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エルーダ迷宮侵攻中(村娘がやって来る)8

 雨が降ってきた。

 僕は慌てて、その場を離れ飛空艇の元に向かった。テトは兎も角、小さなヘモジでは幌を掛けるときなんの役にも立たないと思ったからだ。

 案の定、一緒になってはためいていた。

 僕は合流すると、座席を覆うようにテトと手分けして幌を掛けた。

 こりゃ帰りが大変だ。

 船を固定するロープの張りを確認する。テトには僕の代わりに伝言を頼んで、そのまま皆と一緒に屋根の下で雨を凌いで貰い、僕は船倉のスペースでのんびりすることにした。

 どういう話になるかは知らないが、僕はいても役に立ちそうにない。

 のんびり雨でも見て呆けるに限る。

「それにしても、ワカバのかあちゃんは強いな。親父はもっと強そうだけど」

 でも結果は同じだろう。如何せん武器の性能が違いすぎる。

 この村は狩りに秀でていると言ったが、それでも村長クラスの装備があのレベルなのだろうか?

「おーい、階段下ろしてー」

 声がした方を見ると、リオナとワカバとテトがいた。

「どうした? 家のなかにいたらいいのに」

「階段早くー」

 僕は昇降台を出した。

 子供たちがゾロゾロ上がってくる。

「どいて、どいてー」

 そういうと船倉に皆飛び込んでいった。

「冷てッ」

「こら、頭振るなよ。タオル出すから」

 テトの頭を拭こうとしたら、残りふたりがぶるぶると頭を振った。

 そんなことしても目眩がするだけで、滴が取れるはずないのに。

 それぞれにタオルを掛けてやる。

「部屋のなかにいればいいのに。何戻って来てんだ」

「難しい話しを始めたのです」

「あたいも難しい話は退屈だから」

「僕はいづらくて」

「だからってここは狭いんだから」

「充分広いよ」

「テントみたいなのです」

 僕は魔法を掛けて三人を乾かした。

「気持ちいいー」

 三人揃ってほへーっと心地よさげに身を任せる。

「それにしても兄ちゃん、強いな。かあちゃんの攻撃が全然当たらへんかった」

「そりゃそうだよ。若様は冒険者なんだから。普段から魔物とやり合ってるんだからな」

「うちの母ちゃんかて昔は狩りに出て魔物狩っとたんやで」

「エルリンが狩るのはドラゴンなのです」

「え?」

「お肉の話はしたのです」

「そうだ。非常食にハンバーグサンドないの?」

 テトが探り始めた。

「残念なお知らせなのです。近場だからクッキーしか積んでないのです」

 テトはガックリと肩を落とす。

「クッキー? 食べたい!」

 ワカバが言った。

「構わないのです。雨で湿気るより、食べた方がいいのです」

「蓋開けなきゃ湿気ないと思うけど」

 パカンとクッキー缶を開ける。

 オクタヴィアの肉球がないのは少し味気ないが、味は変わらない。

「全部食べていいのです」

「ほんと?」

 モシャモシャと三人が食べ始める。

 夕飯になったら後悔するんじゃないかと心配したが、夕飯はなかなか始まらなかった。

 三人は腹を膨らませるとすぐにまどろみのなかに沈んだ。

 僕は結局ヘモジとふたりで雨が降りしきるのを見ながら、『楽園』から引っ張り出した本を読むことにした。

 さすがに日が落ちる頃になると子供たちも起き出して、「暇だ」と騒ぎ出す。

 暗くなったので魔石で明かりを灯すと、どこからともなく、双六を出してきた。

 遭難したとき何が大事かというと暇を潰す手段だったりする。テトはその辺心得ていて、荷物のなかに放り込んでいたのだった。僕も混ざって白熱した勝負を展開した。

「あー、また一や」、「やった、六なのです。あう…… 一回休みなのです」、「ゴール。一番のりー」、「テトずるいのです、スタートからやり直しなのです!」、「僕もゴールだ」

 そうこうしていると雨も止んで、遅まきながら夕食の時間になった。

 僕も呼ばれたのだが、お手伝いさんが作った夕飯は白熱した議論に反比例して冷めてしまっていた。

「エルリンお願いするのです」

 僕は皿を一つ一つ温め直した。

「ほれ、もってけ」

 リオナに突き出すと、嬉しそうに運んでいく。

「兄ちゃん、起用だな」

 これのどこが器用なのか。ワカバの分も温める。

「ナーナ」

 テトの分も温めるとヘモジもやってきた。

「それ温めるの?」

「ナーナ」

 自信たっぷりに頷く。野菜盛りなのだが、温めたいそうだ。すぐに複雑な顔をしてこちらを見つめることになるのだろうが、本人の希望じゃ仕方ない。場の空気というものがあるからな。

