青嵐到来6
細い路地を抜けると突然目の前が開けた。巨人のアンデットたちがいた先にはすり鉢状の大きな穴が空いていた。
余りの広さに開いた口が塞がらない。
穴の縁には巨人族のアンデットが見張りを務めていた。
あの巨人を容易く薙ぎ払ったものはどこだ?
見渡す限りそのようなものの姿は見当たらなかった。
穴を覗いても、霧のせいでこちらの魔力が四散してしまうのと、敵の放つ魔力が大きすぎるせいで、深部の探索がうまくいかなかった。『生命探知』もアンデットには効かないし、敵が敵だけに鼻は既に麻痺状態。耳に頼るしかないのだが、どこかに風の通り道があって風鳴りが止むことはない。
すり鉢状の穴を真っ直ぐ下ることはできない。側壁に沿って掘られた道を進むしかないようだ。
僕たちは目で道を追って、進むべきルートを探した。ルート上には巨大なスケルトンが待ち構えていた。
何かを引きずり込んだかのような、大きな爪の跡が道を分断していた。斜面の土砂が大きく削られ、螺旋はそこで分断されていた。
「転移するしかないか……」
最寄りの着地点を探す。
いけそうな足場を見つけると、更に道を探るが、すり鉢の底に溜まった紫色の霧が視界を塞ぐ。
目標の敵はあそこにいるのだろうが、見つけることはできない。
勇んだ姉さんたちも立ち往生するしかなかった。何せ足場がないのだ。
中腹からは手探りか? 行き止まりの可能性もあるな。
「ドラゴンゾンビって空飛べるの?」
「飛べたらこんな穴蔵にはおらんだろ?」
姉さんはさっきのあれをなんとも思っていないようだった。ドラゴンとは別の何かなのか?
「さっきのあれは?」
「ただの尻尾だ」
はあ?
何かの間違いだと思った。このすり鉢の底からここまで伸びる尻尾など考えられなかったのだ。もし事実だとすると今まで会ったドラゴンの何十倍もの大きさになることになる。
「ドラゴンの?」
僕の顔が間抜けに見えたのだろう。姉は笑った。
「告死蛇と言う。ドラゴンゾンビは厄介な性質の割に被害が出づらいドラゴンだ。というより慣れの果てだな。理由は自重が重くて歩き回ることもままならないからだ。だが、代わりによく動き回るものがある。それが奴の尻尾というわけだ。しかもその尻尾は本物の尻尾ではなく、そもそもは内臓の腸だったものだ」
「うげっ」
敵がゾンビであることを思い出した。
「兎に角、長いらしいぞ。しかも切ったところから別の頭が生えてきて、毒を吐くらしい」
「アジ・ダハーカみたいなやつだな」
『魔獣図鑑』には載っていない情報だ。どこから仕入れてくるんだ、姉さんは?
「浄化してしまうのが安全で確実な方法だろうな」
「じゃ、強力なのを一発撃ち込んでおこうかな」
僕は先頭に立った。
「あれが最大じゃないのか?」
「全然。光の魔法って他の属性と違って当たりがないから、よく分かんないんだよね。力の入れ具合が。なんていうか、張り合いがない感じ」
姉は黙った。光の魔法は姉にとっても門外漢だ。使えるというだけで、その辺は僕と変わらない。
「じゃ、パラメーター最大で!」
そもそもどうすれば最大になるのか分からないのが光魔法だ。光は光以上に輝くのか? 浄化の力というものはどこまでいけば最大なのか?
