エルーダ迷宮侵攻中(村娘がやって来る)10
オクタヴィアとヘモジはアガタのところにいた。
ドワーフの数が普段の何倍にもなっていた。
ヴァレンティーナ様が見たら卒倒しそうな光景だったが、幸い今回は地酒の樽をゴリアテから運び込んだらしく、ドワーフが周りの客に故郷の酒を振る舞うという珍現象がうかがえた。
僕はモチモチパンがあれば幸せだ。テーブルから少し分けて貰った。
ヘモジが自慢の盾を見せびらかしていた。オクタヴィアはどうやら通訳をしているようだった。いつ来てもここは楽しそうで何よりである。
広場もキックベースのグラウンドも人で溢れかえっていた。
獣人仕様のでかいグラウンドを作っておいてよかったと改めて思った。でなければこれ程の人出、収拾が付かなくなっていたに違いない。
「持ってきたのです」
リオナが肉を盛りつけた皿を盆に載せてやってきた。
「いいのか?」
「接待は長老にお任せなのです」
テトやピノ、ナガレやアイシャさんも料理を持ち寄ってテーブルの一角を占めた。
「エルフ族も結構来てるな」
アイシャさんが言った。
「エルフの村は相変わらずなんですかね」
「若い連中は新しい村を作ろうと算段しているらしいぞ。さっき領主と話していたよ」
「町中ですか?」
「いや、エルフは喧噪を嫌うし、人に見られて困る秘密も多いからな。そうはいくまいよ。この町の近くのどこか森のなかになるだろうな」
「そこを出先にして、ポータルを置きたいらしい」
姉さんが現れた。
「ポータル?」
「マルサラ村に先を越されて焦ったかな」
姉さんがアイシャさんの分のエールをテーブルに置いた。
「今あるゲートでも変わらないんじゃ?」
「ポータルが繋ぐのは出先の村だけだ。ゲートは今まで通り、制限を強化した上で迷いの森の出口に繋げたままだ」
なるほど関所を設けて、下界と関わりたい奴らに門番をさせるつもりか。
「隠れ里も静観しきれなくなったと言うことかな」
「お前たちがしょっちゅう里の上を飛び回るからだ」
「こないだたまたまでしょ」
「エルフの件はユニコーンも絡む話だからな。今から気にしても始まらん」
実際に行動を起こすのは長命なエルフのことだから、遙か先のことになるだろう。
予定通りというか、ドラゴンの肉は順調に消化されていった。町の備蓄倉庫に預けてあった分もとりあえずきれいに捌けた。
兎に角、祭りは日暮れまで、人足が途切れることはなかった。よくもまあ、場当たり的なイベントにこれだけ集まるものだと感心する。
マルサラ村の連中も、日暮れ前に皆、帰っていった。帰るときには魔石を購入していくのを忘れなかった。彼らの一部は冒険者ギルドで冒険者登録を済ませ、その足でエルーダ迷宮に向かった。初心者用のオータンでもよかったのだが、移動費を考えると、多少無理をしてでもエルーダの方が実入りがよさそうだったので、そちらを勧めた。ひとりでの攻略ならいざ知らず、チームを組んでの狩りなら、彼らの実力は過分であると思えた。
装備が揃えば、余裕で深部まで潜っていくことだろうから、ポータル用の魔石の入手の心配はしなくていいだろう。
さて、ワカバである。トレド爺さんのところに居座ると駄々をこねたが、ポータルがあるんだからいつでも来れるだろうということで、すごすご帰っていった。帰り際に、リオナにどっさり魔石を持たされていた。当分は困るまい。
この日のポータル利用者数は村人の出入りを抜きにしても十二倍ほどになった。町の商店街も大繁盛、領主様もポータルの使用料だけで、酒代が賄えてなお、ボロ儲けだったらしい。だが、次の肉祭りは本当に身内だけでやらないとな。
広場やグラウンドでは、普段持ち回りで調理をして貰っている奥さんやその旦那さんたちを総動員して、後片付けが始まった。かたづける物と言ってもテーブルに残していった皿やコップがほとんどで、ゴミを撒き散らすような不届きなことはないのだが、食べ残しやらが結構出てしまっている。
そこに現れたのは新参組の青年だった。確かジュニアとか、おかしな名前だったので覚えている。うちの農園で家族みんなで働いてくれることになった人たちの次男坊なのだが、最近、幼なじみのきれいな女性と結婚したと聞いた。となると傍らにいる女性がその奥さんか?
