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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第九章 遅日と砂漠の蛇
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春の嵐(取らぬアースドラゴンの皮算用)6

『大丈夫よ。あれはワイバーンじゃないから』

 マリアベーラ様? 伝声管の向こうから声がする。

『…… これ、ちゃんと聞こえてるの? 使い方あってる?』

『あってるから聞こえてるのです』

「大丈夫ってどういうことです、マリアベーラ様?」

『あら、よかった。聞こえてたのね。それはね、あれは空を飛べないからなのよ。ブレスさえ気を付ければ大丈夫なの』

「ブレス?」

『ブレス?』

『ブレス!』

『えええええっ?』

 伝声管の向こうで女たちが騒いでいる。

『ブレスって言ったらドラゴンじゃないですか!』

 ロザリアが吠えた。

 今すぐ、探知スキルの感度を上げて、確認したいが、操縦している最中に余所見は危ない。確かにワイバーンにしては魔力量があると思ったけど。でも、あの群れの数は…… 

 山脈が邪魔してるし、この距離じゃ、まだ目視もかなわない。

 何かの間違いだと思いたい。

『手元にある情報ではそうなってるわね。著者の個人的な見解として、あの辺りにドラゴンがいるおかげで辺境の魔物が北上、西進を諦めているのではないかと言ってるのよね』

『でも、あの数は不味いのです』

 さすがのリオナも弱腰だ。

『大丈夫なはずよ』

「あれ、今辺境って言わなかった?」

『そうよ、ミコーレの国境は今までずっと飛んできた山の稜線までだから。今いるポイントよりあちら側は厳密に言うとまだ誰の土地でもないわ』

『土地をくれるというお話ではなかったのでしょうか?』

 ロザリアが落ち着きを取り戻した。

『砂漠はいらないのでしょ?』

「お墨付きをくれるということでしょうか?」

『さすが辺境貴族の息子は分かってるわね。辺境を切り開いて領土を主張しても書類の提出先がなければその者の土地にはならないのよ。実効支配を続けられるだけの力があれば別だけど、一冒険者の主張だけでは提出先の国に没収されるのが関の山というわけよ。だから、ヴァレンティーナだけでなく、ミコーレが貴方にあの場所の領有を認める書類に判を押すのよ。父がサインするかどうかは周りの札付き連中次第だから、とりあえずこちらに任せておきなさいってことよ』

『それにしても、来たことがない割りには詳し過ぎるのではないかな?』

 アイシャさんだ。

『ミコーレの古文書にこの辺りの記録があったのよ。さすがに本当かどうか半信半疑だったけど。あそこにアースドラゴンがいるとなると、内容に真実味が出てくるわね』

「アースドラゴン……」

『ドラゴンのなかでも特に防御力を誇るドラゴンよ。飛べない欠点を巨大陸亀並みの防御力でカバーしてる変わり種よ。魔力自体は飛ぶことを放棄したことで、劣化してあの様だけど、その分身体は大きく、頑丈になったわけ』

「巨大陸亀の甲羅ぐらい堅いんですか?」

『あいつの鱗がね。それぐらい堅いって話』

「実際にはやってみないと分からない?」

『巨大陸亀なんて会ったことないでしょ?』

 分からないのはそっち?

「西の辺境で会いましたよ。兄さんが一撃で倒したけど、甲羅だけが残っちゃったんですよね。だから全身が甲羅と同等だと、僕にはお手上げになっちゃうんですよね」

『あいつの鱗と革で作った鎧は最高のステータスになるのよね。物は相談なんだけど、ミコーレの伝統的な狩り方を教える代わりに、定期的にうちにあれを卸ろしてくれないかしら?』

