エルーダ迷宮侵攻中(村娘がやって来る)6
「さっきの攻撃は誰や?」
親父さんはこっそり娘に尋ねた。
「何や、ビビったんか?」
「ビビるか、ボケ!」
「なんか、手を抜いとったようやで。十分の一とか言っとたわ」
そうは言ってません。
「で、ど、どいつや?」
「あれや」
ヘモジと一緒に望遠鏡で景色を堪能しているナガレを指差した。
「小人か?」
「その隣や」
隣にいるのはナガレだけだ。傍らには五又の槍があった。
「何かいる!」
リオナが指差す。
「アンキロ!」
ワカバが答える。
「アンキョロ?」
「アンキロ!」
「美味しいですか?」
「おいしい!」
「リオナがやるのです」
僕のライフルを取るとテトに命令する。
「テト追い掛けるのです」
「倒してもお持ち帰りできないよ」
アンキロは十メルテ程の無翼竜だった。外皮は堅い鎧に覆われて尻尾には堅いハンマーのようなこぶがある。倒したところで重くてとても運べそうにない。
「エルリンが解体屋に送ってくれるのです」
そういうことか。すっかり姉さん御用達の解体屋を信じてるのか。でもこの辺りなら普通にスプレコーンの解体屋に送れる距離だ。目の前がもう村なのだが。
「リオナでもスプレコーンの解体屋に送れる距離だ、問題ない」
「なら仕留めるのです」
追跡するこちらに気付いたようだが、己の装甲を信じているのか動じない。岩の隙間に生える柔らかい草を食む。
「何言っとるんや。あれの装甲はそう簡単には――」
『ソニックショット』を発動させたリオナは尻尾を吹き飛ばした。
「そっちやない! 頭はあっちや」
リオナは尻尾のこぶを頭と勘違いして切り離した。
「間違ったのです」
アンキロは逃げ出した。
頭が向こうを向いてしまったので大きな身体に隠れて狙えなくなった。
「狙えないのです」
稲光が走った。
「まったくもう、何やってんのよ」
「助かったのです」
ナガレに礼を言うとリオナは緊急脱出用に積んだフライングボードを手にとって降りていった。
転送を準備する間にこちらも高度を下げると、ワカバも降りて行った。
「お持ち帰りはどの辺にするですか?」
「この辺や。この辺の肉が歯ごたえがあるんや」
リオナの手際を見ていたら、小道具が増えていることに気付いた。
「あの解体用のナイフ、新調したのか?」
「ドロップ品でいいのがあったから買っておいたのよ」
肉を捌くと脂肪の油で刃が切れなくなる。手っ取り早くいくには魔法付与がいい。
堅い装甲をスパッと切り裂さいて、持てるサイズに切り分けた。
「高かったんじゃないか?」
「例の魔石の転売で儲けた分をつぎ込んだみたいよ」
「ほんとに?」
「お姉さんの紹介してくれた武器商人からだから、物は確かよ」
転送も終ったようだ。
ヘモジがロープを垂らすので僕も手伝った。下では肉のブロックをロープに括り付けている。
縛った物を引き上げる。
リオナとワカバも昇降台を使って上がってくる。
僕は座席オプションの底部にある物置の保管庫に放り込む。
「テト、船を出していいのです」
「美味しそうだった?」
「うーん。赤身ばかりだったから、歯ごたえはありそうだけど」
「ウルスラグナの肉の後じゃ、どうかしらね」
ナガレがからかった。
ウルスラグナの名を聞いて父親は反応したが、娘は気にも留めなかった。
「感想は食べてからなのです。うまそうだったら、肉祭りで振る舞うのです」
「肉祭り?」
ワカバが飛びついた。
「うちでやるお祭りなのです。お肉食べ放題なのです。ドラゴンの肉も一杯あるのです」
ワカバは目を爛々と輝かせた。
「あたいも行きたい」
「お友達は大歓迎なのです」
