エルーダ迷宮侵攻中(村娘がやって来る)4
焼き肉の準備が整った。
あとはいつものどんちゃん騒ぎである。今夜の語り部はピノである。
「みんな元気だったですか」
「変わりなかったな」
「今度はリオナたちが行くのです」
「学院の生徒がいないときにな」
「おお、これはまた不思議な味じゃな。これが猪の肉か?」
「歯がもっと丈夫だったらよかったわね」
「んまい」
ピオトが舌鼓を打った。一枚ぺろりと口に放り込んだ。
「爽やかな香り」
チッタが匂いを嗅いでいた。
「恐らく香草を食べておったんじゃろうな」
「おいしいのです。でもドラゴンの肉には負けるのです」
「そんなことないよ。ウルスラグナのお肉は伝説なんだぞ」
ピノが反論した。
「だったら食べ比べなのです!」
リオナが仁王立ちして宣戦布告した!
「却下」
僕は即答した。
「なんでーっ」
ふたりがテーブルの縁をかじるように食い下がる。
「両方食いたいだけだろ!」
「幸せは種類が多いほどたくさん訪れるものなんだよ。兄ちゃん」
「うまいこと言っても駄目」
「それなら、その辺の鳥や豚を加えるとよかろう」
「それは反則だ!」
ピノがナイフを振りかざしながら、アイシャさん相手に仁王立ちする。
ほんと怖い物知らずだな。
「ふたりともお行儀が悪いですよ!」
チコが怒った。
「お肉はうまいうちに食えですよ」
チコ…… 頼むからお前だけは毒されないでくれよ。
「お肉、お代わり」
チコが空になった皿をアンジェラさんに差し出した。
「まったく、あんたたちは飽きないわね」
「すいません」
チッタが頭を下げる。
「いいのよ。山ほどあるんだから。どんどん食べなさいな」
「お代わり!」
ピオトも皿を出した。
「俺も!」
「僕も!」
「リオナもなのです」
お代わりが出てくるとまたリオナとピノが始めた。
「やっぱりもう少し歯ごたえが欲しいのです」
「舌が飽きてきたよな。ここはもう少し噛み応えのある肉で……」
アンジェラさんも呆れ顔だ。
「千年大蛇でも出してやってください。噛んでる間に何食べてるか忘れるぐらい歯ごたえのある奴を」
エミリーがハンバーグ用のミンチ肉を一人前出してきた。
「おばあちゃん用よ」
そう言って焼き始めると、子供たちの会話がなくなった。
たった一枚のハンバーグを焼く作業にじっと見入っている。
鉄板がジュワーッと音を立てると、子供たちの皿に涎がダラーッと広がる。
「僕もハンバーグにする!」
ピオトが辛抱たまらず手を上げた。
「わたしも」
「チコも」
「俺も……」
「じゃあ、僕も」
「リオナも気が変わったです」
子供たちが軒並み追従した。
「歯ごたえはいいのかよ?」と、僕が嫌みを言うと、「顎が疲れたからちょうどいいのです」とリオナがうそぶいた。
追加のハンバーグが載った皿が運ばれてくる。エミリーも心得たもので、既に用意していたらしい。
「肉を食べてくれないと在庫が減らないんだが……」
「大丈夫、そっちも食べるから」
鉄板がジュージュー音を立てる。
やがてひとり脱落し、ふたり脱落し…… いつもの通り、みんな膨らんだ腹を上にして幸せそうに転がった。
「結局、何食べたってこうなるんだよな」
長老たちと入れ替わりにゼンキチ爺さんがやってくる。
「今日は早いの」
「珍しい肉が手に入ったもので」
「それで、あれか? 見慣れた景色じゃな」
「あれで一時もすれば復活するんだから、どうなってるんだか」
「幸せで何よりじゃ」
それから、オータンでの出来事を話した。語り部が唸ってるのだから仕方がない。
『闇の信徒』の一件もピノに一振り剣を作ることも話した。
それから、爺さんはアイシャさんたちと飲み会を始め、こちらもいつもの景色となった。
僕は自室に戻り、早々に眠りに就いた。
翌朝、ヘモジに起こされ、階下に降りると見知らぬ少女が我が家の朝食にがっついていた。
年端の行かぬ獣人の少女だったが、その姿はマタギの格好をした小熊だった。背中に大きな斧を背負っている。