「なんです、急に?」

『古文書の内容が真実か確認できなかったから、言わなかったんだけど。あれだけドラゴンがいるとなると、こちらの懸案事項も解決できるかなと思って』

『まるで借金で借金を返しているようじゃな』

 アイシャさんが皮肉る。

『そう言われても仕方ないけど、数匹でいいから手を貸してくれないかしら?』


 マリアベーラ様の話を要約すると、最近ミコーレの羽振りのよさに目を付けた異国の大商会連中が大量に入り込んできて、辺境の町々で問題を起こしているということだった。

 ミコーレは兎も角、資金難にあえいでいる周辺諸領が、異国の息の掛かった大商会と町の覇権を争う羽目になっているのだという。

 それもこれも、元々自然と対峙するだけでやっとだった、この国の貧しい歴史に起因するのだ。一言で言うなら舐められているのだ。

 そして現在の状況を妬まれているのだ。

 図に乗った大商人たちはこの国の投資を食い荒さんと辺境を好き放題し始めたのだ。

 放置することは王家の権威の失墜に繋がる。

 だが王家にも金はない。ミコーレの実効支配を賭けて、こちらも地元の有力者とやり合っているのだ。勝利は皇太子のおかげでほぼ確定ではあるが、地方にこれ以上援助できる金は残ってはいない。

 そうなのだ。本当に舐められているのはミコーレ公国ではない。ブランジェ大公家なのだ。

「初めからそのつもりだったんですね?」

『悪いのは重々承知しているわ。でも貴方に貢献して貰うといろいろやりやすくなるのよ』

 まるで水鳥だ。伝声管の向こうの顔が目に浮かぶ。

 舐められないためにはいくつかの手段がある。

 まず潤沢な資金を見せつける。

 これは今のミコーレにはない。舐められる原因ともなっている。

 あるいはそう言った保証人を見せつける。

 今度は保証人に頭が上がらなくなる。国家の危機管理の点からも余りお薦めできない。

 交渉相手のその上と交渉する。

 既に舐められているのでことが終結するまで、のらりくらりとかわされる。

 では、敵対する相手本人と交渉する。

 論外。足元を見られる。更に土壺に嵌まる。

 一見、一番いい方法に思える手段。

 王の権利を持ち出して、一方的に排除する。

 騒乱罪やら適当な理由を付けて逮捕して強制送還。それで駄目なら首でも刎ねると効果的だ。地元民は最高に喜ぶし、領主も胸を撫で下ろすだろう。が、数年後敵を見るような目で恨まれることになる。

 経済的な自由を保証しない国だと思われる。経済的、あるいは直接的な報復に遭う。経済封鎖。最悪戦争。滅亡まで一直線。

 ではどうするか?

 いつでも潤沢な資金は用意できると思わせる。更に軍事的にも脅威だと思わせる。

「言っても分からないならどうなるか覚悟しろよ」と、思わせるのだ。

 そう、匂わせるのだ。

 簡単にそれができれば苦労はしないのだが、たった今、マリアベーラ様の目の前に最高のカードが提示されたのだ。

「仮りに倒せたとしてどうやって運びます?」

『先ほどの砦の南に町がある。峰の向こうに降ろしてくれれば回収はこちらで行える』

 船で運べってことね。

「見返りは?」

『ここにいる全員にドラゴンの最高の鎧をプレゼントするというのではどうかしら? 加工すると真っ白な美しい鎧になるわよ』

 これはいい条件だ。ケバブの店の開店話より数段いい話だ。

 高性能な武具の製作で何が一番大変かと言うと、それは高級な材料を扱える工房を材料ごとに、ときには部品ごとに探し回らねばならないことだ。

 大抵は一見様お断り。だから冒険者は高い金を払って大きな武具屋で完成品を法外な値段で取引するのである。

『銀花の紋章団』の最大の強みはそれが自前で用意できることだ。それぞれの工房が、作った材料パーツをギルド内で日々膨大な量やり取りしているのだ。月に一回はオークションという形で外部にも解放される。ギルドメンバーなら欲しい部品を複雑な交渉を抜きにして必要な分だけ用意できるのだ。

 だが、それぞれの国が抱え込む特産技術というのはそう簡単にはいかない。ミコーレの場合、アースドラゴンの加工技術がそれに該当する。革のなめし方、剣の歯が立たない鱗の加工方法。大抵一筋縄ではいかないものだ。国お抱えの工房で作ってくれるなら、これ以上安心なことはない。

 僕は受諾した。あとはみんなの判断次第だが、誰も反対しなかった。

 エミリーや大人になったときのフィデリオの分までつくってくれるそうだ。仕立て直しも生涯補償を付けて貰えることになった。「そのときは材料も一緒に持ち込んでくれるとありがたい」だそうだ。

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