せっせと後片付けを手伝ってくれている。
「あの若様……」
「はい、なんでしょう?」
「あの…… 恐縮なんですが、残飯」
「残飯?」
「はい、もし、貰い手がないのでしたら、分けて頂けないでしょうか?」
僕がきょとんとしていると「農園の肥やしにしようと思いまして」と、言葉を繋いだ。
「肥やしになるの?」
僕が尋ね返すと、「はい」と答えて、簡単な説明を始める。なるほど、木々にも栄養は必要だ。農夫の彼が大丈夫と言うなら大丈夫なのだろう。
馬鹿騒ぎの後片付けは、誰かがやらなきゃいけない。今まではまとめて僕が焼き払っていたが、これだけの量だ、肥やしになるというのであればその方がいい。
「どうすればいい?」という話になって、では、大きな樽か、でなければ穴を掘ってまとめておいて頂ければ後で回収いたしますという話になった。
「鼻がよすぎて臭いが気になるのではないか?」と尋ねたら、「消臭結界を張った肥料場をこしらえて貰っただけで充分でございます。以前働かされていた職場に比べればもう天国でございます」と答えが返ってきた。
はて? 肥料場など作った記憶はないが。
どうやら暇なハイエルフ殿が作ってくれたようだ。悪臭が問題になる前に先手を打ったようだ。
兎に角、無駄が出ないのはいいことだ。
そういや、ユニコーンの糞の肥料が高値で取引されていると、まことしやかな噂を聞いたが……
折角の食事の後にこんな話もなんなので、早々に切り上げた。どうせどこからか長老の耳にも入るだろうから、任せておけばいい。今日のところは穴を掘って放り込んでおくとするか。
ヘモジとオクタヴィアが余った残飯から一口サイズの肉を皿に並べてテイスティングして遊んでいる。
「ナナ」
「ウルスラグナ?」
しばし考え深く頷いた。
「ナナナ……」
「フェイク?」
次の皿を見ながら難しそうな顔をして腕組みをする。オクタヴィアは尻尾をテーブルの下にぷらーんと垂らしている。
「ナーナ?」
尻尾が止まった。
正解だ。
「ファイア? 間違いない?」
オクタヴィアが聞き返す。
「ナーナ」
ヘモジが大きく頷いた。
「全問正解ッ…… すごい、ヘモジ。すごい」
オクタヴィアが感動してテーブルの上を回っている。なんの遊びか知らないが、ヘモジが見ているのは味ではなくて、馬鹿正直な二本の尻尾だ。
今度は、オクタヴィアがテイスティングするらしい。
「ナーナ、ナーナ」
ヘモジはオクタヴィアに目を閉じているように指示を出す。
ヘモジは鉄板に載った残飯から肉片を選んでいく。但し、同じ鉄板から四つだ。
「ナーナ」
オクタヴィアが振り向いてゲーム再開だ。
がんばれ、オクタヴィア。僕は正直者が大好きだ。例えどんなに騙されてもな。
肉片の匂いを嗅いで、オクタヴィアは数秒で迷路に嵌まった。笑うべきか、怒るべきか、分からなかったので無視することにして、作業に戻った。
さて、僕たちは話し合いの結果、明日からエルーダ迷宮攻略を再開することにした。
地下三十九階層攻略である。
敵は、土蟹、殺人蜂、ジュエルゴーレムである。
ジュエルゴーレム……。なんとも人が群がりそうな名前である。
僕がピノと留守にしている間、噂話を聞いてきていたリオナとオクタヴィアの話によると、大層な人気フロアーらしい。四十一階層まで登場予定のゴーレムだが、一番狩りやすいのは三十九階層らしいので、迷宮でも一、二を争う混雑が予想された。
ただ、うまい話はそう転がっているわけもなく、成果を上げようと思ったらそれ相応の工夫が必要になるらしい。今回のジュエルゴーレムは従来のゴーレムよりなお堅く、おまけに魔力を消費させ過ぎたり、砕きすぎると屑石になるという従来の仕様であるから、いい実入りを望むならそれ相応の狩り方をしないといけなかった。
宝石が欲しければ宝箱を開けて回ればいいだけなので、うちのパーティーにはどうでもいいことなのだが、ほぼ無傷で沈めて、どんな宝石が出てくるか試してみたい気もするのである。




