夏休みは忙しい(初級迷宮騒動・エルフを手に入れろ!)23
階段通路から盾を構えたヘモジを先頭に子供たちが出てきて、キョロキョロ辺りを見回している。
「どうだ?」
僕が尋ねると、子供たちは口を揃えて「オールクリア」と返した。
やがてリオナたちも戻って来た。
「みんな素人だったです」
手練れを見なかったか?
「粗方片付けたはずじゃ」
僕たちは出口を目指した。
「このフロアーの魔物ってなんだ?」
僕は退屈凌ぎにピノに尋ねた。
「鼠じゃないの。俺ここで戦ったことないから」
素っ気ない答えが返ってきた。
確かにいるのは鼠だけだが…… いざ狩るとなるとすばしっこいぞ、っと。
「売れるのかな?」
「……」
ロメオ君の素朴な疑問に誰も答えられなかった。
元々ここでの演習が予定されていたのか、あるいは美人エルフ発見の報を聞きつけて投入されたのかは分からない。だが、このままだと、一軍とことを構えることになる。殲滅してもいいとは言われたが、それをしてしまうと僕たちのパーティーは対外的に一軍に匹敵するとみなされてしまう。そうなれば、それはそれでかなり困った問題になる。ただのドラゴンスレイヤー程度に思われていた方がいい。
如何にごまかすか…… 名乗ったのは失敗だった……
ふと蟹が目に入った。子供たちと一緒に楽しそうにしている。
光明が見えた気がした。そうだ、チョビの強固な装甲があれば……
「チョビ、頼みがあるんだが?」
チョビはこちらを見つめた。
「少しの間だけ、敵を引き付けておいてくれないかな。その間に脱出用の馬車を用意するから」
チョビは鋏を持ち上げて万歳した。
『やります! 殿は信頼の証ですよ、ご主人! 喜んで引き受けさせて頂きます! 見事、ご期待に応えてみせます。無礼講なら、あの程度の軍隊には負けないのですよ』
威嚇されたのかと思った。
だったらわたしもとイチゴも参戦を表明した。
「無理するな。テントを壊す程度でいいからな。あ、でも一番奥の大きなテントだけは加減しなくても構わないから」
『分かりました。派手にやってきます!』
迷宮の入口の手前まで来たところで、地理の確認をした。ピノと爺さんの説明で、迷宮を出て右の坂を下りるとそこに馬屋があると教えられた。
索敵した結果、確かにがたいのいい馬が何頭もいた。だが同様にがたいのいい見張りも周囲を固めていた。やつらの馬も預けられているのだろうか?
入口には迎撃部隊が既に展開していた。たった数人の女子供のパーティーにざっと三百人が展開していた。過大評価されているのか、過小評価されているのか…… 複雑な気分だ。
まず奴らを散らさないといけない。
「僕たちが誰か知っていて攻めてくるっていうのはさ、問題だよね?」
「我々が生き残って、証言台に立とうものなら、奴らはただでは済まないだろうな」
ロメオ君の問いにサリーさんが答えた。
「口封じが唯一の策か…… 勘違いで済むうちに逃げりゃいいのに」
「勝てると思っているのだろう」
「仮に僕たちに勝てたとしてもさ、奴らの狙いは――」
全員がアイシャさんを見た。そして全員が彼女を手なずけるのは無理だと判断した。
「詰めが甘いわね」
「甘いな」
「甘いです」
「無茶だよ」
「顎で使われるのが落ちじゃ」
ナガレにサリーさん、リオナにピノ、そして爺さんも共通の見解だった。
「命題がそもそも間違ってるんだ」
オクタヴィアが僕の膝を叩いた。
「何?」
指差す方を振り返るとアイシャさんが眉間に皺を寄せて立っていた。
「聞こえておるぞ。よい仲間を持って妾は幸せじゃな」
一同全員凍り付いた。
こちらがアイシャさんに殲滅される前に、チョビとイチゴを敵陣のど真ん中にゲートを作って投入した。それもレベル最大サイズのふたりをだ。
さぞや驚いたことだろう。星空を覆う程の巨大な影がいきなり頭上に現れたのだ。
