夏休みは忙しい(初級迷宮騒動・結末)24
翌日、領主から呼び出された。
領主は姉とふたりで執務室で待っていた。
「どうなりましたか?」
僕が神妙な顔でお伺いを立てると、同じく神妙に構えたヴァレンティーナ様が咳をした。
「集団幻覚を見たそうよ」
そう言ってヴァレンティーナ様と姉さんはこらえきれずに笑い出した。
「蟹が出たんですって。それも空を覆うような巨大な蟹が、二匹も。それが森と陣営を破壊して跡形もなく消えたそうよ」
「リュボックの領主は大変お怒りだ。マネッティ家にな」
「『演習の許可は出したが、迷宮を勝手に封鎖したり、大挙して迷宮の外で馬鹿騒ぎをする権利を与えたわけではない』ですって」
「演習許可だけで、ほんとに知らなかったみたいね。貴重な植生の残ってる森だから、荒らされてカンカンよ」
あれだけの兵力が四方八方に逃げ出せば、森のなかは散々だろうな。兵士も上ばかり気にして、下など見ていなかっただろうしな。
「賠償も安くはあるまい。現地職員を一時であっても、偽の書類で謀って職場放棄させ、都合良く追い出したのではな」
「偽の書類?」
「『今夜はマネッティ家の演習があるから、ついでに休ませて貰え』という趣旨だったらしいわよ」
「犯罪じゃないですか!」
「元より誘拐は犯罪だろうが」
「そりゃそうだけど。いくら貴族でも、こんなことして許されるの?」
「許されるわけないだろ、相手も貴族だぞ」
「女を一人連れ去るだけの騒ぎではなくなってしまったわね。貴族の戯れにしてはことが大きくなり過ぎたわね」
「で、姉さんたちにはどんなメリットがあったわけ?」
「大山鳴動して鼠一匹。エルフ女ひとりに大軍をけしかけた挙げ句、まだ幼い子供たちにすら大敗を喫して逃げられたとばらされたくなかったら――」
「脅したのかッ!」
「一生分の賠償金をせしめた気分だ」
「はなからそのつもりだったんだな?」
「父親は立派な御仁だったが、倅は昔から権力を笠に着る最低の奴だったからな。これで継承レースからは脱落だな。これであの家も安泰だろう」
「マネッティ家というのは?」
「王家の分家筋だ。領地はさほどないが、先代は立派な御仁でな。だから王家も先代がご存命のうちは大目に見ていたんだが、やっと墓穴を掘ってくれたようだ」
「一軍の将が現場に転がっていたんじゃ、言い逃れできないわね」
「そう言うわけでこの件は終わりよ」
「報復とかないの?」
「あるかもね。でも手駒になる奴はもういないわ。本人もこれ以上馬鹿やって勘当されたくないでしょうからね」
「普通はとっくに勘当されてるでしょ? 父親は立派な人なんでしょ?」
「言ったでしょ、王家の分家だって。王家の血が流れてる以上、好き勝手に家から追い出せないのよ。だから本人も胡座をかいていたわけだけど」
「分家にとって勘当されるというのは要するに修道院に放り込まれるか、下野して王家の力の及ばない場所で人知れず生きるということよ」
どこかで聞いた不愉快な話に似ている。
その後は月末に控えた建都一周年式典の話になった。
来客数が計算できないとふたりは匙を半分投げていた。
「既に宿泊施設は満杯。仮設を立てる場所もない。周辺都市から臨時に飛行船を飛ばす予定だが、空も陸も相当の混雑が予想される」
「お前の予定は?」
「パスカル君たちとお祭りを楽しむ」
「だけか?」
「城のレストランの手伝いで手一杯になるからね。テーブルと椅子を臨時に増やすことぐらいかな」
「つまらんな、何かないのか?」
「ありません。既に各宿からの事前予約でパンク寸前なんですから」
僕にとっての今月の一大イベントは明後日やってくるパスカル君一行を迎えることだった。正直式典どころではない。
「それより、別荘のことなんだけど」
「ああ、準備万端だ。最高の演習場を用意しておいた」
「演習場? 観光ルートだって言ってなかった?」
「観光しながら演習だ」
ヴァレンティーナ様がクスッと笑った。
「魔法の塔の訓練プログラムにも組み込もうかと考えている。我ながらよくできたルートだと自負している」
「なんで? パスカル君たち、まだ学生だよ。第一、夏休みなのに……」
「大丈夫だ。魔法の塔の連中は皆、頭でっかちでひ弱だからな。お前たちに合わせるより難易度は低い」
