春の嵐(アースドラゴン討伐)7
さてアースドラゴンの姿が見えてきた。
『格好いい!』
最初に叫んだのはピノだった。
『若様、俺、あいつの鎧着たい!』
相変わらず素直な奴だ。
『あの長い剣のような角…… ユニコーンの角が子供のおもちゃに見えるわね』
ナガレが言った。
ユニコーンには聞かせたくない台詞だ。だが、あれと戦ってユニコーンが勝てるかどうか。
案外、足でかき回せばいけるか? ブレスがある分不利かな。
『あれで船の気球を貫かれるとやばいよね。一気に浮力失うよ』
『この船の結界を貫くことはできん。魔力がある間はな』
ロメオ君の発言にアイシャさんが反論する。
「お互いの障壁破壊比べみたいになるんだよな。できれば一撃で倒したい」
『相手はドラゴンだぞ』
「巨大蜥蜴だと思えば」
『無理ね』
『その発想は無理があるのです』
ナガレとリオナペアに拒否られた。
『羽根はあるのに。ほんとに飛べないのかしら?』
やはり羽根と共に肺は退化してしまったのか?
『飛び跳ねるのは上手よ。だから遠いと安心してると』
『巨大蛙なのです』
そういや、あったな、そんなことが。
『この高度にいる限り襲っては来ないわ。ブレスも届かないし』
跳躍にブレスか。厄介だな。恐らく多重結界もあるはずだ。まさに陸の王者だ。
『もはや飛ぶ体型じゃないよね』
普通ドラゴンは後ろ脚が発達しているものだが、アースドラゴンは明らかに前脚が進化している。あんな頑強な前脚で挑まれたら、大概の陸上生物は一撃だ。
「ほんとにあれ狩れるんですかね?」
『問題ないわ。あなたたちの力ならね』
とりあえず、下界の脅威を素通りして安全な山頂に辿り着いた。アースドラゴンも重い身体が災いしてここまでは来れないらしい。
そうなるとドラゴンの威を借る、ずる賢そうな魔物が巣でも作っていそうだが、幸い先住者はいなかった。うまく降りられそうな窪地に船を隠して風を塞ぎつつ着陸する。
「見晴らしサイコー、でも怖いな」
僕たちは今、山脈のなかでも突出して高い頂にいる。浮力を得るのも難しくなるほどの急勾配を上昇して、ようやく辿り着いた大地の先端にいる。周囲の山々も見るからにゴツゴツとした岩盤で形成されていた。溶けることのない氷に覆われ、草木も生えていない、風音だけの静寂の世界。
ドラゴンのいる辺りから地層が目に見えて変わってる。あの辺りが生物の生存圏の限界なのかも知れない。
さすがに肉眼で見える大きさで、足元をドラゴンが闊歩しているのを見るのは正直背筋が凍る。
子供たちにはまだ出てこないように言ったが、ほんとにここに拠点を作っていいものか。他の魔物に襲われることはないかも知れないが、環境が過酷すぎる気がする。アースドラゴンは何を好き好んでこんな場所に巣を築いているのか?
「とりあえず空の敵から身を守る用意だけでも、しておいた方がよいのではないか?」
アイシャさんが言った。
「ちょうどいい窪地だし、このまま上に屋根でも架けるか?」
とりあえず当分は様子見だな。
僕とアイシャさんは魔法で船のドックを作り始めた。刺さるほどとげとげしい岩たちを平らにならして壁や床を作る。
しばらくして子供たちが苦しいと言い出した。
アイシャさんは突然、青ざめて、「船の魔石を確認しろ!」と叫んだ。
ロメオ君が操縦席に辿り着くと、異常事態が起きていた。
「風の魔石が……」
追い付いた僕たちが見た物は……
風の魔石だけが魔石ボックスのなかで空になっていたのだ。
船のなかの空調は風が止まった状態になっていた。
そう言えばなんだか息苦しい。
「エルネスト! ここは人が必要とする空気の成分が少ないんだ! 今すぐ船の魔石を入れ替えろ! 障壁も止めてはいかん! 開いてる窓も閉めろ!」
僕は言われるままにした。僕たちの船外活動のために切っていた障壁も作動させて、周囲警戒のために開けていた展望室の窓も閉めた。
しばらくすると子供たちの顔色も戻って来た。
僕が船外活動していても気付かなかったのは寒さ除けに結界を張っていたからだ。そして無意識に風の魔法を発動して環境を整えていたからだ。それはアイシャさんも一緒だった。