取り敢えず、足元の霧がすべて晴れる程度に。『遍く光を』て感じで、巨大な穴の中心に僕は聖なる光を投じた。
穴が大きすぎて光の球がゆっくり落ちていくように見える。まだ発動前なのに、聖なる光に照らされて闇は遠ざかっていった。
霧のなかから素早くうねる何かが見えた。と思ったら一気に霧を抜けてきて僕の放った光の球を丸呑みした。
「あれが死を告げる蛇……」
エンリエッタさんが銃を構えて状況を見守った。他の連中も攻撃の合図を待った。
それはまさしく蛇の頭だった。どう見ても腸には見えなかった。身に纏う鱗はすべて刃のように鋭く、釣り針の返しのように後ろに反り返っていた。千年大蛇がミミズに思えるほど太く長かった。
「痛そうだな」
姉さんが呟いた。
そういうレベルじゃないと思うけどね。
急に死告蛇が苦しみだして、腹の当たりが光り出した。大きな口がこちらに迫ってくる。
だが、ヴァレンティーナ様の命令はない。
死告蛇は吹き飛んだ。
ああ、やり過ぎたときのあれだ。なんで爆発するのかな?
目映い光が周囲を襲った。巨人族のアンデットたちも塵に帰っていった。後方の村のなかからも断末魔の叫びが沸き上がっていた。土のなかにいても助からなかったようだ。
僕たちは咄嗟に身を低くして穴の縁に身を隠した。
「ちょっと何をしたの!」
ヴァレンティーナ様が異常事態にさすがに怒っている。
「ちょっと露払いを」
「どこが露払いよ! もしかしてやっちゃったんじゃないでしょうね?」
そっちの心配ですか。
黒いブレスが穴の底から吹き出し、光をすり鉢状の穴から押し出した。
が、これでまた照らされる範囲が広がって、周囲のアンデットたちのうめき声が大きくなった。
「健在のようだな」
姉さんが笑った。
光はもう収まりつつあった。
「おおーっ」
オクタヴィアが身を低くして下を覗き込んだ。
「霧なくなった!」
ん? そうか?
僕も底を覗いてみた。
「あらー、真っ白けだ」
まるで雪でも降ったかのようにすり鉢のなかが白く染まっていた。岩が白色化していた。
「やりすぎかしらね?」
「すっきりしたんじゃないか?」
二大巨頭が僕の横で腕組みしながら穴の底を見下ろした。
一点だけ、穴の底の中央にある山だけは黒い染みを残していた。そして紅茶葉をお湯に浸したときのように、周囲に霧を染み出させていた。
「行くぞ。尻尾はなくなった」
アンデットの類いも大概片づいた。
「馬は置いていく」
ヴァレンティーナ様が言った。
それがいいだろう、この先は戦場だ。
「ここならもう大丈夫でしょうし。夜にならなければアンデットも寄っては来ないでしょう」
そのアンデットもどれ程残っていることか。
エンリエッタさんたちは自分たちの装備を馬から下ろして背中に担いだ。
その間、僕は万能薬を啜った。結構魔力を使っていたようだ。
「何か出てきたです!」
望遠鏡を覗いていたリオナが叫んだ。全員が穴のなかを覗き込んだ。
それは蟻だった。
「火蟻だ……」
まさか。
白くなった壁を突き破って火蟻の一群が現れた。一群はこちらではなく下に向かって行った。
元々この辺りは彼らのテリトリーだったのか? 霧が晴れて、情勢が変わったことに敏感に反応したのだろうか?
突然ブレスが吐かれた。
「嗚呼ッ!」
火蟻の大群が一気に消滅した。と同時に傾斜に大きな傷跡ができた。山道が途切れた。
「飛空艇で来たら楽だったね」とロメオ君は言いながら盾を装備した。ブレス対策だ。
まさか飛空艇で楽に降りられる大きさの穴が空いてるなんて誰も思わないからな。
エンリエッタさんも馬から下ろした盾を早々に装備した。魔石のチェックも余念がない。
隊列は僕を中心に組み直され、盾持ちは穴の空いた斜面側に並んだ。壁側には火蟻対策に耳のいい者を揃えた。
僕たちは順調に坂を下った。ドラゴンもギリギリまで引き付ける気か、ブレスをこちらに向けて撃ってはこなかった。
奴は中央にそびえる鋭く尖った山にある空洞に収まっているようだった。だから姿を確認できなかった。霧もあの辺りだけ健在だし。
「道が途切れてる」
土砂崩れの先に道が続いていた。
あの距離なら転移できる。
そのときだった。
僕たちが立ち止まった瞬間を狙ってブレスが吐かれた。




