エルーダ迷宮快走中(チョビ編)17
もうヘモジが騎乗して戦える大きさだ。
「な、何すりゃこんなにでかくなんだよ?」
「レ、レベルは?」
「十一?」
「オクタヴィアの額ぐらいだったろ?」
ロメオ君はきのうの帰宅後の訓練後を知らなかった。
「今朝出かける前は、レベル五でジョッキのコースターぐらいの大きさだったんだよ」
「あの土蟹サイズあり得るかもね」
ロメオ君が嫌な予言をした。
「とりあえず、みんなで乗れる馬車のサイズを目指すんだからね」
ええ? 荷運び用の荷車クラスだろ?
「あんまり大きくすると迷宮の通路、通れなくなるんじゃないのか?」
「あのね召喚獣なんだから、召喚するときの魔力で強さも大きさも変えられるのよ。召喚主なんだからそれぐらい覚えておきなさいよ」
「いや、だって…… ヘモジは?」
「あれは愚図だから自分のレベルの調整ができないのよ。いっつも全開なの。そこがいいとこでもあるんだけど」
「お前は?」
「やろうと思えばできるわよ。でも、わたしの大きさはわたしが決めるの! オーダーは一切受け付けないわッ!」
いや、指でこっちを差さなくていいから。
「あのリオナがオーダー出すとも思えないけどね」
そう言ってロメオ君は笑い出した。ナガレの言い様がおかしかったらしい。
「お前のとこの召喚獣はバラエティーに富んでるなぁ」
「ほんと召喚獣じゃないみたいよね」
そう言うと親子で笑い始めた。
笑われて、ばつが悪くなったナガレは敗走し始めた。
「チョビ、行くわよ!」
「ちょ、ちょび? チョビって名前なのか? 自分たちよりでかくなる蟹だぞ?」
笑いに油を注いだ。
「フン!」
怒って大股で事務所を出ていった。
その様子を見て「可愛いわね、ナガレちゃん」と言ってまた笑い始めた。のだが……
ガリガリガリガリ……
ミシミシミシ……
「おい、なんの音だ?」
気付いたときには遅かった。
バキバキメキメキと出入口の柱がへし折られた。
でかい図体の蟹が無理矢理外に出ようと事務所の出入口に挟まってもがいていた。
「あああああああッ!」
「こら、ナガレーッ!」
蟹はようやく立ち上がって横になれば通れることを発見して、片手倒立をする様な格好で入口を取り抜けて出て行った。
僕たちは呆然とチョビの後ろ姿を見送った。
「ごめん、特大魔石サービスしとくよ」
僕はロメオ君に小声で言った。
「ありがと、でもお釣りが出ちゃうよ」
「いや、構わないよ。後ろのふたりを一緒になだめてくれればね」
僕たちは恐る恐る後ろを振り返った。
日が正中に達し、アイアンクローの痛みも癒えた頃、自分の敷地を巡る散歩を切り上げて、最近評判のお城のレストランに向かうことにした。
ガラスの棟の正面広場からフットベースグラウンドの脇を抜け、道場の裏手に続く新しい馬車道を歩いた。道の脇には色取り取りの花が植えられ、道行く人の目を楽しませる演出が施されていた。
今ではカーターが操る、お客様専用馬車が日に何度か決められた時間にここを往復する。
森のなかから笑い声が聞こえる。
馬車を使わず、森のなかの遊歩道を行く人たちだ。
魔物が出る心配がないので、子供連れや、お年を召した方でも安心して登れるハイキングコースになっていた。
おかげで、お城の上のレストランやお土産売り場は大盛況だ。なぜか僕の方にもキャッシュバックがあるので嬉しい限りだ。今のところ全額整備費に投入してるので、儲けはないが、それでも人が訪れてくれるのは嬉しいことである。
僕は脇道を歩きながらカーターの馬車がやって来るのを待った。二頭立ての二十人ぐらい乗れる駅馬車タイプの馬車を新調したのだ。カーターも今では鎧ではなく、燕尾服をお洒落に着こなして御者台に座っている。
時間帯が悪かったのか、なかなか馬車に巡り会えなかったが、ようやく馬車がやって来た。