「とうちゃん、お肉祭り行ってもいいか?」
「行けるもんならな。お前、祭りのために何日も歩けるか?」
「これで行く」
「そりゃ、うちの村のもんとちゃうやろ。あの町のもんや」
「この船買うんなら、ポータル設置した方がいいベ。そうすりゃ一瞬だ」
「そないなことして、この町が襲われたらどうするきや」
「セキュリティーはいろいろ掛けられると思いますけど。村人しか使えないようにとか。あ、でも魔力の補充が……」
「魔石で補充する奴にすればいいのです。あれならポータルより安いのです。それに襲撃にも備えられるのです」
「いくらするんや? うちの村でも買える値段か?」
「こら、勝手に話を進めるな」
半鐘が鳴った。
「なんだ?」
全員が下を覗いた。
半鐘のある見晴台にいる者が何やら叫んでいる。
「なんか言ってるぞ」
「『いい加減、降りてこんかい。いつまでそないなところにおるつもりや。アニータが痺れを切らす前に早くせんかい』」
「大変やーっ」
親子揃ってそわそわし始めた。
「は、早く降りろ!」
「どこに?」
「ああああああ、どこでもいい。このまま下に降りろ」
「街中ですよ」
「俺が村長や。問題ない。この村には結界なんて上品なものはねえから、遠慮すんな」
「早くせんかい。母ちゃん怒らせたら、大変なことになんねんで。夕飯抜きやで」
僕たちは早々に高度を下げた。人波を避けるためにワカバの家の庭先に降りた。
「おや、お早いお帰りで」
庭先で洗濯物を干していた女性が言った。
町の上空を飛んでいたのは誰の目にも止まっていたことだろう。当然、この女性にも見られていたはずだが。この人がアニータさん?
「アニータは?」
「お部屋に戻っております。お客人をおもてなしする準備をなさっておいでです」
違ったか。
「うちの女中やねん」
部屋に入るといい匂いがしていた。
「ただいま、かあちゃん」
「今、帰ったぞ」
「邪魔さするぞ」
トレド爺さんの声に台所から顔がひょこっと出てきた。
熊族の女性が、割烹着を着てフライパン片手に現れた。
「一日ぶりね。アニータ。また厄介になるわね」
ユキジさんが丁寧に挨拶する。
「お土産なのです」
リオナが肉のブロックをドンとテーブルに置いた。
「アンキロがいたから、狩ってきたんや」
「アンキロはそんな小さかったかいな?」
「狩ったのはこの子たちや。残りはスプレコーンの解体屋送りや」
「なに言うとんのや。ワカバと歳も変わらん子らがアンキロを倒すなんてこと、ありますかいな」
「嘘、ちゃうって、かあちゃん。雷で一撃やで」
「そっちの子かて、一撃であの堅い尻尾を吹き飛ばしおったで」
「ユキジさんもトレドのお爺はんもようこそ。思いの外、早い再会になりましたな。それで、怒って出て行ったあなたが、何を暢気に戻って来たのかお聞かせ願いますか?」
「川の畔まで来たところで、あの空飛ぶ乗り物が見えたんや。ワカバが乗っとると分かったから溜飲を下げたまでのことや。トレドもユキジもおったしの」
「ワカバの尻の一つも叩かんと戻って来たんでっか?」
「そりゃあ…… よう覚えとらんな。叩いたような気もするし……」
「相変わらずワカバには甘いお人やな。ワカバ!」
「はい。ごめんなさい」
「お仕置きは後で考えます」
「はい……」
「ところでそこのお兄いさん、うちは人族お断りなんよ。悪いけど敷居は跨がんといてや」
なるほど、人族は獣人に随分酷い仕打ちをしているわけだから、こういうこともあるだろうと、僕は身を引いた。
次の瞬間。
「いかんッ!」
「リオナッ!」
アニータの持っていたフライパンが真っ二つに切り裂かれた。そして熊族特有の巨体が吹き飛んだ。