 大人たちの分も温め直す。

 奥さんがばつが悪そうに微笑む。

 よく見るとなかなかの美人であった。

「すまんかった」

 食事の前に、族長の親父が僕に頭を下げた。

 母親も頭を下げたので、慌ててワカバも頭を下げた。

「あんたのことは、みんなふたりに聞かせて貰った。あんたが獣人たちにどれ程のことをしてくれているのかも、しっかり聞いた。すまんかった。許してくれ」

 深々と頭を下げられると、こちらとしては恐縮してしまう。

「確かに、人族がしてきた過去の歴史は、いえ、今も続いている迫害は目に余るものがあります。怒られて当然のことです。余りお気になさらずに」

 僕はそれより壊してしまった大斧の修理代のことの方が気になっていた。この町では満足な修理も叶わぬのだろう。安い金で買い漁ってきた迷宮のドロップ品が店先に並ぶのが目に見える。確かに使い捨てにするのも一つの手段ではあるのだが。

「見せて貰ってもええか?」

 僕の剣を見たいというので、僕は差し出した。

「魔力を吸われないように」と注意するそばから、昏倒してしまった。

「言ってるそばから」

 ユキジさんが万能薬を親父の口のなかに数滴垂らして、正気を取り戻させた。

「これが、ドワーフの棟梁の作った最高傑作の剣か……」

 羨ましそうに見つめる。

 そばではワカバのお母さんにリオナが自分の剣を見せていた。同じくアダマンタイト製である。食事の席で、下品にも武器の品評会が始まってしまった。

 お母さんの興味を引いたのはリオナの解体用のナイフだった。

「これ如何程しますのん?」

「内緒なのです」と、僕の顔を見ながら、こっそり答えを耳打ちする。

 どう見積もっても、金貨百枚は下らないよ。この散財娘。

「やはり、それくらいしますんやな」

 ガックリ肩を落とす。

「迷宮を探索すればすぐなのです。魔石を集めたりすればお金も貯まるのです」

「そりゃ、兄ちゃんたちだけだよ。普通は何年もかかるんだよ」

 テトが苦言を呈した。

「何年掛かっても手に入れられるものなのか?」

「わたしの剣は最近潜り始めて手に入れものだぞ」

 意外なことにユキジさんがそんなことを言った。

 そして腰の物を抜いた。魔石で付与効果を補充するタイプの、ドロップ品の短刀だった。

「ユキジは、道場の引率で子供たちと初心者の迷宮に潜ってるんだべさ」

「正直、狩りはやはり人族より我らの方が一日の長がありますからね。人族にはできない狩りができます」

 こちらも日々体験させて貰ってます。

「迷宮には誰でも潜れるのか?」

「冒険者ギルドは知ってるべ? そこに冒険者として登録すりゃええだけだ。はっきり言って、お前たちのような強面の方が箔が付く場所だべ」

「金は掛かるんか?」

 どんだけ僻地なんだよ、ここは。人族の文化を排除してきた気持ちは分かるが、普通もう少し、族長なら。

 同じことを考えている人がいた。

 お母さんが苦笑いしている。

「あたいも冒険者になろうかな……」

「駄目だ!」

「駄目よ!」

 両親が即答した。

「まずはわしらからや」

「若様はんでしたな?」

 それは名前ではありません。

「ユキジさんたちの提案、受け入れることにしましたわ。ポータルの設置も同意しますわ。街道整備も双方で行なうことにいたしまひょ。通行料も取らんようにしますわ」

「ポータルの方は取ってもいいんだべ。そういうルールだ。村人には安くしてやるだな」

「今度こそ、武器を新調してまともに渡り合えるようになったるで!」

 そう言って村長が僕を見た。

「そうと決まったら、肉祭りなのです!」

 そうだった。お土産に持ってきた肉が手付かずだった。

 早速、リオナの自慢の解体ナイフでスライスして、庭で焼き肉パーティーが始まった。

「やっぱりドラゴンが一番なのです」

 匂いに誘われ集まってきた村人まで凍り付いた。

「お前らの町じゃ、ドラゴンの肉が食えるんか?」

「ほんまけ?」

 あとは推して知るべしである。


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誤字報告 「兄ちゃん、起用だな」 →器用
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