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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第九章 遅日と砂漠の蛇
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遅日と砂漠の蛇(アジ・ダハーカ討伐)12

 ゴツゴツした鱗に覆われた尻尾が振られて、周囲の建物が軒並み倒壊した。落下物を避けるために僕は立ち往生するしかなかった。

 不味いな。

 視界が瓦礫と埃で遮られる。転移して追い付こうにも目標が定まらない。僕は『楽園』からフライングボードを取りだして、追撃した。

 既にアジ・ダハーカは人がごった返している橋の根元に到達しようとしていた。橋の周囲にいる自分が生み出した分身たちを吸収するために。

 そうしてる間に落とした首がまた生え揃った。

 なんて再生能力だ。

 アジ・ダハーカの足が突然凍り付いた。

 ドナテッラ様だ。

 一緒にいる兵隊たちの精鋭が挙って己がスキルを見舞った。

 ヘモジに任せればいいものを。

 アジ・ダハーカは餌が飛び込んできてくれたことを喜んだ。そして長い首が鞭のように精鋭たちを襲う。冒険者じゃないんだ。対魔物装備などしている者などいない。

 結果的にドナテッラ様の手を煩わせることになる。

 顔面を魔法で弾かれのけ反った。

 凍らない?

 どうやら魔力が枯渇しつつあるようだ。姉弟子と言っても姉さんほどの馬鹿げた魔力は持ち合わせていないようだ。

 ヘモジが薬を手渡している。

 薬の説明をしているのだろう。会話をしている。渡したのは万能薬だろう。

 だが、その一瞬が、敵の攻撃を許した。

 巨大な尻尾が群衆の真ん中に振り落とされたのである。

「一刀両断ッ!」

 偉そうな服を着た女丈夫が出てきた。真っ赤な赤毛を振り乱して、大木より太く鉄より固い鱗を持った尻尾を切断した。

 装備しているのは魔法効果付きの大剣だ。剣が鈍く光っていた。

 でもそれは愚策だった。

 尻尾は群衆のなかに落ちた。

そして巨大な蛇と化した。切断面からも無数の蛇が沸いて出た。

 阿鼻叫喚の巷と化した。

 群衆は逃げ惑い、多くが水のなかに飛び込んだ。動けない者を押しのけ、踏みつけて。子供たちの泣き叫ぶ声が、女たちの悲鳴が聞こえてくる。

 水のなかに小さな蛇たちが獲物を求めて落ちていく。無数の叫びが空を覆った。

「駄目だ! 人が邪魔で攻撃できない!」

 人気のない場所に奴を吹き飛ばさないと、泥沼だ!

 僕は銃を構えた。

 巨大な雷撃が空から降ってきた。

 直撃を食らったアジ・ダハーカが悲鳴を上げた。

 雷撃だ! あの威力と正確な制御…… 人の上には一撃も落ちていない!

