青嵐到来2
案の定、トラブルが舞い込んできた。それは翌朝、日もまだ昇らぬ頃、ロザリアが溜め息をついて戻って来たときから始まった。
「何があった?」
「大ありです。理由は後で説明しますから、今は急がないと。追っ手が来ますから」
そう言って持ち帰ってきた衣装ケースをそのままに、地下に降りて武装を済ませる。
「リオナは朝の散歩があるのです」
「大丈夫。わたしがいなければ話は前には進まないでしょうから。後で迷宮で落ち合いましょう。クヌムの町で」
「分かったのです。みんなと行くのです」
荷物を一旦置いて玄関を開くと、名無しさんがすまなさそうに立っていた。
「名無しさん! どいてください。教会は関係ないでしょ!」
「それが、裏から手を回されたようでして」
「そんな芸当ファビオラの家にできるわけないでしょ!」
「いえ、教会がご学友にです」
開いた口が塞がらないとはこのことだ。ロザリアはその場にしゃがみ込んだ。
「何があった?」
異世界には『最後の晩餐』という絵があるそうだが、今の僕たちは『最後の朝食』といったところだった。
朝食を摘まみながらみんな名無しさんとロザリアを交互に見ていた。
「教会絡み?」
「正確に言うと、違います。教会への依頼ではあったのですが、教会は引き受ける予定はありませんでした」
「どうしてファビオラを?」
「問題が起きたのが彼女の実家の近くだったからです。教会は彼女から、こちらに依頼が行くことを想定していたようで」
「正規の依頼料があの家に払えるとは思わないのだけれど」
「死者の町ホロス。あそこの魔物が溢れました」
「ええええ?」
僕たちは驚いて席を立った。
「あそこは教会でも重要監視区域のはず…… 教会の管轄では?」
ロザリアはむくれている。
「最近、実利も兼ねて、ご学友の修行の場にもなっていたのですが、その……」
「聞きたくなーい」
「また、あの弟が何かした?」
「ご明察です。教会の施した封印石を一つ破壊して仕舞われまして」
「然もありなん」
僕が納得する横で、ロザリアはゴンとテーブルに頭を打ち付けた。
姉の修行に付いて行ったはいいが、暇を持て余して余計なことをしたに違いない。
「このままですと残りの封印石にも負担が掛かって……」
「やはり、教会の仕事では?」
「あの地に封印を施せる者は一部の者だけなんです。教会がやるとなると身分の高い方にお願いしないといけないわけでして。恐らくたらい回しで実施されるまでに一年ぐらいは掛かるかと。そうなりますと恐らくご学友の領地にも影響が出るばかりか、責任問題にもなりかねません。表沙汰になる前に関係者で解決した方が得策ではないかというのが、こちらの担当の意見でして」
「わたしは関係者じゃありませんけど」
「ですから、ここは冒険者らしく、正規の依頼ということで。出土した物もすべて差し上げるということで」
「何百年も浄化されなかったゾンビとスケルトンなんて、とっくに身ぐるみ剥がされて碌な物持っちゃいないわよ。呪われてるのは土地なんだから、あいつら空手で何度だって蘇ってくるわよ」
「出土する物って? 墓荒らしをしろと?」
「元凶が恐らく、封印先に閉じ込められているそうなのですよ。わたしも詳しくは存じないのですが」
「リッチなのです」
「いや、さすがにそれは……」
でも人や獣の類いではないことは事実だ。死者の町ホロスは伝説になるぐらい古くから存在しているのだから。
「僕たちにやれることなら他の者でも、とうの昔にできたような気がするんですけどね」
「取り敢えず封印石の方だけでも」
『銀花の紋章団』の事務所からお呼びが掛かった。
こうなるともう拒否権はない。問題は納得できる報酬が払えるかということだが。
「受けることにした」
「え?」
エントランスホールで待ち受けていた姉さんとヴァレンティーナ様たちが、間髪入れずにそう言った。
「じゃあ、僕たちは行かなくてもいいんだ」
「アンデット相手に優秀な術者を連れて行かない手はあるまい?」
「報酬は?」
「今のお前たちが納得するような報酬などありはすまい? 別荘にあのなんと言ったかな、監視砦の麓の」
「アビークですか?」
「そうそれ、その町までの秘密のゲートを作ってやろう」
「ただ単に自分たちが不便だからでしょ? 今の別荘だと一々振り子列車に乗らないと外部と接触できないから」
「ミコーレ、スプレコーン間の飛行船の時刻表も付けるぞ」
僕のこと見張ってるんじゃないだろうな? 姉さん。
不便さを感じていた僕は今後のことを考えると懐柔されるしかなかった。
「ロザリアとエルネスト以外は強制参加ではないが、行きたい者は」
全員参加になった。ロメオ君もだ。向こうは姉さんとヴァレンティーナ様とエンリエッタさんだ。サリーさんは今回留守番らしい。
釈然としないまま僕たちは聖都のポータルまで転移すると、ロザリアの実家から馬車を借りて、現地に向かった。
「あの…… 姉さんたちまでなんで参加するんです?」
ぼくはこっそりエンリエッタさんに尋ねた。
「実はですね。あそこの元凶がドラゴンゾンビらしいんですよ」
「え?」
これってドラゴン狩りなの?
