青嵐到来3
墓守の小屋は天井も焼け落ちて半壊、もぬけの殻になっていた。細い枝を縛り付けただけの柵は倒され、敷地の境界線を区切る目安はないに等しかった。
「余所に建てた方がいいんじゃないの?」と僕が言うと、「不浄な地のどこに建てると言うんだ。この場所が汚染されていない土地の最前線だ」と姉さんに言い返された。
確かにここは汚染されていない。でも、小屋のなかの祭壇は煤けて敗北の跡が色濃く残っていた。
「なんでここだけ?」
「岩盤でもあるんでしょ」
「魔除けの魔法陣でも刻んだのかな?」
「教会の神殿も建てる前には土地を浄化しますから、やってるかも知れません」
ロザリアが言った。
「仕事するわよ」
姉さんと僕はすぐに小屋の周りを囲い、要塞化し始めた。壕を掘り、壁を築き、屋根を掛け、乗ってきた馬車や新しい封印石を積んできた馬車を庭に納めた。
エンリエッタさんとリオナは焼け残った厩舎に馬を入れ、一足早い食事の世話を始めた。
ロメオ君は黒く煤けた壁などを浄化し、煤を払った。
ロザリアは外壁部分に光の魔法の結界術式を施していった。
アイシャさんたちは住人の使えなくなった家具などを部屋の隅に寄せたり、崩れた壁の隙間から外に放り出したりして、生活空間を確保した。
ファビオラは小さな要塞があっという間にできあがる様を見て、ただ唖然と立ち尽くした。
封印石の設置作業は明日、明るくなってから開始する。
作業の汚れを払い、浄化すると僕たちは生き残ったダイニングテーブルの上に食料を並べ始めた。
「墓場で食事なんて、食欲なくなるのです」
そう言いながらリオナは『アシャン家の食卓』の新メニュー、ベーコンエッグサンドを三つ完食した。デザートのポポラのパイもぺろりである。
「明日の夜明けまではまだ長い。各自休息を取るように」とヴァレンティーナ様が解散の号令を掛けた。
新たに三部屋を用意した。姉さんたち三人と残り男女で一室ずつだ。
休めと言われても外の景色は気になるもので、僕は壁の上に登って夕暮れ時の紫色と橙色に染まった世界を見渡した。
「人がいる!」と一瞬思ったが、よく見ると早起きしたスケルトンだった。町のなかを散歩していた。そのスケルトンが二匹の野犬だか、ゾンビ犬だかに襲われて崩れ去る。
沈む太陽に真っ赤に染まった荒野の果てに二匹が走り去っていく。
中庭ではヘモジとオクタヴィアが馬たちと一緒に遊んでいた。
牧歌的だがいかれた世界だ。
何かが空から壁の向こうに落ちてきた。
なんだ?
音に反応してすぐさまヘモジとオクタヴィアが駆けつける。
「ゾンビガラス……」
オクタヴィアが壁を見下ろして言った。
ゾンビ?
僕は壁の向こうの草むらを覗いた。一羽のカラスが転がっていた。
「これからなる」
オクタヴィアの言葉通り、地面から沸き上がる黒い霧に包まれると死んでいたはずのカラスが、羽をばたつかせて起き上がった。折れた羽根はそのままに、必死になって空に帰ろうとする。もはや浮力を作れるほど羽ばたく力はない。
見るも哀れな姿に同情を禁じ得なかった。姉さんが空に仕掛けた結界にぶち当たってしまった不運なカラスは死んでもなお目の前で地を這っている。
僕は一瞬で燃やしてやった。
あの霧…… 大地が呪われてるというのは本当だったのだな。
僕は中庭に降りると焼け残ったベンチに腰を下ろした。そして『楽園』に入り、光魔法の魔導書を漁った。イラストの多い、分かりやすそうな一冊をチョイスして戻った。
手のなかには『聖魔法・分かりやすい図解集』が納まっていた。
僕は魔法で身の丈程ある足のない魔石用の燭台を作ると地面に突き刺した。そして光の魔石を固定して手元を照らした。
本を開けると自然と溜め息が出た。
「エルフ語の古典の勉強してるわけじゃないんだけどな」
相変わらず古臭い術式の羅列であった。
一気にアンデットを殲滅する魔法は…… ロザリアの『聖なる光』が有名だ。魔力のコストや持続時間、使い勝手を考えるとこれ一つで対アンデット戦は充分だ。というわけで、術式の解読を始める。ロザリアに聞くのが一番だが、そうなれば情報漏洩の罪でロザリアが責任に問われるかもしれない。増して今はファビオラがいてそれどころではないし。
