夏休みは忙しい(パスカル君と夏休み)34
獲物の名はアイスブラスト・ウィスプ。
ウィスプとは核を中心に形成された魔力の塊のことである。意思はなく、ただ存在しているだけなので、魔物ではなく自然現象だという者もいる、変わり種である。ただ、こいつはどんな魔物よりも面倒で厄介な存在であった。幸い、魔力の多い、つまり自然に恵まれた環境にのみ棲息するので、人里で出会うことはない。
出会ってしまったら、なるべく距離を取り、通り過ぎるのを待つ。それが唯一の対処法である。一般的には、である。
こいつの本体は子供の拳程の大きさしかない核である。卵と称する学者もいるが、それが膨大な魔力を身に纏い、ドラゴンすら避けて通る凶悪な存在になるのである。
魔力のない状況ではただの丸い石に過ぎず、自然界の魔力を吸収して大きくなると言われている。動き出せるようになるのに自然界で放置されること半年。悪さを始めるのに三年。手に負えなくなるのに十年と言われている。誰が調べたのか、そういうことになっている。早期発見、早期駆除が肝要である。
そんな奴を一般ではない者が倒す方法は一つ。核を破壊することである。これは強力な一撃を加えてやればいいことなので、膨大な魔力の干渉を排除できればできないことはない。が、ドラゴンでも嫌がる相手であることを考慮に入れなければならない。
しかし、今回の姉さんの要望はその核自体である。ひどい姉である。
姉さんは最高の魔力媒体はこのウィスプの核だとずっと持論を唱えていた。僕が出来損ないだったときから、どこから得てきた情報かは知らないが、そう言い続けていた。
だが、さすがに手に入れることはできなかった。それはまさにドラゴンを殺さず手なずけろと言っているようなものである。
だがその依頼は来た。それも大量にだ。そう、今の僕には可能なのである。ウィスプの魔力を相殺し、核だけを回収することができるのである。僕にはそれができるスキルが揃っていた。
目の前にキラキラと輝く雪の結晶が森のなかを泳いでいた。
僕はライフルを構えた。使う弾丸は通常弾である。
試しにノーマル射撃で一発放ってみた。
弾は核の数メルテ先で凍り付いて地面に落ちた。
辺りは一瞬でブリザードに包まれた。
刺激してやればああやって条件反射で魔力を簡単に放出してくれるのであるが、僕を遠目から狙っていた牙狼の群れは凍り付いて息絶えていた。強力な結界がなければ近付くこともできないのである。こちらの射程距離からでは一瞬であの世行きだ。
『アローライフル』で仕留めることも考えたが、魔法の矢がそもそも奴に通用しない。魔力は奴にとって身体の一部である。命中するまでに鏃に内包された魔力は中和され、書き込まれた術式命令をこなせなくなるだろう。ただの石の鏃になり果て、ブリザードに押し返されて、どうでもいい木の枝にでも突き刺さることだろう。
仮に飽和攻撃など、減衰を上回る供給によって、魔力消失を抑えられた第二、第三の矢が勝っても、調整は臨機応変にはできない。消滅させるなら兎も角、核を残すとなると偶然以上に奇跡が必要になる。
奴らは敵の物理攻撃を防ぐために風や嵐など物理現象を起こし、魔法攻撃に対しては魔力を放出し、カウンターアタックを仕掛けることで中和するのである。何十年にも及ぶ魔力吸収による備蓄と圧倒的な射程が、ドラゴンすらも遠ざけ、ときには駆逐するのである。
僕も『魔弾』で試したい気もするが、正直、力加減が難しい。慣れるまでできるだけ正確に奴の魔力を削りたい。だからこの手で行く。
相手は脳味噌のない単なる現象だ。逃げることも攻めてくることもない。ただ漂いながら条件反射を繰り返すだけだ。
僕は本番とばかりに銃を構える。『千変万化』に『一撃必殺』を発動し、こっそり覚えた『チャージショット』を加えて、中心核を狙う。
魔力が激減する一方で、威力が増大していくのが分かる。
『一撃必殺』の反応のないまま、数発発射した。
その度に猛烈なブリザードがこちらを襲った。
奴はただブリザードの渦の中心で浮いていた。
万能薬を啜って更に数発撃ち込んだ頃、ようやく『一撃必殺』が反応し始めた。
チラチラと反応が視界を遮る。
僕は狙いを定める。そして、反応が消えた瞬間、弾丸を撃ち込んだ。