「ほんとに大丈夫なの?」
「お前が余所見しなければな」
「具体的なルートとかは? 説明一切なし?」
「別荘に『旅のしおり』を置いておくので、各自確認するように。当日はフル装備、薬や魔石、食料など忘れずにな。それと、『アローライフル』の弾頭が届いた」
弾頭て言っちゃってるし。
「鏃でしょ?」
ヴァレンティーナ様が突っ込んだ。
痰が絡んだように咳き込んで姉さんはごまかした。
「鏃百個だ」
「そんなに?」
「計画変更があった。銃と鏃に同じ通し番号を付ける話だったが、使い勝手が悪いと前線から苦情が相次いだため、銃の上四桁に鏃のナンバリングを当てることになった」
「どういうこと?」
「つまり、五桁以下の数字に関係なく、上四桁が揃っていれば、その鏃は使えるという仕様になった。つまりナンバリング五桁の銃なら下一桁がゼロから九までの十丁が共通の鏃を流用できるということだ」
「なるほど。つまり十丁単位で管理するわけだ」
「因みにお前の銃以外の通し番号はスプレコーンが所有しているが、今のところ欠番だ」
「守備隊には別の通し番号が入ったものが支給されているから、間違っても一緒にしないで頂戴」
僕は頷いた。
「百個…… 奮発したね」
「だから、十丁分、一丁に付き十個の勘定で百個作っちゃったのよ」
「そういうことか」
「無駄遣いするなよ」
「了解」
空中戦でもしない限り使う予定はない。スリング用の鏃もまだ残ってるし。
窓の外の雲行きが怪しくなってきたのでお暇することにした。
館を出ると小雨が降り出してきた。
「まずいな」
雲の様子だとこれから本降りになりそうだった。
館を出て、すぐ南に折れて裏道を進んだ。広い道より今は最短ルートだ。
東の大通りに差し掛かる頃、雨は本降りになってきた。
門扉の前まで来ると、ずぶ濡れの子供たちと合流した。
僕は結界で子供たちを覆った。
雨が降っているのに濡れない不思議さに皆、空を見上げた。
「走れ、みんな」
子供たちがキャーキャー言いながら走った。
ちょ、足早いよ!
森から抜け出すと我が家が視界に入った。
「少し暖まって行きな」
僕は玄関の扉を開けると子供たちになかに入るよう促した。
子供たちは雪崩を打ったように突入していった。
僕は魔法で子供たちを順番に乾かしていった。
「おかえりなのです」
リオナがミートパイを食べながら出迎えた。
子供たちの視線がリオナの口元に釘付けになった。
「か、乾いたら食堂に来るのです。おやつにするのです」
お姉ちゃん的に「あげない」とは言えなかったらしい。
リオナはひとり食堂に引っ込んだ。
入れ替わりにエミリーがタオルをたくさん抱えてやってきた。
しばらくするとミートパイの匂いが食堂から漂ってきた。
子供たちはこらえきれずに次々、生乾きのまま食堂に飛び込んで行った。
ひとり二切れずつ割り当てられて、十人前があっという間になくなった。口のなかに残ったパイ生地のパサパサをウーヴァジュースで流し込んだ。
聞くところによると、子供たちは買い物に行っていたらしい。
「何買ってきたんだ?」
「弓矢だよ」
そう言うと手提げ袋のなかの矢筒を見せてくれた。子供用の短い弓矢がぎっしり詰まっていた。
「みんなでお金を出しあったんだ」
「ピノ兄ちゃんたちから聞いたんだ。すんごいスキルが身に付くって。やり方も教わったんだ」
「必中の弓は借りなきゃいけないから、みんないっぺんには無理だけどさ、みんなで少しずつチャレンジすることにしたんだ」
ということは、ピノ以外のみんなもスキルを手に入れられたのかな?
「リオナ、みんなスキル取得したのか?」
そう尋ねるとリオナは頷いた。
「アドバンテージがなくなったです」
大人げなかった。
「獲物はどうするんだ?」
「希望者を狩り場まで大人たちが引率してくれるんだって。多分、行き先は初級迷宮の角兎だってさ」
「守備隊の人も行くけど、守備隊の人はエルーダだって」
なんだか大事になってないか? まさか、獣人村の狩人とスプレコーンの守備隊は総出で『チャージショット』を手に入れる気なんじゃないだろうか?
姉さんたちは何も言ってなかったけど、サリーさん辺りはやる気かも知れない。
子供たちは食べて一休みすると、中庭の廊下を通って裏木戸から出て行った。