とりあえず壁の造成など後回しにして、僕たちは頭の上の大きな開口部に蓋をすることに注力した。
岩盤を砂に変える作業が結構骨が折れた。
とりあえず船ごとドーム型の天井で覆い隠した。まるでユニコーンのお産小屋みたいになってしまった。
せっかくの絶景が台無しだ。
明かり取りを兼ねた穴を開けて、船の修理材の雲母ガラスを被せた。魔石の減り具合を観察する。
「何かいい方法は?」
アイシャさんに尋ねた。
「木を植えることじゃな。我らに必要な空気の成分は草木が生み出すものじゃからな」
「ここで、木なんて育ちます? 下は岩盤ですよ」
「木を育てるのと、魔石を持ち込むのとどちらが安上がりなのかの」
「空気を生み出す魔法陣でもあればいいんだけど、魔力源なら下にゴロゴロ転がっているわけだし」
「やっぱり減りが激しいよ。外の空間を満たすまではこの調子じゃないのかな」
ロメオ君が言った。
この調子だと留まっていられるのはせいぜい二時間だ。外への放出は止めて、船内だけに限定することに決めた。それなら、六時間ぐらいは保つはずだ。
僕とアイシャさんは船外に出て、覆った天井の上に出た。
「あの辺りならまだ空気があるのかな?」
僕はドラゴンが徘徊する大地を見つめた。
「いや、こことさして変わらんじゃろう」
アイシャさんは風になびく長い髪を邪魔そうにたぐりよせる。
「数日泊まるつもりだったけど、こんな落とし穴があるとは思わなかったな」
「無理そうじゃな。なんとか解決策を練らんと…… 出直した方がよいじゃろう」
僕やアイシャさんなら多少は大丈夫だろうが、それでも数日後には限界が来るだろう。獣人の子供たちにとっては風の魔石だけが生命線の状況だ。
「狩りは僕たちだけでやるしかないですね」
「やれるかの?」
「試してみたいことがあるんですけど」
僕たちは作戦会議をした。ミコーレ式の狩り方というのも気になるが、それは帰り掛けにでも追々聞くとして、今は我流で行く。
余り時間が残っていない。手っ取り早く行こう。
目標は二匹。一匹はミコーレに渡す分。もう一匹は肺などの器官の調査のためのサンプル用だ。
ではアースドラゴン狩り開始である。
フル装備を着込んで、銃の弾丸を抜いておく。ボードを用意していつでも落ちられる態勢を取る。
アイシャさんは虚空に土魔法で巨大な鏃を作る。
そして合図と共に狙いを定めた一匹に向け、巨大な塊を落下させる。
僕は床を蹴り出し、岩の影に入る。
頭上から降ってくる大岩など眼中にないアースドラゴンは見事に頭に直撃を受けた。
大岩は衝撃で砕けたが、障壁を数枚道連れにした。さらに、ドラゴンは脳震盪を起こし掛けていた。不意打ちは成功した。
一気に間合いに入った僕は長い首目掛けて剣を振り抜いた。
『千変万化』で魔力を一気に高めた一撃が、最後の障壁を切り裂き、鱗までも切り裂いた。
しかし厚い皮膚が邪魔をする。
銃口を切り裂いた皮膚にねじ込んだ。
次の瞬間、首が吹き飛んだ。
周囲にいた仲間が、乱入してきた僕を見つけ吠えだした。そのうちの一匹が喉袋を大きく膨らませた。
やばいッ!
次の瞬間、頭上から鏃のような第二の巨岩が降ってきた。
僕は障壁を減らすために『魔弾』をぶち込んだ。
二発目を撃ち込む手前で大岩が命中、ドラゴンの頭がぐらりと揺れた。首だけ仰向けになりブレスを空に吐き出すとそのまま地面に転がった。
脳震盪だ!
僕はちょうどこちら向きに開いた口目掛けて『魔弾』を撃ち込んだ。後頭部を貫通して二匹目も動かなくなった。
他のドラゴンが危険を察知して距離を取り始めた。
僕はその間に転がっている二匹を『楽園』のなかに回収した。最初に千切れた頭もだ。
僕はボードを拾うと転移した。
そして更に限界まで上昇すると、もう一度転移した。
「ご苦労じゃった。うまくいったの」
「助かりました」
「して、どうやってごまかす?」
「そうですね」
『楽園』のことは言えないので一計を案じた。




