夏休みは忙しい(パスカル君と夏休み・再会)26
パスカル君たちの来訪は魔法学校の終業式の翌日、早朝だった。
恐らく終業と共に馬車に飛び込んだのだろう。リュボックで一夜を過ごし、夜明けと共にポータルに飛び込んだに違いない。
僕は唖然とした。こっちはこれから朝食だというのに。
ファイアーマンこと、ミケランジェロ・マストロ…… なんだったか、彼を先頭にパスカル君、ビアンカ、三角帽子を深めに被っているダンテ君。オリエッタとヴェロニカの双子姉妹。そして、唯一、三年生のフランチェスカが続いた。もう少し友達を連れてくるかと思ったのだが、やはり里帰りが一番の年頃であるらしい。
その一方で、呼んでもいない邪魔者がやって来た。なんでも学院の教師らしい。
僕は予想外の事態に姉を至急呼んで貰った。
ラウラ・ロッシーニ、教師になって三年、初めてパスカル君たちのクラス担任を任されることになったうら若き女性である。パスカル君たちの急成長の裏側を知りたくて、付いてきてしまったらしい。
こちらは食事中だというのに、延々と長話に付き合わされる羽目になった。姉さんもこの時間ではまだ着替えもしていないだろう。
時間稼ぎしないと……
今はどうでもいい話に耳を傾けるしかあるまい。
「呼ばれもしないのに申し訳ありません」とか「お噂はかねがね」とか「うちの優秀な生徒たちがどの様に夏休みを過ごすのか気になる」とか。「わたしは『魔石の術式記入理論』で学位を取って教師になれた」だの、「初めての担任で不安だったけど、いい生徒ばかりで助かる」とか、「パスカル君たちはクラスの人気者だ」とか。
そう言う話はね、保護者としてください。僕は貴方をどうやって追い返すか、考えるので手一杯なんですから。
パスカル君たちは「いい先生だよ」「悪い人じゃない」と庇うが、自分の休日を返上してまで生徒を見張る気でいる教師というのはいい教師なのか? 駄目な教師なのか?
髪もボサボサであまり見掛けを気にしていないところは、世俗に縁の薄い魔法使いらしいと言えばらしいのだが、教師となれば話は別だ。先生と呼ばれる以上、少しは見た目も気にした方がいい。まして若いんだから。リオナだって最近は、癖毛を気にしているというのに。
それにしても学院にも魔法の塔から出向している教師がいるだろうに、なんで言い含めなかったのか? 魔法の知識というものは、それぞれの家の蓄積あってのもので、ただではないのだということを。
「覗かせてください」、「はい、そうですか」と、簡単にはいかないのだ。そこには長きに渡る魔法使いの系譜があり、その系譜に寄与する覚悟が必要になるのだ。ロッシーニ家というのはどういう家柄だ? ぽっと出の外様か? それともどこかの子飼いか?
しかも、今回、こちらには何かと秘め事が多い。故に別荘に連れて行くこともできないだろう。エルーダに連れて行くのとは訳が違うのだ。
「兄ちゃんたち、でかくなったな」
朝の配達が終ったピノたちもやって来て、パスカル君たちと合流した。
「そう言うお前もでかくなったじゃねーか?」
ファイアーマンと仲良く握手を交わした。数ヶ月会わなかっただけで大袈裟である。
「リオナちゃん、お久しぶり」
「久しぶりなのです! ビアンカ。元気だったですか?」
「友達連れてきたわよ」
交流を深め合っていた。が、まだ早朝だった。世間の半分はまだベッドのなかである。
配達から直接来たピノたちは朝食を希望した。
アンジェラさんたちは子供たちに朝食を用意した。パンとベーコン、サラダにジュースだ。
シンプルなメニューだったが、ピノたちはがっついた。
ロメオ君が玄関から現れた。
中庭からイチゴが顔を出した。どうやらイチゴは昨夜、泊まり込んだらしい。
蟹が突然、通訳付きではあったが、主に話し掛けたものだから、パスカル君たちは度肝を抜かれた。
チョビは黙ってヘモジの横に座った。
「ナーナ」
ヘモジが自分の野菜スティックをチョビに差し出すと、チョビは美味しそうに食べ始めた。
姉さんがようやくゲートを潜ってやって来た。
場の雰囲気が変わった。
挨拶に来るパスカル君たちを手で制して、こちらに来る。
「悪いが、今回の遠征では観光がてら、いろいろと秘密の特訓が待っておる。部外者に狩り場やカリキュラムを教えるわけにはいかないので、お帰り願いたい。どうしてもと言うのなら十日後、改めて出直されるといいでしょう」
せめて魔法の塔からの出向なら、上役の姉さんを通してお引き取り願えるのだが、一般の教師となるとどう対処していいものか、と思っていたら、単刀直入だった。
ラウラ・ロッシーニは姉さんをレジーナ・ヴィオネッティーだと確認すると、鞄から取り出した手紙を手渡した。
姉さんは神妙な顔をして手紙を読むと、まじまじと女教師を見つめて、前言を撤回した。
パスカル君たちはほっと胸を撫で下ろしたが、僕たちは大いに疑問が残った。
情報が外部にばれたら、大ごとになることは必至だった。振り子列車の存在は『銀団』の責任問題になりかねないし、別荘は曰く付き物件だし。ドラゴンやトレントの狩り場はそのまま利益に直結している。
アイシャさんがオクタヴィアと自室から出てきた。オクタヴィアの首には使役の笛と新しいチョーカーが巻かれていた。
見事な宝石の入った高価なものだ。少々重そうだが、これでオクタヴィアの防御は、従来の三倍近くになっている。物理攻撃、魔法攻撃を容赦なく軽減することができる代物だ。が、問題は威力が本人の魔力に依存することだ。宝石ではなく魔石にして吸収式の護身具にすればよかったのにと思ったが、オクタヴィアに細かい管理は無理だと言われて、納得した。
アイシャさんの朝の一杯が終ると、いよいよ、実習の始まりである。
目を丸くしたのはパスカル君たちだ。のんびりできると思ったのも束の間、強行軍が予定されているとはよもや思わなかったらしい。
車両は先頭に僕と子供たち、真ん中に姉さんとパスカル君たち、最後尾にアイシャさんたちが乗り込んだ。
それぞれの車両は次のーホームに着くまで往来はできない。一堂に会するまで一時間の辛抱である。
降りたら手紙の内容も教えて貰わないとな。どうにもすっきりしない話だ。




