春の嵐(休日)14
さすがにエルーダや実家を繋ぐようにはいかないだろうと思っていたら、一週間後、アンドレア兄さんもやって来て、内輪で開通セレモニーが行なわれた。
姉さんが酷い目に遭ったと知らされた兄は、北部に巨大な湖を作る勢いで激昂した。
罰せられるべき人間は皆、既に投獄され判決を待つばかりだと、姉さん自身に諭されて、ようやく溜飲を下げて貰う始末だった。
怒りの矛先をかわすために僕の秘密基地に行ってみないかという話になって、振り子列車に乗って現地に向かう羽目になった。移動方法は我が家の『銀団』専用ポータルからだ。まずどこかの停車駅に出る。どこだか分からないが、ゲートで飛べる範囲の東の山のどこかだろう。
そこから秘密基地の真下まで弓なりの坑道が繋がっている。
最後にもう一度地上に出るために転移するのだから、終着駅をもっと手前にして、移動時間を短縮できたのだが、目的が空気の取り入れなので、秘密基地の真下に終着駅を作ったらしい。
それにしても姉さんはどうやってこの穴を掘ってるんだろう? 真っ直ぐ歩いても一週間以上かかる道程を。もしかしてサンドワームみたいなものを使役してるんじゃなかろうか? それとも大地を貫くとんでもない魔法でも持っているのだろうか?
「これは面白いな」
麓のアースドラゴンを見てアンドレア兄さんが言った。
この景色を見たら、人間同士の争いなど、北の馬鹿貴族のことなど、些末なことに思えたことだろう。
でも僕の秘密基地は、あっという間に秘密ではなくなった。
姉さんの計らいで、実際の所在地は伏せられ、公開されることはなかったが、周囲の山の景色を見ればなんとなく知れるというものだ。
アースドラゴンに関する調査は、亡骸を持ち帰った翌日には結論が出ていた。
アースドラゴンもブレスを吐く以上、予想できたことではあるが、『第二の肺』があることが分かった。だが、大きさも浮力も小さく、飛空艇を作るには不十分であった。
つまり、ブレスの威力も他のドラゴンに比べたら劣るということであろうか。空飛ぶ能力を放棄した分、余分な力が要らなくなったとも言える。こればかりは実際ブレスを吐かれてみないと分からない。
報告を聞いてすぐ、僕は飛空艇より一回り小さい乗り物を考案してみた。
取り出した『第二の肺』は全長で約半分の大きさ、体積で言うと八分の一。生み出される浮力も大きさにほぼ相応していた。
前から考えていたことではあるが、やはりフライングボードは人を選ぶのである。部隊に配備しても、重装であったり、ロザリアのように長物を装備したら、あっという間にバランスが取れなくなってしまうのだ。
前回の森のなかの追いかけっこを経験するに、この森の警護は大変なのだと気付いた。少しでも移動を楽にする手段が必要なのだ。
うまくいけば、飛行船や飛空艇の緊急脱出装置にも採用できるかも知れないし、個人の移動手段としても重宝されるかも知れない。
ただ、アースドラゴンの肺は中途半端に大きかった。もっと小さいサイズだったら、理想的だったのに。
僕は大まかなスケッチを描いた。
『異世界召喚物語』のなかにあった落書きも参考にさせて貰った。異世界のデザインセンスは独特のものがある。奇抜なデザインであるため、実在する乗り物なのかも分からない。
僕は五人乗り程度の大きさの飛空艇を想定した。
追跡部隊のように五人ぐらいで行動する連中をターゲットにしようと思ったのである。但し積載量が厳しいため、外装は気球外装以外、取っ払いである。
構造は飛行ユニットと骨組みとハンモック用の大きな布だけである。
飛行ユニットには気球をはじめ、ラダーや『浮遊魔法陣』、操縦席周りの操作系など、航行に必要な基本構造が予め組み込まれている。