「こんにちは、若様」
「こんにちは。精が出るね。店に予約が入ってると思うんだけど、乗せて貰えるかな?」
「生憎、本日も満員で、御者台しか空いてませんが、よろしければ」
「それで、充分」
僕は御者台に飛び乗った。よく分からんが、客車から黄色い声が聞こえた。
「何?」
カーターに小声で尋ねた。
「いい男を見ると女はみんなああなるんですよ」
「目が腐ってる」
「若様はこの町でも人気ナンバーワンですからね」
勿論、カーターの主観だ。
「冗談でしょ?」
「そのとぼけたところがいいんだそうです」
「じゃあ、もっとぼーっとしてなきゃ駄目だね?」
カーターは人懐こそうな笑顔で僕の冗談に答えた。
よかった。一番人見知りだったカーターもすっかりここの住人になったな。
馬車の上から眺める道すがらも、見応えのあるものになっていた。
わざわざ小川を引いてきて橋を架けたり、ハイキングコース用の休憩用のお堂を建てたりして、姉さんも結構楽しんでいるみたいだった。
「まるで、家の敷地のなかじゃないみたいだな」
「まるで夢のようです」
ようやく、石積みの門が現れた。最初の郭で馬車は止まった。
カーターは仕事に戻った。
客車の扉を開き、床下から引きずり出した階段を地面に設置した。
「お気を付けてお降りください」
僕は先を行くことにした。
案内係の女性が城門から出てきた。いつの間にか、門に警備員が立っていた。
門内の郭も花々で豪華に彩られていた。花のアーチまである。枯れていた濠にもきれいな水が流れていた。
「なんか、うちより豪勢なんですけど……」
城の持つ風格に当てられた。
「商売でやってるんです。見栄えも仕事の内ですから」
声の方を振り返ると、めかし込んだ、給仕服姿のロッタが立っていた。
「家がこんな風になってしまって、嫌じゃないかい?」
「まさか! こんな素敵な環境に住まわせて頂いて、文句を言ったら罰が当たります」
僕たちはふたり並んで歩いた。
ロッタは崩れかけた壁を人目に付く方だけ修繕したとか、お年寄りのためにベンチを用意したとか、トーチを増やしたとか、見たこともない花を植えてもらったとか、たわいもないことを嬉しそうに語ってくれた。
お土産売り場の小屋を横切り、長めの橋を渡ると、いよいよ城内に突入だ。
どんな風に様変わりしているか、楽しみである。
「うわぁあ」
思わず声が出てしまった。
すっかり別の建物に変わっていた。古城の古めかしさが中庭から一切消えていた。まるで新築物件の様だった。
納戸のあった一階部分と二階の一部がレストランになっていた。店舗部分の壁は真っ赤に塗られた木で覆われて、金色の装飾がなされていた。緑色の草木が眩しいほどよく映えていた。
振り返ると僕たちが入場してきた二つのアーチに支えられた城門館の上にも客室が設けられていた。下手をすると反対側の厨房上の使用人部屋まで店舗にしてしまいそうな勢いだった。 今は使われていない厨房の扉には、城内を巡る観光ルートの入口が設けられていた。
突貫工事だったのに想像以上の出来栄えだった。
店から出てきた数名の観光客が足早に向かい側の厨房入口から城のなかに入っていった。
どうやらあちらも盛況のようである。
「ご案内します」
ロッタが予約席まで案内してくれるらしい。
店内に入ると、そこはもう既に客で溢れかえっていた。会計を済ませる者と入ってくる者とでごった返していた。
僕は喧噪を横目で見ながら、二階への階段を登った。店内を圧迫しない様に必要充分の幅しかなかったが、それがまた心地よかった。両手で両サイドの手摺りを握れる程度の幅しかないが、それがまたあの主塔を登ったときの狭苦しさを思い起こさせた。
一番奥のテーブルに案内された。
打って変わって落ち着いた感じのボックス席だった。




