみたいだ」
防壁は健在だった。
「ファイアーマンじゃな」
ぶつかる手前で障壁を張ったらしい。
アイシャさんが口角を上げた。
アイシャさんが笑ったぞ、喜べファイアーマン。お前の献身は報われたぞ。
「しょうがないよ。炎の出番ないからね」
ロメオ君、身も蓋もないことを……
二匹目は起き上がれずにいた。双子が見事に氷で四肢を縛り上げていた。
そしてとどめの一撃はダンテ君の雷だった。
「わたしたち負けそうね」
ロザリアが笑った。
「斯くも嬉しきことかな」
アイシャさんが珍しく感慨に浸っていた。
「教え子の成長を見るというのは。のう、ラウラ先生?」
ラウラ先生はただ呆然と見つめていた。自分の教え子が、凶暴なフェンリルを三体も相手にして勝利を収めたのだ。彼女のこれまで経験してきた人生のなかでは有り得ないことだった。
だが、それは現実に目の前で起きていた。
「エルネストさん!」
「何?」
「これ、いくらで売れますか?」
「買うのです! リオナが買うのです! 一番でっかい無傷の奴を貰うのです」
「妾もそいつの皮を一枚所望しようかの」
アイシャさんまで。
「加工賃に加えてそうじゃな、一人につき金貨十枚でどうじゃ?」
「加工賃?」
「大きな毛皮は加工するのが大変だからそれだけでは赤字になるって話」
「そうなんですか?」
「売るときは事前に加工賃がいくらか調べてから、上乗せするんだ。ま、ふたりは出す気満々だから、今回は実費で請求するといい」
「どこに頼めば?」
「送っておけば姉さんが勝手にやるだろ?」
「最後の一枚はどうする?」
パスカル君たち全員が顔を見合わせた。
「加工賃っていくらぐらいしますかね?」
自分たちで買い取るつもりらしい。
「僕が持つよ。今日の記念にね」
どこに飾るかは知らないけど。
「じゃ、みんなエルリンの払いなのです」
「なんでそうなる!」
「さすがわ、婿殿じゃ。よろしく頼む」
「アイシャさんまで!」
ま、いいか。オクタヴィアも嬉しそうだし。今日のこの喜びは何ごとにも代えがたい。
ひとりだけ素直に喜べない人がいるようだが心境は如何に?
「リオナ最近お金持ちなのです。たまには払って上げるのです」
言葉とは裏腹にリオナが財布の紐を緩めた。でも数日後、戻ってきた領収書は割り勘になっていた。さすがに姉さんも全額リオナに払わせることに抵抗があったらしい。
結局余韻に浸る暇もなく、連戦に次ぐ連戦で疲れ果て、予定した時間に遅れること一時間、目的のゴールに到着した。転移して久しぶりに別荘に戻った。




