春の嵐(道楽)15
裁判の傍聴に来たはずが、なぜか、闘技場にいた。
「なんで?」
ほんの数分前のことだった。
「近衛騎士団の気概を見せた者に罪一等を減ず!」と国王自らが高らかに宣言したのだった。
勿論、重罪犯はその限りではないが、前線送りになる連中には、魅力的な申し出だった。
身分も財産も剥奪された彼らにとって、残されているのは近衛騎士団の籍だけだ。ただの犯罪者として前線送りになるか、騎士団預かりで前線送りになるかでは大きな違いがある。
「奴らがどんなに悪党でもな、優秀なスキル持ちの家系であることには変わりはない。古くから今日まで国家を支えてきたのは伊達ではないのだ。絶やすには惜しい。スキルと天秤に掛けても救いようがないからこうなったわけだが。最後のチャンスだ。罪は誰でも犯す、だが、そこから立ち直れるかは本人次第だ。すまんが、お前には出しになって貰うぞ」
「いつも言ってますが、人材はいるんだから、外部からわざわざ呼ばないでくださいよ」
「そりゃ、駄目だ。お前は面白いんだから」
面白いって…… そんな理由でか。確かに、王都で冒険者は珍しいだろうけど。
「ところで持ってきたか?」
「やっぱり押収品は食えませんか?」
「さすがに、周りが嫌がってな。ヴァレンティーナに頼んだんだが、お鉢がそっちに回ったようだな」
「ちゃんと四種類持ってきましたよ」
「ん? 三種だろ? アイス、スノー、フェイク」
「二、三日前にアースドラゴンを狩ってきたので」
王様が豪快に笑いしだした。
「ほれ見ろ、お前は面白い!」
「さあ、腹ごしらえの前にもう一働きするか」
「お前たちの相手は、近衛騎士団長と副団長、それとお前たちに大きな被害を与えられたスプレコーンの領主、それと同じくスプレコーンの冒険者のひとり、知る者もいよう、今年の武闘大会優勝者だ。この四人を相手に後ろの入場口を突破した者にのみ、罪一等を減して、騎士団在籍を認めるものとする」
破天荒にもほどがある。
何を企んでいるのか、いないのか。この面子の弱点は明らかに僕だ。
「エルネストだけでも充分なんだけど、問題はそこじゃないから。自分の所に来る連中だけ相手してればいいわ」
ヴァレンティーナ様はそう言って、刃引きされた剣を構えた。
「うーん、見るからに僕を見る視線が多い」
仕方ないので僕も構える。今回はいろいろ無礼講なので、盾はなしだ。
「馬鹿よね。ドラゴンとタイマン張る相手を選ぶなんて」
「団長たちを選ぶ方が馬鹿でしょ。ヴァレンティーナ様だって一刀両断しちゃうでしょ?」
「真っ二つにはしないわよ」
「わしらの相手はいないようじゃ。こりゃ、楽できそうじゃな」
「気概のないやつらですな」
案の定、僕は人気者だ。
でも今回は、魔法ありの無礼講だ。召喚獣は禁止されたが、会場壊さない程度に好きにしていいとお達しだ。
ここは少しでも相手を減らそう。
僕は地獄の業火を身に纏った。
はったりだ!
「…… 減らない」
どうせ、三下ですよ! 無役の冒険者ですよ!
「なんか、むかついてきた」
僕はこっそり衝撃波を放った。
「あ、やり過ぎた」
僕を狙っていた甲斐性なしが五人ほど吹き飛んで、数人が跪いた。
堪えた連中は十人ほど。盾に結界をしっかり張り巡らせている。
「おいおい……」
「エルネスト、相手は人間よ。ちゃんと加減しなさいよ」
「これじゃ、近づく前に全滅だな」
お、侵入ルートをずらす奴が現れた。遠距離戦は不利とみたか。
そうだ、みんな他に行っちまえ。
却ってがむしゃらにこちらを狙ってくる奴がいる。
結界を張ったら砕かれた。
『結界砕き』持ちか。
ではドラゴン張りの多重結界を。
お、弾かれてる。驚いてる、驚いてる。
ヴァレンティーナ様に斬りかかった奴が返り討ちにあって倒れた。
よくよく見るとヴァレンティーナ様を標的にしている連中のなかに先日、北の港でやり合った連中が混ざっていた。僕を避けてのことだとしたら少し嬉しい。切り落とした腕も戻ったようだし、精々頑張ってくれたまえ。
まだ向こうのふたりに殴りかかろうという者は現れない。
ここまでやってこの差は気に入らない。
まだまだ甘く見られているということか。
僕は魔力を消した。そして消えた。
僕は奴らの視線を確認した。
僕が見えているのはふたり。なかなかどうして、盗賊に荷担していたくせにやれる奴もいるじゃないか。でも僕に掛かってくるようじゃ駄目だ。
例え負けても団長や副団長に挑むべきだったのだ。
僕は彼らの前に置かれた甘い罠だ。
あの王様には本気で救済する用意がある。でも、見込みのない奴を救済するほどお人好しではない。
例え負けても団長に挑むぐらいの気概がなければ、そもそも救済対象にはなり得ないのである。
僕の姿を捕らえられない奴は皆感電して眠って貰った。装備に耐性があっても、直接首筋に触れられては防ぎようもなかろう。
見えているふたりは僕を素通りして入場口に向かっていた。こっちが見えていないと思って結構大胆だ。
でもふたりは泥の池にはまって動かなくなった。
感電させてやろうとしたら、武器を降ろして白旗を揚げた。
僕の分担は終った。
ほぼ同時にヴァレンティーナ様も掃討が終った。
結局、通過者はゼロであった。
「情けないにもほどがある」
団長が嘆いた。
夜はこぢんまりと身内だけで晩餐が行なわれた。
そしてドラゴンの肉の食べ比べが行なわれた。