量産型第一世代の心臓部がまさにそれである。
棟梁たちの努力の結晶の小型版と言えた。それだけでも飛行は可能だが、気球下部の吊り下げ型のフレームに丈夫なマスト素材の布を取り付けることで、巨大なハンモックを作ることにしたのだ。そのなかに重量一杯、荷物やら人やらを乗せて自由に飛ぶことができるのだ。
とりあえずそのハンモックのなかにぴったり収まる三列シートや、保管庫、武器庫等々、オプションは自由自在だ。
シンプル・イズ・ベストである。
脱出艇として、据え置くにも、ユニット以外、省スペースに収まり便利である。
草案ができると、商会に持ち込み、棟梁に製作を依頼する。
「こりゃいい。用途が多様で、使いどころも多い。こりゃ売れるぜ」
棟梁の太鼓判を貰った。
アースドラゴンを狩り尽くすと、あの辺りの生態系が壊れて、別の魔物が人界に迫るやも知れないので、余り多くを狩ることはできない。あの辺りの調査が済んで、安全を確認できればその限りではないが。
とりあえず月、一ぐらいでどうだろうか? 肺は兎も角、他の部位が在庫になって、値崩れをおこしてしまう可能性もあるので、程々にしておこうと思うのだが。
夕方になると、イチゴを鍛えに行っていた連中が戻ってきた。
「迷宮にも顔を出してきたわ」
ナガレが満足そうな笑顔を見せた。
土蟹一匹につき石一つずつ貰えるかもという淡い期待と共に、ロメオ君とリオナ以外全員召喚獣のパーティーで、あのお友達の眠るフロアーに行って来たそうだ。
そして、見事、石を手に入れ、イチゴは土蟹から陸王蟹に進化したのである。
ゴツくなったイチゴが目玉をぴくぴくさせて、周囲を警戒している。まだ我が家という意識はないようである。厳密にはほんとの我が家はロメオ君ちなのだが。
「ここまで育てばそう簡単に死にゃしないわ」
ナガレが胸を張る。
ガリガリガリ…… イチゴが鋏で床を引っ掻き始めた。
「こおらぁあぁ」
ナガレが、ブリューナクでぶん殴った。
キュウゥぅ…… イチゴが床にひれ伏した。
「床を傷つけるんじゃないわよ!」
イチゴが死にそうだ……
「ナガレ…… やり過ぎじゃ……」
「大丈夫、頑丈過ぎてこれくらいしないと感じないのよ!」
「ナーナ」
ヘモジが回復薬を堅い甲羅に垂らす。
こら、再召喚すれば治るだろうに! 勿体ない……
カードを見る限り、確かにチョビと同じレベルくらいまで上がっていた。
魔力消費もあるのでロメオ君はイチゴをすぐ召喚解除した。
ほら見ろ、薬が無駄になった。
一段落すると夕飯の時間になった。
「ホタテ、ホタテ!」
ホタテのクリームチャウダーのいい匂いが漂ってきた。
そこへちょうど姉さんがたちが子供たちを引き連れて帰ってきた。
「捕まった」
姉さんが苦笑いした。
お前らなぁ、仮にも領主様とその側近だぞ。ただのご近所のお姉ちゃんじゃないんだぞ。
「わぁあ、いい匂い」
チコが鼻をひくつかせると、他の子供たちも全員鼻を突き出して、幸せそうな顔をする。
肉でもないのに珍しいこともあるもんだ。
「駄目、ホタテ足りない!」
オクタヴィアがそわそわ走り回りながら行く手を阻むが、子供たちは容赦なく食堂の椅子に腰掛ける。
全員が食卓を囲むと夕食が始まった。
一人一皿に付きホタテは一つ。オクタヴィアの一番小さな皿にだけ二つ入っていた。
皆、幸せそうに湯気に顔を埋めながらホクホクしながら食べた。
「段取りが決まったわよ」
一瞬何かと思った。
どうやら、北の馬鹿共に引導を渡す裁判の日程やら、処分の執行に関する手筈のことらしかった。
「それで悪いんだけど、あなたに手伝って貰うことができたのよ。父がまた馬鹿なことを企んでるみたいでね」
ヴァレンティーナ様はすまなそうに言った。




