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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第九章 遅日と砂漠の蛇
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エルーダ迷宮快走中(チョビ編・ちょっと休憩)18

 城の外に面した窓からは町の景色が見下ろせた。

「ひとりだからカウンターで構わないのに」

「何言ってるんです、この店ではカウンターが一番人気なんですよ。カウンターが覗ける席から順に埋まるんです」

「ドナテッラ様目当て?」

「厨房には滅多に立たれないんですけどね。奥の店長室に入る姿だけでも見たいというお客様が後を絶ちません。あ、メニューはこちらになります」

 僕はメニューを受け取った。メニューは二枚あり、一枚には子供でも分かる様に、料理の絵と解説が描かれてあった。期間限定で『若様印のハンバーグ&チーズサンド』もメニューに名を連ねていた。

 ロッタがクスリと笑った。

「おかしいですね。元々は若様のうちのレシピですのに」

「そうだね。では、知らない料理でいこうかな。この『女主人の自慢ランチセット』で」

「かしこまりました。お飲み物はアルコールもございますが如何なさいますか?」

「このお店のお薦めミックスジュースで」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 外の景色を眺めていると、いきなり誰かが僕のテーブルの反対側の席にドサッと腰を下ろした。

「姉さん?」

「よ、久しぶり。愛する弟よ」

「なんで、ここに?」

「それはこっちの台詞だ。ここはわたしの特等席だぞ」

「何? 姉さん常連になったの?」

「違う、違う。館で缶詰になってるのがいるだろ。あれが今ここの料理に嵌まってるんだ」

「ヴァレンティーナ様か……」

「お前が遊びに来ないからしょげてるぞ」

「そんな。二、三日前に会ったでしょ?」

「そう言うわけで、食事が済んだらでいいから、弁当を館に届けてやってくれ。わたしは国境に帰らねばならない」

 何がそう言うわけだよ。

「まさか昼食いに戻って来たの?」

「秘伝の転移魔法でな」

「どうやって?」

「『お姉ちゃん、大好き』って千回言ったら教えてやる」

「じゃあ、いいや」

「おいっ!」

「お待たせしました」

 料理がやって来た。姉さんの分もやって来た。

「ふたりだけで食事というのも、久しぶりだな」

「そうだね。もう随分前だよね。あ、これおいしい!」

「チキンに特別に調合した香料を使ってるんだ。そっちのパイもうまいぞ。今日はポポラだな」

 姉さんが嬉しそうに笑っている。

「ほんとに常連なんだね」

「人生の半分はドナテッラの料理で育ったようなものだからな」

 姉さんはあっという間に自分の皿を平らげた。

「じゃ、わたしは国境に戻るから、ちゃんと届けろよ。代金は払っておくから」

「分かった。届けとく」


 頼まれてしまっては仕方がない。僕は視界の抜ける位置から館近辺で転移できそうな場所を探した。そして、人目に付かなそうな路地を見つけて転移した。

 届け物はなぜか三人前だった。

 僕が館を訪れると、いつになく緊張した面持ちで執務室に案内された。

 珍しく執事のハンニバルに案内された。

「どうしたの?」

「来客がありまして」

 いつもなら勝手に行かせてくれるのだが、今日は家人として世間体を装わねばらならいらしい。

 確かに、家人のしつけのなさで当主が舐められては執事の名折れだ。

 付き合うしかあるまい。

 僕も弁当を届けるだけなのに、身だしなみのチェックをしてもらった。

 襟元を直され、履き物の埃を払われた。

 広間ではなく、執務室での面会ならば客筋はそれなりに親しい間柄。なのにこの緊張感。来客は一体誰だろう?

 というより、そこに弁当を運ぶ僕は…… このシチュエーション、許されるのだろうか?

 ハンニバルが執務室のドアをノックする。

「入れ」と許可が下りたので、扉を開けて一言。

「エルネスト様でございます」

 この部屋にこうも他人行儀な段取りで入ったことはない。相手は王女、本来こうあるべきではあるのだが。なんともむず痒い。それに緊張する。

 入室すると来客の後ろ姿が目に入った。来客はふたり。ヴァレンティーナ様の分も合わせると弁当の数と一致する。

「いらっしゃい。何かあった?」

 ヴァレンティーナ様がいつもと変わらぬ様子で聞かれたので、僕は弁当を見える位置に掲げた。

 すると突然、笑い出した。

「逃げられたみたいね。ガウディーノ」

 ガウディーノ殿下?