このとき術式が記してある本をはなから探してもよかったのだが、僕は敢えて遠回りすることを選択した。一つに時間つぶしの要素があったからだ。
術式を魔法陣から紐解くのは面倒だが、実はこれが大変勉強になるのである。
如何にして目眩ましの情報を紐解き、たった一つの正解に辿り着くか。パズルを解きながら術式構築の高等テクニックを学ぶのだ。
そのためにはエルフ語の法則をしっかり押さえる必要があるが、厄介なことにエルフは自分たちの言語情報のすべてを人族に与えたわけではない。高度な魔法ほど、エルフは裏技を仕込んでいたりするのである。解析できなければ古い情報のまま魔法陣を使うしかないのだが、それではイメージ発動型の面目丸つぶれである。
教会の魔法を編纂した連中の癖はある程度分かっている。半分は適当な言葉の羅列。但し、その一文ごとに意味を持たせてあるので、スペルや言葉そのものが抜かれて意味のないものになっている箇所を見つけだすことが先決である。エルフ語を理解してる者にはこれは簡単な言葉遊びだが、知らない者には苦行となる。
次からが本番だ。ここは編纂した者の流儀に寄るところが大きい。
膨大な言葉のなかから、数字で言葉を指定する方法や、決められた配置の言葉を指定するもの、言葉ではなく文字にまで切り分けたものや、図形に置き換えたもの。キーになる数字をいくつかの方程式で特定するようなもの等々。面白いものには、問題文をそのまま潜り込ませてあるものなどがある。姉さんが好んで使う方法だ。『猫の足は何本?』『空の色は?』それで『四』と『青』が指定できる。四つ青色と関係する言葉を、別に指定された文中からチョイスして、さらにそのなかから正解を選ぶ別の設問があったりして。代々、引き継がれてきたような貴重な紋章は下手をすると開封するのに一生を費やすこともありえるのである。
もっとも大抵の術者は余程やばいもの以外、一々そんな膨大な手間を掛けたりはしない。大抵パターン化してできあがったキーの配列に答えを放り込んでいくだけだ。だから、作った人物が特定できれば、注意すべき視点が限られてきたりするのである。
因みに、僕がよく使う手は『いかさま』という方法だ。
例えば『○月×日贈答』などと魔法陣とは別に記しておいて、その数字をキーにしてしまう方法だ。魔法陣自体は決まったものだが、数字は角度を表していて、ゼロのある向きが天頂を意味する仕組みだったりする。自分の作った紋章なら始まりは計算せずとも見て分かるのだが、あとはそこを起点に事前に決められた位置の文字を読み飛ばしていけばいい。それで正解の文章ができあがるという寸法だ。
姉さん曰く、怠け者が使う紋章らしい。「お前の額に貼り付けてやろうか」と馬鹿にされるが、基本的に僕の使う物騒な魔法は、イメージ構築型なので、そもそも紋章を使わない。仮に使ったとしても、基本的な文法が旧来のものとは違うのでまずばれることはない。
断っておくが、これは術式を紐解く方法論であって、発動原理ではない。発動は紋章に魔力を注げば、すべての不正解を無視して、たった一つの正解に沿って勝手に発動してくれるのだ。
そんなわけで、『聖なる光』の魔法陣であるが。古臭いということは人の手が余り入っていないということでもあるので、開放は楽ちんであった。権威に胡座をかいているからこういうことになる。
初級魔法の光の矢の文字列などと照らし合わせると、がっかりするぐらい簡単にキーが見つかった。後は文字を繋げて術式を完成させる。
このままでは古臭くて、使いづらいままなので、改修する。いらない単語を削り、並列化し、単純化して、新しい変数を書き加える。更にお遊びでエフェクトを噛ませて、派手にする。
よしできた。我ながら完璧。
アイシャさんに新しい単語の発音を教わりに行く。
部屋のなかで読書中のアイシャさんは目を丸くして言った。
「古典の勉強か?」
思わず僕は苦笑いした。理由を説明すると、僕のメモ書きを現代語に訳してくれた。
なるほどこっちの方がしっくりくる。