僕の魔力を帯びた弾丸が、力を失いつつも核目掛けて飛んでいった。
凍り付くよりも速く距離を詰めた。
空気のうねりをも考慮した『一撃必殺』の一歩手前の一撃が核の殻にカチンと触れたところで、地面に落ちた。
が、同時に膨大な魔力を放出して、破壊を免れていたウィスプは浮く力すら失い、堅く凍った地面に落ちた。
「うまくいった……」
辺りは完全に氷の世界に覆われていた。
地面に落ちたウィスプの核も、跳ねることなく、一瞬で冷気に捕まり地面に貼り付いてしまっていた。
魔力を吸収し浮き上がろうにも、再び浮き上がれるようになるのは半年先だ。もはや氷の鎖から抜け出す力は残っていなかった。
僕は薬作りに使う金属瓶に核を収めると、魔力定着の代わりに、念のため魔力遮断の封を施した。
落ち着いて周囲を見渡すと、辺りは完全に死の世界になっていた。
草木は風に激しく弄ばれたまま時が止まっていた。枝に止まっていた鳥たちも風に押し負けまいと、羽毛を風圧に凹まされながらも、身を固くして凍り付いていた。
虫も獣も…… 氷のオブジェとなって、嵐を演出した氷の森で身を留めていた。
晴れ間が続いたとしても当分溶けることはないだろう。
僕の魔力も気力もすっからかんだ。
こんなこと、あと何回続けなきゃいけないんだ? パスカル君たちが七人、僕たちが六人、子供たちが五人、それに姉さんの分。十九人分か? そんなにウィスプがこの地にいるのか?
「ヘモジとナガレはいらないよな」
寒さでどんどん体温が奪われていく。それを必死に結界を張って防いでいるのだが、効果がない。寒くて死にそうだ。さっさとこの場を離れないと。
僕は影響圏外に脱出すると、日当たりのいい岩に腰掛けて、万能薬を啜った。
「はー」
ほっと胸を撫で下ろす。
辺りを見回すと、相当広い範囲に影響が出ていた。緑のなかに氷の世界がクレーターのように存在していた。
「こりゃ、大変だ」
段階的にやっていては被害が出すぎる。短期決戦だ。僕は放り込んだ弾丸の数と威力を勘定して、一発の『魔弾』の威力に換算した。どうやっても正確な値は出ないので、残り一発で仕留められるぐらいの威力をなんとか弾き出したが、敵の強さが一律でないことに気付いて諦めた。ここは迷宮ではない。個体差が存在する現実だ。強い奴もいれば弱い奴もいる。
みんなの元に戻るとさすがに気付かれたようで、心配そうな顔で迎えられた。
「あれはなんだったですか!」
リオナはカンカンだった。
「尻尾が凍ったのです!」
ここまで影響が届いたのか?
そのせいもあってか、乱闘騒ぎは収まっていた。亡骸の数を勘定するに、ほとんどが逃げ出した後のようであった。亡骸はほとんど残っていない。流されたか、森のなかにお持ち帰りされたか。
こちらとしてもセベクの血の付いた獲物を抱えて移動する気はなかったので、別段構わないのだが。
そんななかリオナの言葉を裏付ける証拠が残っていた。川の浅瀬が若干凍っていたのだ。
僕たちは移動を再開した。
相当の時間をロスしてしまっていた。地図だけはしっかりできあがっていたが、まだスタート地点に立ったに過ぎなかった。
今度ウィスプとやるときはもっと離れた場所でやらないといけないな。そのためには発見をもっと早くしなければいけない。どうやったら発見できるのか……
逃げたはずの魔物たちが別の方角に突然進路を変えるのが見えた。
「ん?」
リオナもオクタヴィアも耳立てた。アイシャさんも何かを捉えたようだ。
僕は特別何も感じないが……
「あッ!」
一瞬弱い魔力が放出された。鳥か何かがちょっかい出したのだ。そして一瞬で返り討ちにあった。
「エルリンの相手なのです」
リオナが凜として言った。
僕は「サプライズだから」と正体を言わずにいるが、もう分かってしまっているようだった。
何を理由に狩っているかまではさすがに気付いていないようだが、並々ならない物だとは理解してくれているようだった。
パスカル君たちのことも心配だし、見ていたかったのだが、というか、もう少し休みたい。
周囲に敵はない。いるのは奴だけだ。パスカル君たちも調べる存在が不在となると、地図作成に影響が出かねない。
やるしかないか……
今度は最初に『魔弾』を放り込む。大きく削って微調整である。