「氷槍ッ!」

 槍というには大きすぎる巨大な塊が大蛇を襲った。

 半分を粉砕し、残りを一撃で凍らせた。

 あの魔力……

「不浄なるものには死を! 聖なる光(ホーリーブラスト)ッ!」

 空に眩しい光の球が現れた。

 光に触れた蛇たちは悉く黒い煙となって蒸発して消えた。

 光の魔法……

「風の矢ッ!」

 矢は矢でもバリスタの槍だ。

 堅い鱗など物ともせず首を吹き飛ばした。

「ソウルショット!」

 銃弾が動き回る長い首にクリーンヒットしていく。

 相変わらずの命中精度だ。

 すべて同じ場所に叩き込んで、もう一つの首も弾け飛んだ。

「どうやら迎えが来たようだ。『魔弾』装填ッ!」

 最後の頭を吹き飛ばした。

「地獄の業火ッ!」

 三つの首と残った遺体が燃え上がった。

 周囲に散らばっていた雑魚蛇たちも火が付いていないのに一緒になって燃え上がった。

 どうやら本体の絶命と共に分離していた蛇たちも運命を共にするようだった。

「魔物退治終了なのです」

 見上げた瓦礫の上に尻尾を風になびかせた娘がひとり。

「ナガレは?」

「じゃんけんに負けて居残りなのです」

 空を見上げると零番艇が浮かんでいた。

 地獄の炎のなかから姉さんとエルフが颯爽と現れた。

「用は済んだ。帰るぞ」

 姉さんは見るからに不機嫌そうだった。

「ねえ、ねえ。あの敵なんだったの?」

 ロメオ君が盾をボードにして飛んできた。

「何それ!」

 僕は思わず声を上げた。

「凄いでしょ? 親方に改造して貰ったんだよ。格好いいでしょ?」

「凄く格好いい! 僕も改造して貰おうかな」

 単純にボードの基部を盾の裏側に合わせただけの物だった。元々薄い盾なので問題ないようだ。互いに干渉し合わないようにバイパス回路が組まれているだけの単純な物だった。

「ロメオッ! そんな話はどうでもいい! 撤収だ」

 ああッ、姉さん、沸点越えそうだな。

 全員が集合すると船が上空で停泊している砂漠に向かった。

「貴様たちは何者だッ!」

 先ほどの赤毛の女丈夫と取り巻きの精鋭たちが僕たちを囲んだ。

「ただの冒険者だ」

「ただの冒険者がアジ・ダハーカを倒せるものか!」

 取り巻き連中のひとりが叫んだ。

 姉さんの格好を知っていれば即ばれだった。

「ただの私用だ。お前たちの政争に荷担する気はない」

「とりあえず礼を言う。助かった。大事にならずに済んだ」

 充分大事だと思うが…… 封印するのがやっとだった過去を考えると余程の事態を想定していたのだろう。

「わたしは新体制派のリーダーをやっているルジェナ・チェシュカだ」

 リーダーって女だったのか。女族長という奴か? なんとも肉感漂う女性だった。アイシャさんが上品に見える。

 姉さんとふたり握手を交わした。

「隣国からの要請で封印している魔物の状況を見に来たのだが、案の定だったようだな」

「隣国? ミコーレか?」

「ただのお節介だ。いずれ皇太子が会いに行くだろう。それまではお前たちが気にすることではない。それよりも早く国をなんとかすることだ。王宮があの様では、諸国につけ込まれるぞ」

「アジ・ダハーカを名乗っていた独裁者も死んだことだしね」

 とりあえず落ち着きを取り戻した姉さんにほっとした僕は、つい口を滑らせた。

「死んだのかッ!」

 ルジェナ・チェシュカがにじり寄ってきて、僕の襟首を掴んだ。

「まさか、お前が殺したのか?」

 姉さんにも詰め寄られた。

「いや、アジ・ダハーカに同化しようとして、逆に食われた」

 リオナが間に入って、女丈夫と姉を僕から引き剥がした。

「それでアジ・ダハーカが復活したのか…… あのいかれ老人、死に際までやってくれるわ…… らしい最期と言えば最期だが」

 側にいたリーダー付きの伝令が群衆に向かって駆け出した。

 全員がその背中を目で追った。

 群衆から歓声が沸き起こった。崩れていた連中が起き上がり、抱きしめ合って神の名を讃えた。

 こういう事態を招いたのも神だと思うんだけどね…… 神というのはいい身分だ。悪さは自分のせいにはされないんだから。

「終わったのか…… やっと」

 女の目が潤んだ。

「ようやくこの国にも春が来る……」

 赤毛の女丈夫は改めて礼を言うと腰巾着連中と共に群衆のなかに去って行った。

 神の名を讃えていた連中が彼女の名を叫び始めた。

 大事件の割にあっさりしたものだった。戦などそういったものなのかも知れない。熱していた窯が急に冷えてしまったような、そんなむなしさが漂っていた。

 僕たちはドナテッラ様を含めて、横一線になって歩いた。リオナとヘモジが僕と手を繋いで歩いた。

「歩きづらい。ヘモジ、肩に乗れ」

「ナーナ」

 ヘモジは僕の手に介助されて肩に飛び乗った。

「よくやってくれたな、ヘモジ。今回は大活躍だったな」

「ナーァナー」

 身をよじって照れまくった。

「ナナ、ナーナ」

 あれ欲しい? 何?

 ロメオ君の改造された盾を指差した。

「分かった。注文しといてやるよ。今回大手柄だったからな」

 どうせ僕のついでだし。

「ドナテッラ、あんたには聞きたいことが山ほどある。覚悟しておけよ」

「そうね。山ほどあるわね」

 船は空中待機していたが、僕たちを見つけると高度を下げてきた。

 子供たちとヴァレンティーナ様が乗っていた。その傍らにはオクタヴィアを抱いて、不機嫌な顔をしているナガレがいた。


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