「まさか、五種狙い? まだやってたの?」
「やってます」
「だからか! だからあっさり依頼を受けたんだな!」
「でも、そろそろ頃合いだったのも事実なんですよ」
「頃合い?」
「町ができた時期から考えると、そろそろグレードが上がる頃合いなんじゃないかと」
「グレード?」
「次のダークドラゴンへの進化です」
「へ?」
「教会だけの問題じゃなかったってことです。恐らく王家の意向も働いているかと」
「ファビオラを出しにする必要あったんですか?」
「誰だって安く上げたいでしょ? 敵がドラゴンとなれば」
「いずれ召集されるにしても、そのときの主導権がこちらにあるとは限らんのだぞ。無能な指揮官に当たったらどんな優秀な兵隊もイチコロだ。特に若いうちはな」
思惑は三者三様。僕たちは別々の目的を胸に秘め、一路ファビオラの実家に向かった。
そうそうたるメンバーにファビオラの母親はエントランスで卒倒した。特に魔女の存在がよくなかったようだ。
あの弟ですら、しでかした罪の重さに耐えかねて自室に籠もっているらしかった。元々丈夫でない彼女には溜まったものではない。全員死刑執行人に見えたかもしれない。
ファビオラは唯一、家の大黒柱として平静を保とうと必死だった。が、中身は既にもぬけの空のようで、まさに崩壊寸前だった。
つい朝方まで一緒だったファビオラが内心をひた隠しにして無理をしていたことに、ロザリアは少なからずショックを受けていた。
ここまで深刻な状況だとは予想だにしていなかったのだ。
迷宮に逃げ込んでやり過ごそうとしていたことからも、深刻度はないに等しかったことが分かる。いつもの面倒事ぐらいに捉えていたのだろう。
「なんで素直に困ってるって言わないのよ。いつも通り厚かましく頼りなさいよ」と、ふたりして泣きながら抱き合っていた。
封印石のあった場所が分かる者に案内させることになって、ファビオラに同行して貰うことになった。弟は錯乱していて同行させるには支障があった。いつも錯乱しているようなものだが、今回は問答無用で欠席願った。
日の一番高い時間を見計らって、僕たちは現地に向かった。
昼間は魔物たちがいないので、領境の山を越えたこの辺りも一見すると平穏そうに見えた。が、死者の町ホロス周辺の土地に住む住人は既に避難して無人になっていた。
盗人の類いを警戒して、地元の守備隊が街道警備に当たっている。
今回我々はホロスが教会管轄であることから、教会の代理として活動している。おかげで地元の守備隊に受けがすこぶる悪かった。今更墓参りとは言えないので、「でかい口を叩くならお前たちの領主にやらせても構わんのだぞ」と逆ギレしておいた。
夜になる前に宿営地にする予定の墓守の小屋を目指した。
村の影さえ見えないこの辺りも既に敵の出没エリアになっていた。夜になれば死んだ者たちが土のなかから蘇る。




