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閑話 西方戦線異状あり1

 西方遠征軍、近衛第三師団の補給臨時担当の任について一月が経とうとしていたその日、王都から第一師団の精鋭五十名の増援が来た。ようやく王家が梃子入れを始めたと我々は大いに喜んだ。

「ハルバート!」

 アールハイト王家第二王子にして、近衛騎士団・第一師団遊撃部隊隊長デメトリオ・カヴァリーニ様がわたしの名を呼ぶ。

「ギルバートです。殿下」

「ははははっ。すまんな。どうにもお前の名だけは覚えられん」

 いつもの第一声、勿論からかっているのである。

 幼い頃から親に連れられ、王宮に出入りしていたわたしは、商談の間、よく殿下と一緒に遊ばされていた。妙に馬の合った殿下とはそれ以来の付き合いである。公私共々懇意にして頂いている。

 大商会の嫡子にありがちな修行の一環という奴で、わたしもまた「コネを作ってこい」とばかりに親に近衛に放り込まれた口であるが、そんなわたしを自分の子飼いにしてくれたのも殿下であった。

 今のわたしは第一師団からの出向という形で、後方支援の任に付いている。実家の窓口として、買取業務を行なっていると言ってもいい。

「後続は何名ほどになりますか?」

 わたしは増援の人数を確認した。補給の用意もある。

「いや、我々は今回あれの護衛だ」

 そう言って、部隊が引き連れてきた大きな木の箱が積まれた荷馬車を指した。

「妹からの差し入れだ。戦況が変わるぞ」

 そう言ってデメトリオ殿下は不敵に笑った。

 妹というとヴァレンティーナ様か。お噂は聞いていたが…… 


 第三師団の三つの方面隊の管轄はどこも酷い有様だった。橋頭堡すら満足に築けず、作っては壊されを繰り返していた。その度に前線は前へ後ろへの大混乱。後方支援のわたしでさえ、既に出征を志願したことに後悔し始めていた。

 第三師団でこの様であるから、さらに北の北方貴族の軍勢はどうなっていることか。

 当初の予定では第三師団が敵を分断し、ほぼ無力化した安全な土地で貴族たちが上前をはねる手筈だったらしいのだが、どこも戦況は変わらず、王都での献上品横領事件以来、北方貴族は精彩さを欠き相当旗色が悪くなっていた。

 一方、儲けから排除されたはずの南部の勢いが止まらない。

 ヴィオネッティー家が予定していたエリアを電撃的に制圧して以来、南部諸領と合同で北上を開始。当初の予定より早く、我々の南端を警護する聖騎士団と合流を果たした。南部は現在、北部の惨憺たる有様を尻目に、橋頭堡の建設を急ピッチに進めている。

 元々、敵の少ない南部ではあったが、その戦力差に、北方の大貴族たちは驚きを隠せなかった。すべては南部諸領の事前の準備が適切であったからなのだが、明暗をはっきり分けた戦況に北方の連中は面白くなかった。

 そして不満の矛先を王都に向けたとき、とんでもない事件が発覚したわけだ。北方で踏ん反り返っていた貴族連中が今では前線送りになっていた。これがまた指揮系統を混乱させる要因ともなり、現在、第三師団は完全に機能不全に陥っていた。

 そこで第三師団の幹部連中が王に泣きを入れたのが二週間前だ。

 その答えがようやくやって来たのだが、それは我々の期待とは別のものだった。


 知り合いのマギーの話では依頼は直接王からスプレコーンになされたとのことであった。

 スプレコーン。この国の最大の生産拠点になりつつある南部の新たな盟主にして、伝説のギルド『銀花の紋章団』の本拠地である。廃れたと思われたこのギルドは、現在では生産ギルドとして生まれ変わり、この国の産業に大きく食い込む存在になっていた。特に高価な物ほどその傾向は顕著でこのギルドを敵に回すと、産業が回らなくなるレベルまできていた。

 最近では銃や飛空艇の発明をやってのけ、南部から侵入してきた三体のドラゴンの討伐にも第二師団に助力し、ほぼ無傷で成功している。一方、横槍を入れてきた第一師団の一軍が壊滅したが。まるで西部方面の縮図を見るようである。

 第二師団は元々王党派によって構成され、王家との関係上、スプレコーンの領主ヴァレンティーナ殿下との関係が深い。優秀な人材は身分に関係なく徴用するというのが方針であり、第三師団より遙かに優秀であるとの噂もあったが、ドラゴンまで闊歩する南の未開領域を開けるわけにも行かず、西方遠征には参加していない。

 そのドラゴン討伐戦で登場したのが飛空艇というものだった。詳細は知らされていないが、三体のうち二体を仕留めたという噂だ。

 マギーの実家が開発、生産を一手に引き受けているが、飛空艇の一隻を第一師団に徴用され、大破されたときは、あのマギーですら本気で怒っていた。あれを見る限り、第一師団と第二師団の確執は相変わらずだと言わざるを得なかった。今回の不祥事で、第一師団も大分クリーンにはなったようだが。

 ここで一つの疑問が浮かんだ。

 スプレコーンの躍進の原動力とはなんだ?