「そのようですな」

 ロッジ卿? 

「チッ、あいつめ、すっぽかしやがったか」

 その声は!

 紛れもなく第三王子…… 

「お腹空いてたのよ。貰えるかしら?」

 ヴァレンティーナ様、自らが受け取り、ふたりに配った。

「おおっ! これが噂の『若様印のハンバーグ&チーズサンド』か!」

『若様印』は別に付けなくていいです。

 ガウディーノ殿下は勇んで包みを開けると、いきなりがぶりとかぶりついた。

「今、お茶をご用意いたします」

 ハンニバルが慌てて出て行った。

「おおっ! これはうまい!」

「はしたないですよ! ガウディーノ。今、お茶が来ますから」

「卿も早く食え。若様印は伊達じゃないぞ」

 そう言って僕の方を見てにやけた。

 相変わらずだな、この人は……

「毒味はいいんですか?」

 僕はしれっと言った。

「俺にはこれがある」

 そう言って出したのは万能薬だった。そして尚更、口角を上げた。

「お前のおかげで、毒味役の死亡率が激減したぞ。おまけに俺はいつでも安心して暖かい飯が食える」

 そしてまた一口、頬張った。

「兄貴たちも感謝してる」

 ようやくお茶が来た。

「うむ、うまい。久しぶりに食べたな」

 ロッジ卿が上品にかぶりついて言った。

「最近はなかなか出回らんからな。ヴァレンティーナ様たちがギルドの前線にいた頃が懐かしい。あの頃は会う度に食べられたものだ」

「え?」

「ん、どうした? 弟君?」

「いえ、王宮にもドラゴンの肉は相当量あるはずなんですけど…… 宰相の地位でも滅多に食べられない物なんですか?」

 僕はヴァレンティーナ様を見た。

「そうね、おかしいわね。この間、第二師団が回収したスノードラゴンの移送分だけでも荷馬車五台分はあったはずよ。貴方が食べてないということは王の口にも届いてないのかしら?」

「アイスドラゴンの肉も爺ちゃんが相当量、献上したはずですけど?」

「それにフェイクドラゴンを討伐する度に荷馬車一台分は税金代わりに献上してるはずよ。なんであなたたちが食べてないの?」

「弟君の所にも、こんな料理を出せるほど入ってるのかい?」

「狩った本人が貰うのは当然の権利でしょ? それにわたしが送った分はギルドとして手に入れた分とレジーナの取り分からなんだから、送った分だけでもエルネストの取り分より多いはずよ」

「で、どれくらいある?」

 僕は言っていいものか、ヴァレンティーナ様を見た。

「言えない分は差し引いて言っちゃいなさいよ」ていう顔で頷かれた。

「リオナが毎月参加者約一万人の肉祭りをしても三年は持ちます。今年の分ももう獲ってきましたし」

「獲ってきた?」

「姉さんに誘われて無理矢理……」

「マリア姉さんとあんたの飛空艇を建造するために材料集めに行って貰ったのよ」

「それは本当かッ!」

 ガウディーノ殿下が飛び上がってヴァレンティーナ様に詰め寄った。

「あんたがしつこいからよ! ちゃんと代金、払いなさいよ!」

「だから島と交換にだな」

「飛び地はいらないって言ってるでしょ!」

 なんだ、まだ島の引き取り手ないのか? 余程の不良物件なんだろうな。

 宰相と目が合ったら、笑われた。

「そうなると困ったことになりますね。それ程の量、一体どこに消えたのやら」

「まったくだ」

「それを調べるのがあんたの仕事でしょ?」

「あの親父が袋鼠のように蓄えているとも思えんしな。もし手元に届いていたら晩餐会でも開いて、家臣に大盤振る舞いの一つもしてるだろう」

 なんだ、リオナのあの性格は親父譲りか?

「あの…… ところでこれは一体何の集まりで?」

 ふと気になったので尋ねてみた。


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