青嵐到来4
後は実戦あるのみである。
あっという間に日が暮れて、辺りは何も見えなくなった。
帰る方角が分からなくなると困るから、ヘモジとオクタヴィアに明かりの番を頼んだ。
日暮れと共に増え始めたアンデットの群れの前に僕は転移した。
『聖なる光・改(仮)!』
『聖なる光』を小さくして、威力を増したものを敵の一体に放り込む。
爆発が起きた。周囲にいた数体のアンデット諸共吹き飛んだ。
「なっ! 爆発した!」
何が起きた? 威力が強すぎたか?
レベルを下げて再挑戦だ。
迫り来る敵に放り込むと、敵の眼前でそれは弾けて、光の大玉になって敵を丸ごと飲み込んだ。
光の収束と共に敵の姿は消えていた。
よし、これでいい。次は範囲攻撃だ!
威力はそのままに広範囲に広がる様子をイメージする。そう、衝撃波のように光が拡散するイメージで。最初に考えたエフェクトを噛ませる。それは消滅と共に光が天に昇るイメージだ。見た目だけで効果はないが、せめて浮かばれない魂が天に帰るための道標にでもしてくれれば幸いである。
「うわっ」
光速以上に早いものはないと『異世界召喚物語』にもあったが、光は一瞬で周囲に広がり、アンデットだけを消し去っていった。そして再び訪れた闇のなかで一瞬だけ、一筋の光が天に昇っていった。
「感動だ…… ナイス、エフェクト!」
夜にしか見られない効果である。これを昼間やっても「だから何?」て感じになるのだろうが、昼間闊歩するアンデットはそうそういない。
面白い。が、長居は無用だ。一発大きいのを撃ち込んで撤退することにした。
土のなかから次々沸いてきたアンデットがあっという間に村の入口を埋め尽くしていた。
さすがにあそこまでは行けないな。
村の手前の墓地の一角を狙う。
ピカッと一瞬光ると、光の波が狙ったポイントから放射状に広がった。光の壁は近くの鬱蒼とした山の峰まで到達した。
光の強さはその広がりと共に減衰すると勇者が言っていた。光は広がるに従い弱まり、やがて闇が再び辺りを支配した。
反応は消えたが、肉眼では暗くて成果を確かめられなかった。
すっきりしない。
でももう寝る頃合いだ。今日のところは本番に控えて諦めることにする。
「今の何?」
オクタヴィアが僕に詰め寄ってきた。
「きれいだった。花火? あれ、花火?」
すっかりご機嫌で尻尾を振り回している。
「そんなに興奮して眠れんのか?」
「眠るの得意。平気」
二本足で立っておねだりする。
「あれは光の魔法だ。アンデット相手に練習してきたんだ。もうお休み。ヘモジもありがとな」
預けていた光の魔石をヘモジが持ってきた。
「ナーナ、ナナナ」
「何? もう一度?」
「ナーナ」
ヘモジが頷いた。
まあいいけど…… 何が気に入ったんだ?
「じゃあ、一回だけな」
威力は最低、エフェクトは時間を延長する感じで。光の波と柱をふたりの目の前で披露した。
ぱーんと光が弾けて光の波が周囲に広がって、それがやがて収まると一筋の光が天高く、どこまでも上っていく。最後は光の粒になってはらはらと散るように消えていった。
ふたりは背伸びして光の残像をしばらく黙って見上げていた。
ふたりが我に返る頃を見計らって声を掛けた。
「じゃあ、もうお休み」
ふたりは満足して素直に頷いた。
「きれいだった」と繰り返しながら厩舎の方に向かった。
そっちで寝るのか? 別に構わないけど。真っ暗だぞ。
「明かりはいらないのか?」
「ナーナ」
「はいはい、星の明かりだけで充分ですか。風邪引くなよ」
「おやすみなさーい」
「ナーナー」
僕はロメオ君だけがいる部屋に戻った。隣の女部屋は明かりが点いていて、まだ何かしているようだった。
ロメオ君は読んでいた本を床に落としたまま眠っていた。僕は本を拾い上げ、ロメオ君のリュックの上に置いて、明かりを消した。
「道を外れないで!」
ファビオラがはしゃいでるヘモジとオクタヴィアに言った。
意味が分からないという顔でふたりは振り返る。
「夜じゃなくても、寝床に近付くと、ここの死人は襲ってくるわよ」と続けた。
するとヘモジが言った。
「この辺は大丈夫。昨日若様が一掃したですって」
ナガレが通訳してくれた。
「一掃したって……」
十体や二十体じゃないからな。疑問も持つのは当然だ。
「生き返る?」
「死んでる者は生き返らんが、再生するかと言えば再生するな」
姉さんの言葉にオクタヴィアはビビって脇道からソロソロと中央に移動した。
「死んだ翌日に再生するはずないでしょ。迷宮じゃないんだから」
ナガレに突っ込まれた。
「でも完璧に排除したわけでもないしな。警戒して損はないぞ」
反応はすべて消えていたけど、土のなかで寝坊していた奴がいないとも限らない。
「ナーナ」
ヘモジまで戻って来て、僕に寄り添った。
「無理に起こすこともないでしょう。馬車の幅がギリギリだからそのときはお願いね」
ヴァレンティーナ様が封印石を運ぶ馬車の上から声を掛けた。馬車の手綱は今エンリエッタさんが握っている。
道幅が狭くなって片輪が石畳から外れそうなときがたまにある。
そういうときは先行してわざと寝ている子を起こすようなまねをする。
僕はヘモジに土魔法で大きな泥団子を作ってやり、オクタヴィアと遊ばせた。なるべく遠くに転がす遊びだ。勿論、明後日の方角ではなく、前方に向かって転がすのだ。するとたまにうまい具合に寝ていた連中が釣れることがある。
「三つ釣れたー」
「ナーナ」
いつの間にか玉乗り遊びに進化していて、ふたりは泥団子というには堅すぎる玉の上に乗り、バランスを取りながら、敵の上を通過する。
「こら、先行き過ぎるな!」
「ナーナー」
方向転換なんて器用な真似はまだできないそうだ。
「だったら止まれ」
「止まったら落ちる」
「なんとかしろ!」
釣れた三体をロザリアがちょっと過激な祈りを以て救済するなか、ふたりはヨロヨロし始めた。そもそも一つの玉にふたり乗ってるから方向が定まらない。
「ナ!」
何か閃いたようだ。
ゴン! ミョルニルを突っ支い棒にして立ち止まった。
「おーっ!」
みんな感心して、手を叩いて褒めた。ヘモジは鼻高々、胸を張った。
「なんなのこの人たち……」
ファビオラの呟きが聞こえた。
玉乗りができないほどの上り坂になった。馬のためにも一気に上がりたい。
「ちょっと行って来なさいよ」
姉さんの無碍な言葉が僕を貶める。
「じゃあ、ちょっと行ってくる」
僕はひとり先行して坂を上る。
「グアアアアッ」
土のなかに帰っていなかった、一体が茂みのなかから現れた。
それは僕に近付くと自然発火して燃え上がった。そして勝手に断末魔の叫びを上げて地面に転がった。僕は現在結界と共にいつぞやの地獄の業火も身に纏っていた。
「触れたら火傷するぜ」
「もう死んでるのです」
村の朽ちたゲートを肉眼で捕らえた。
あの先に封印石を安置する場所があるらしい。
が、その手前にはアンデットの群衆が普通に活動していた。つまり、のんべんだらりとしていた。
「もっと少なかったのに……」
ファビオラは青ざめた。