「食事のときぐらい斧を置いたらどうだ?」
手摺りから声を掛けた。
すると「人族は信用できない!」と、台詞が返ってきた。
君ががっついてる料理はその人族が作った物なんだがな。
リオナと変わらぬ年頃の少女が、皿に向き直った。
「誰?」
「何者じゃ?」
アイシャさんとふたり顔を見合わせる。
「エミリー?」
「朝起きたら、玄関先で行き倒れていたので」
「とても助けられたって態度じゃないぞ」
「宿屋と間違ってるんじゃないか?」
「リオナは?」
「もう行きましたけど」
「この状況を無視してか?」
「蹴飛ばして、生存確認だけして行きましたけど」
「そや、あの娘! あの娘は何者や! あたいを足蹴にして、無礼千万な奴や」
天にフォークを突き立てて小熊少女は騒ぎ出した。
ああ…… 斧が当たって、椅子の背もたれが傷ついていく……
「とりあえず、斧を下ろせ。椅子が壊れる」
アイシャさんが業を煮やした。
「ようやく話の分かる奴が現れたな」
なんだかな。ハイエルフにすごむ小熊の構図だ。雷撃一つで昇天しそうだ。
「斧を下ろせ。その席は妾の席じゃ」
小熊は後ろを振り向いた。するとテーブルにガンと斧がぶつかって、食卓の物がすべてひっくり返った。
「ああああッ。すまぬ」
動揺して今度は椅子を引っかけて椅子を倒す。
「動くな!」
ピタリと止まった。
アイシャさんは黙って、長い指で斧を下ろすように指図した。
小熊はしゅんとなってゴンと大きな斧を床に下ろした。
「……」
全員でテーブルのセッティングをやり直す。
「怒ってるか?」
「怒ってないと思うのか?」
完全にアイシャさんの軍門に降った。
言葉遣いからして、ある程度の身分のものかと思うが。この町の子じゃないよな。
「長老、呼んできた」
オクタヴィアがユキジさんを連れて戻って来た。
「こんな所におったか。ワカバ様」
「しまった!」
駆け出した少女は外に逃げようとするが、玄関を開けた途端、トレド爺さんに捕まった。
「離せーっ」
熊族のトレド爺さんに一度捕まったらもう逃げられん。そう言や、爺さんも戦の折は大斧を背負っていた。
「これワカバ。大人しくしねえだか。お前、どうやって…… ひとりで来ただか?」
「空飛ぶ乗り物があったら、乗り込めってことやろ?」
「何言ってるだ?」
「誰だって乗りたくなるやろ? 空飛んでたんやで。子供に見せたら、好奇心に釣られて乗るに決まってるちゅうねん。そうやろ?」
「人様の馬車に黙って乗ったら、怒られるべさ」
「あれ、馬車、ちゃうやろ。あたいは悪くない。余りに心地がええから、ちょっとのつもりが、居眠りしてしまっただけや。この町まで来てしまったのは偶然や」
「この家にはどうして?」
「いい匂いがしたから。大きな家やし、食事ぐらい恵んでもらえるかなと思っただけや。ここが爺ちゃんのいる町だとわかっとったら爺ちゃんとこ行っとったわ」
「嘘こけ。匂いで分かるべさ。第一、この町から会いに行ったさ、この町に帰ってくるんは常識だべさ。お前はどうしてそう考えなしなんだ? 蜂蜜採るときだって、なんの策もなしに正面から行って蜂に死ぬほど刺されたベ。お前は野生の熊とは違うんだど。その辺分かってんのか?」
彼女はトレド爺さんの遠縁らしかった。
ワカバと言うらしいが、マルサラ村の村長の娘らしい。
「両親に早く知らせてやらねーと、てーへんなことになるかもしんねーど」
「大変なこと?」
「戦だぁ」
「はあ?」
「こいつの父親は喧嘩っ早くていけねーんだ。もしかすると娘がさらわれたと思って、仕掛けてくっかもしんねぇ」
「マジですか?」
「大丈夫や。そのときにはあたいがとうちゃん、説得したるから」
「何言ってんだ? 村の人間が死ぬかも知んねーって言ってんだ。お前親父死んでも平気か?」
そこまで言うと、ようやく事態を理解したのか熊族の少女は泣き出した。




