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エルーダ迷宮侵攻中(父きたる)22

「リオナちゃんなら、二階にいますよ」

 店員に言われるまま二階に上がった。

 するとそこには……

「よお、久しぶりだな、小僧。元気でやってるか?」

「遊びに来たのです」

 国王陛下!

「何サボってんですか!」

 思わず小声になった。

「お前ねぇ、いきなりそれはないだろ?」

「でもそうなんでしょ?」

「雨で式典が一つ潰れたのでな。早めに店じまいしてきたわけだ」

 そう言ってチーズハンバーグをがぶりといった。

「飛空艇のことで来たのです」

「うちの大臣がおかしな物を商会に頼んだらしいのでな。引き取りがてら、詳しい話を聞きに来たわけだ」

 随分と動きが速いな。

「面倒な案件から逃げてきたとか?」

「お前な!」

「図星だ、図星」

 奥から見慣れた顔が笑いながら出てきた。

 え? ガウディーノ殿下?

「また会ったな。商会の使いが来たのをいいことに、今夜の会議をすっぽかしてきたんだ」

 飲み物のお代わりを運んできたようだ。

「西方遠征の定例報告会だ。どうせつまらん話だ。補給を増やせだの、部隊を派遣しろだの、援助しろだの。前線に顔も出さぬ者に何が分かる! 教会の羽振りのよさに文句を言うだけなら馬鹿にもできるぞ」

 ついこの間までは教会が不遇をかこっていたんだけどな。

「何かあれば宰相の使いが呼びに来る。気にするな」

「そのこともあって、前回、飛空艇増強の話が持ち上がったんだがな」

 それであの図面か。勇み足もいいところだ。

 呆れ顔のガウディーノ殿下と目が合った。

「リオナとも今話したんだが、西方遠征のネックは火竜とか?」

「僕はそう見ていますが。やはり、地上戦より空の戦いが前進を拒んでいるかと」

「飛空艇は必須か?」

「以前訳あって、ヴィオネッティーの管轄エリアから西北に飛んだことがございます。山脈を越えた辺りに活火山がありまして、そこに空が埋まるほどの火竜の群れが棲息しておりました。冬のことでしたが、春先になって北部の第三師団管轄区に餌場を移動したように思います。餌になる魔物は断然北部の方が多いわけで」

「ヴィオネッティーは先見の明があったわけだな」

「元々、兵員や物資の輸送用に用意したものです。結果的に火竜討伐に流用しましたが、運がよかったとしか」

「火竜の谷を幾つも落としたと聞いたが」

「船が揃うまでは後手を踏みましたが、なんとか最近はうまくやってるようです」

「三隻だったか?」

「一隻は輸送用の第二世代です。戦闘は実質二隻です」

「北部はなん隻必要になると思う?」

「長期的な展望で、少しずつ領地をかすめ取る形でしたら、一つの方面で城壁建設の護衛として常時二、三隻。偵察に更に数隻。どれだけ長い前線を引くかにもよりますが、城壁のバリスタやカタパルトも投入すると仮定すると――」

「予備を含めると一方面に十隻はいるか?」

 僕は頷いた。勿論そこには強力な魔法使いは含まれていない。あくまで特殊弾頭装備の船としてみた場合である。一体の火竜相手に複数で対応するのがセオリーだ。船を失ったときのダメージは大きい。万が一でも避けなければならない。修理なら兎も角、再建はすぐにはできないのだから、その間、劣勢を強いられれば前線の後退もありえる。

「これからガウディーノを偵察にやろうと思うが、どう思う?」

「百聞は一見に如かずと言います。戦闘要員と魔石を充分揃えていかれるとよいでしょう。行きは気流に乗れば短時間で行けますが、帰りは四、五日。もう少し掛かるかも知れません。詳しい飛行ルートと報告書はヴァレンティーナ様の方に上げてありますので参考になさってください」

「だから言ったのです。エルリンは優秀なのです」

「確かに、王宮にくすぶっていては聞けない話だな」

「出てきてよかったろ?」

「殿下がお呼びしたので?」

「まあ、帰ってから出直すのもなんだしな。西に向かうにも、親父にもいい機会だと思ったんだ。お前の船を見せておけば、無茶な図面を承認しないだろ?」

「したところで造れませんよ」

「これから見学に行くのです」

「それより、店の予約は入れたのか?」

「忘れないうちにしたのです」

「船に関しちゃ、親父が自分の目で見て決めりゃいいさ。現行の船で最先端はエルネストの実験船であることに変わりないんだから」

「兄上の船の方が速いのです」

「積載量を犠牲にしてるんだ。それくらいのアドバンテージはあって当然だろ?」

「今の俺の目的は、娘と楽しく静かに食事をすることなんだがな」

「娘」と言うところを囁くことで強調しながら、陛下は殿下と僕を交互に牽制した。陛下自身で消音結界を張っているので外部に声が漏れることはないのだが。

 しゃべりすぎたか。

「じゃ、リオナ、あんまり遅くなるなよ」

「夕飯は取っておいて欲しいのです」

「分かってる」

「じゃ、俺はもう一度工房に顔を出して、館に帰るとするかな。ヴァレンティーナがうるさいからな」

「とっとと消えろ」

 陛下にナイフとフォークで払われた。


 帰り際、僕はガウディーノ殿下に尋ねた。

「西の状況、悪いんですか?」

「いや、聖騎士団の調子がよすぎるだけだ。近衛が劣って見える」

「なるほど」

 店を出ようとするとまだ雨が降っていた。

 リオナの傘は持ってきたが、陛下の分がない。僕が自分の傘を置いていこうとすると殿下が制止した。

「一本あれば充分だ」

「あ、なるほど」

 確かに。

「殿下が使います?」

「外套でいい。じゃ、またな。兄弟」

 殿下は暗闇に紛れて消えた。

 二階の暖かそうな明かりを振り返りつつ、僕も『アシャン家の食卓』を後にした。


 ちょうどワカバの両親が迎えに来ていた。どうやら、長老辺りに余所行きの服に着替えさせられたようだ。親父の服装がつんつるてんだった。

 ワカバは嬉しそうに両親と手を繋いでいる。

 うちの馬車を出すようだ。サエキさんが厩舎から馬車を出してきた。

「あれ?」

 見たこともない箱型の小型の馬車だ。いつもの幌馬車はどうした?

 隠れていても、あのふたりにはどうせばれるので、傘を差したまま森のなかから姿を現わした。

「いらっしゃい」

「すまんの、会議が長引いてしまってな」

「ワカバが面倒おかけしまして」

「じゃあ、また来るさけな」

「いつでもおいで。暗いから気を付けてな」

 サエキさんが御者をする馬車に乗り込むと、円満家族は森のなかに消えていった。

「さ、我が家も夕飯にしようかね」

 アンジェラさんが手を叩いて、子供たちを家のなかに戻す。

「リオナは?」

「保護者に捕まって少し遅れるみたいです」

「ヴァレンティーナ様ならさっき……」

 僕は「そっちじゃないよ」と目で訴えた。

「おやまあ」と目を丸くした。

「あの馬車は?」

「雨が降ってたからね。レストランで従業員をしてる子の家から借りたんだよ。サエキさんをずっと御者台に貼り付けておくわけにはいかないだろ? 帰りはその子にワカバちゃんたちを運んできて貰おうと思ってね」

「お手数おかけします」

 僕じゃそこまで気が回らなかった。今頃、泥足で歩かせていたかも知れない。

「それがわたしの仕事さ。あんたも早く入んな。今夜は少し冷えそうだ」


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