あっという間に阿鼻叫喚の地獄の様相を呈した。テントで休んでいた連中は武装もせずに逃げ惑う。どこかの阿呆が焚火を蹴り飛ばしてテントに火を付けた。
炎に浮かんだ巨大陸王蟹の姿は恐怖そのものだった。
混乱が混乱を生んだ。当然僕たちを包囲していた連中も浮き足だった。
「今のうちだ」
僕たちは物陰に隠れながら、右の坂を下った。
こちらの動きに気付いた索敵が声を上げた。
雷撃が敵の頭上に落ちた。
ロメオ君である。
「結局こうなるんだよね」
「死んだ?」
「火傷は残るかもね。みんなプレート着てるし」
気付いた馬屋の見張りが矢を射てくる。
が、矢が届くことはない。
次の瞬間、射手は地面に沈んだ。リオナと爺さんだ。
それにしても闇のなかの爺さんははつらつとしているな。あの動きに付いていくリオナもリオナだが。
森の広場で悲鳴が聞こえる。
僕たちは全員乗れそうな馬車を一台失敬することにした。
隣接する家のなかに持ち主の夫婦がいたので、リュボックの馬屋に置いておく旨を伝え、代金を支払ったら、「だったら御者をしてやる」と言われた。
向こうで客を拾って帰ってくれば、なんの不都合もないだろうとのことだった。しっかり者の奥方の提案だ。
「あんたも仕事が半日早く片づいて助かるだろ? こっちのことはやっておくからさ」
旦那も早めに酒場で一杯やれるとなれば断る理由はない。夜の客だ。割増料金で懐も潤えば気前よく飲めるというものだ。
手分けしてセッティングを開始した。
怯える馬を繋ぐだけでも普段なら一苦労なのだが、幸い今はオクタヴィアがいる。使役を使って馬を自ら整列させ、難なく準備を完了させた。
馬屋の親父も目を丸くしていた。
「よし、全員乗り込め! 出発だ」
こちらの展開がここまで早いと予測していなかったのだろう。待ち伏せも警戒していたが、それらしき姿は街道のどこにもなかった。
僕たちは誰憚ることもなく街道を順調に進んだ。
頃合いを見計らってチョビとイチゴを呼び戻した。
「どうだった?」
僕が尋ねると『誰もいなくなった』、『お腹空きました』と答えが返ってきた。
子供たちはリュックからミートパイを取り出した。
「一緒に食べよ。チョビちゃん。イチゴちゃん」
安全圏はまだ遠いが、子供たちはもうくつろいでいる。自慢の耳と鼻がもう危険は去ったと告げている。
「敵の手が残っているとすればリュボックだな。あそこの領主を丸め込んでいるなら、理由を付けてこちらを拘束しにくるかもしれない」
サリーさんが言った。
「こちらが脱出したことに気付いていればですけどね」
「まだ気付いてないのです」
リオナが言った。
チコの方を見ると、チコも笑っている。
「潰れた天幕のなかで伸びてますよ」
エルフを連れた怪しい一団が町の門を潜ったとしても、伝令が届くのはその後になりそうだ。
僕たちはリュボックのポータルの前で馬車を降りた。御者台の主人と握手を交わし、予定より多い金額を支払った。少しでも恩に着て貰って、聴取の折には、知らぬ存ぜぬを貫いて貰えれば幸いである。
笑顔で手を振るご主人を、夜明けの城門開放と共に溢れ出す喧噪の波に溶け込むまで見送ると、僕たちはポータルを潜った。
「すっかり朝になってしまったな」
我が家に戻ると、リオナと子供たちは朝のユニコーンの散歩にそのまま突入していった。
ロメオ君とイチゴ、爺さんとサリーさんは帰っていった。
アイシャさんは風呂に入って少し寝ると言って、エミリーに着替えを用意させた。
オクタヴィアとヘモジが大きな欠伸をする。
馬車のなかで寝たりなかったのか?
ロザリアが聖都から戻ってきていた。
「みんなどこに行ってたんですか? 誰もいないからびっくりしましたよ」
ちょうど朝食を取りに食堂に下りてきていた。
「子供たちが遅くなっても帰ってこなくてさ――」
ゼロから話すのは少し億劫だった。いつもしゃべりまくる猫もヘモジも椅子の上で船を漕いでいる。
あっ、そういやみんな、スキルの習得できたのかな?