『銀花の紋章団』の本拠地と言うだけではない、何かがあった。

 わたしが調べた限り、スプレコーン建設当初から、マギーの家や王家、教会側に大量の万能薬が流れた形跡がある。その流通量はスプレコーン建設前と後では比較にならない程であった。恐らく、町の建設費調達の一環で売却されたものだと思われる。

 うちの親父も食い込みたがっていたが、『銀団』の本拠地ともなるとガードがきついらしい。

 現在、西方戦線が維持できているのはひとえに教会の働きに依るところが大きいが、その教会が最近、回復薬の正当性を宣言したことも、一連の流れに呼応している。現在大量の万能薬が聖騎士団の後方支援物資のなかに含まれていることをわたしは知っている。この危機的状況にあって人的被害を最小限に抑えられたのはまさに奇跡である。そしてその奇跡を支えていたのが、遙か南方の都市スプレコーンのようなのだ。

 多くの者はまだ気付いていないが、王家も教会もあの町とは既に強固な関係を築いている。

 その後、銃が出回るようになり、『スプレコーン』とまさに名付けられた魔法の盾が導入され、対人戦中心だった近衛の戦闘スタイルにも大きな変化の兆しが訪れた。聖騎士団に至ってはフライングボードなる物まで戦場に投入し、火竜と空中戦をしていると噂される。

 そう、スプレコーンの発明のすべては対人戦ではなく、魔物狩りに焦点を当てた物に他ならない。それは空中戦を想定したフライングボードや、過剰な防御力を誇る魔法の盾の投入でも明らかである。

 わたしは思う。スプレコーンの真の目的は魔物からこの世界を奪還することなのではないかと。だからこそ王家も教会も諸手を挙げて協力しているのではないかと。だとしたら我が商会は何が何でも食い込まなくてはいけない。


 マギーの商会が魔法の盾を前線に導入したとき、誰もが鼻で笑ったものだった。

「こんな軽い盾がなんの役に立つのか」と。

 王家がとち狂ったと馬鹿にする者まで現れた。だが、一度、その盾を持って戦場に赴いた者は感想を一転する。個人で導入しようという者で溢れかえったのである。今この戦場で討伐隊に属する兵のうちあの盾を持たぬ者はいない。おかげで魔力補給用の魔石が売れるのなんの。『ビアンコ商会』様々である。

 わたしは更に調査を進めた。

 フライングボードの原形、スノーボードという物が南部の特にヴィオネッティー領の雪山での娯楽用品として扱われていることを知った。ヴィオネッティー…… スプレコーンを語るとき、この名が時々出てくる。西方遠征において、どの領地よりも先に戦線に飛空艇を投入したのは他でもないヴィオネッティーである。

 そこで思い出されるのは、ヴァレンティーナ様の参謀役、レジーナ・ヴィオネッティーの存在である。若くして次代の魔法の塔のトップに納まろうかという逸材である。彼女が一連のキーマンなのだろうか?


「飛空艇ではないのですか?」

「なんだ、飛空艇を導入すると思ったのか?」

 デメトリオ殿下の言葉にわたしは頷いた。

 恐らくこの地にいる者なら誰でも王家が梃子入れすると言えば、飛空艇を期待する。火竜との戦いにおいて勝利を収めるためにどうしても必要なものだ。

「飛空艇を作るにはまずドラゴンを倒さないといけないのだそうだ。いくら王家の頼みでもすぐには作れんらしいぞ」

 デメトリオ殿下がわたしを試すかのように言った。「その情報は持っていたか?」と。

「では、ヴィオネッティーが三隻もの船を調達できたのは?」

「決まっておるだろう? ドラゴンを倒してきたのだよ、自力でな」

 わたしの膝は今にも驚きで崩れそうだった。田舎の辺境伯と北方貴族に馬鹿にされていたあの貴族が、まさか。情報外だった。単独でドラゴンを、しかも三隻分も倒せる領地が一体この国でどれだけあるか? わたしが知る限り王家しかない。

「西部遠征が始まると決まったとき、いち早く手配したようだな」

「あの、殿下…… ヴィオネッティーと言うのは? 蛮族の集まりでは?」

「お前は北方貴族に毒されているんだ。あの家は、王家がもっとも信頼する家の一つだ。だからこそ南部を守護する任を預けているんだ。お前がそのような認識では、親父殿はスプレコーンに食い込んではおらぬようだな」

 何も言えなかった。自分の集めた情報にバイアスが掛かっていたなんて。第一、当家も王家も否定していない。

「あの家には『災害認定』がふたりもいるんだぞ。弱いはずあるまい?」

「騎士の家系では?」

「名目上はそうなっておるな」

 王家は知っていて情報を隠しているのか?

「レジーナ・ヴィオネッティー……」

 希代の魔法使い。

「本当は…… 魔法使いの家系?」

「それも違うな」

 残されているのはユニークスキル……

「友人のよしみで教えてやろう。本当に恐ろしいのは『災害認定』されたふたりでも、天才女魔導士でもないぞ。冒険者の末っ子だ。これは、うちの親父が直接依頼して、そいつが考案したものだ」

 王子が木箱を叩いた。

 王が直接? なんなんだ一体?

「サービスしすぎたか。スプレコーンに食い込むなら早い方がいいぞ。既に手遅れかもしれんがな。俺も気付くのが遅かった。親父と妹たちにまんまと出し抜かれたよ。こいつはとんでもない代物だぞ。扱いに注意しろよ」


 木箱の中身を開けるとそこには、新しい銃が整然と並んでいた。これが王家の選択? 『アローライフル』という物らしい。


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