遅日と砂漠の蛇(かく語りき)13
帰路の途中、全員がサロンのテーブルを囲んでいた。
ミコーレの皇太子夫妻もサロンの奥のソファーに座っていた。
子供たちはただならぬ雰囲気に気圧されて遠巻きに見ている。
「まさかな、幻惑魔法とは……」
ジョルジュ殿下が第一声、溜め息を付いた。
そもそもの始まりは、大戦まで遡る。
大戦末期、終戦を模索していたアールハイト王家は各地に使者を派遣した。そのなかにアシャン老の長男にしてドナテッラ様の夫も含まれていた。夫と共に土地勘のある旧アシャール公国に派遣された夫妻であったが、当時独裁者であったボドラーク将軍は、旧大公家の生き残りの返還と和平を天秤に掛けた。
当然断った夫は、妻を逃がすために殺され、かろうじてアシャン老に救出された妻は復讐を誓った。
妻はアシャン老の弟子であった母に師事し、魔法を習得して、いつの日か来るその時を待った。
そして、彼女にそのときが遂に訪れた。
独裁政権に抗する内戦が勃発したのである。
独裁者は既に高齢であり、彼女は半ば諦めかけていた。そんな時に僕たちは出会ってしまった。
彼女の手に、チャンスと手駒が揃ったのだ。彼女の言う手駒とは、他ならぬ僕と姉さんだ。もっと言えば、その後ろにいる母を含めたヴィオネッティー家そのものである。
彼女は元より自分の命など欲していなかった。復讐さえなければ、とうの昔に夫の後を追っていたと言う。
そして彼女は自分の死をも利用する計画を立てた。
彼女にとって、最大の難問は他ならぬ自分のユニークスキルの行方だった。親族は皆殺しにされ、誰もいない以上、継承者は第三者となることは決定事項だった。自分が死んだらそのスキルは何処に行くのか? 志のある善良な人物に渡るとは限らない。しかも自分の死に場所はあの男の目の前であることは確定事項だった。刺し違えればいいが、その可能性を彼女は信じていなかった。
だから姉さんを巻き込む必要があった。あの男を倒せる唯一の人物として。
姉さん以外思い当たらなかったらしい。
そしてその手下を殲滅する力がヴィオネッティーにはあると判断したのだった。
彼女の少ない人脈を宛てにするとそういうことになっていた。
ボドラーク将軍もまたユニークスキルを持っていた。
彼のスキルの名は『魂喰い(ソウルイーター)』。相手の魂を奪うことでその能力を吸収するユニークスキルだ。
残念ながらスキルという形では能力は手に入らなかったらしい。結果的に判断してだが。
もしできるならドナテッラ様の親族をその手に掛けたときに『幻惑魔法』は既にものにしているはずだし、ドナテッラ様を殺すにしても、腹を抉るのではなく、魂を抜き取ることで完結していたはずだ。
要するに魔物相手にしか使えない代物だったわけだ。
ドナテッラ様が知る限り、当時、将軍は三匹の魔物の力を持っていたと言う。一匹は種類は分からないが蟹、もう一匹はワーグ。もう一匹はついこの間会ったキングベアだった。
一見しょぼいと思うかも知れないが、取り込める強さの総量みたいなものが決まっているらしく、より強い魂を吸いたきゃ、自分が強くなるか、手中に収めている魂を解放しなければならなかったらしい。将軍は昔この取り合わせがベストだと言っていたそうだ。弓も通さない堅い甲羅の皮膚。優れた嗅覚と足の速さ。そして強靱な肉体と圧倒的な腕力。将軍の地位はそうして手に入れたと父親の友人だった時代に膝の上で聞かされたそうだ。
今回、アジ・ダハーカを吸収するために、それらの古い魂とも決別したのだろう。だが、それでも足りなかった。アジ・ダハーカの魂は元の肉体に戻るために彼に容赦しなかった。
勝てない相手に勝つために、勝てる駒を利用する。姉さんはその点最高の駒だった。
ただ、本人に話すことはどうしてもできなかったと言う。
妹弟子に「あなたを自分の復讐のために利用させて」とは口が裂けても言えなかった。そのためにせっせと魔法を教え込んだなんて間違っても思われたくなかったらしい。だから、姉さんが自ら率先して将軍を討つ手助けをしてくれるように仕向けたかったのだ。そのための餌が自分の命だった。自分が殺されれば姉さんは必ず、その敵を討ってくれる。
「何が天才よ。凡人以下じゃないの」
姉さんが泣いた顔を見たのはいつ以来か……
兎に角、彼女が復讐というパズルを組み立てているときに、ネギを背負った僕が暢気に現れたというわけだ。そして遂にすべてのピースが埋まってしまったわけだ。
折良く、ヴァレンティーナ様に面会する機会を得た彼女は、すべてに終止符を打つ決意をした。そして今回の一連の事件に発展したのである。
まず、手始めにヴァレンティーナ様に僕を同伴者に加えるよう説得を試みた。
ヴァレンティーナ様に『幻惑魔法』を使ったのかという問いに、彼女は首を縦に振った。
一度だけ、どうしても姉さんにだけは知らせるという彼女の意思を削ぐために使ったそうだ。
ヴァレンティーナ様も違和感を感じたそうだが、『幻惑魔法』を掛けられているとはさすがに気付かなかったらしい。大概の心理攻撃に対する対抗付与は完璧だったから尚更、隙ができていたと言えるかも知れない。
口では姉さんとの関係が危うくなると言っていたにも関わらず、内心、危機感がまるでなかったらしい。
危機感を覚えたのは僕たちを送り出してしばらく経ってから、アラン団長からジョルジュ殿下宛てに情報が入ってからだそうだ。急いで姉さんを呼び出して、今回のお出迎えとなったわけだ。
ヴァレンティーナ様が僕に意味深なことを言ったのは、彼女が本能で危険を察知していたからだ。自分には分からない何かを僕に察知させたかったのだ。何かがあるとしたら、それはドナテッラ様が選んだ唯一のファクターである僕しかいなかったのだから。
なぜ自分が同伴者として選ばれたのか。そう、それが答えだったのだ。
僕を連れ出した理由。行き場を失った『幻惑魔法』の新たな依り代とするためだったのだ。
依り代に僕を選んだ最大の理由は血統である。
義父と同じユニークスキルを使えると聞かされたときから、僕は候補者リストの上位にいたらしい。亡くした夫とより近い縁のある人物に継承させたかったのだ。
さらに魔法使いとしての系譜である。爺ちゃん、母さん、姉さんと、僕が『幻惑魔法』を悪用したとしても、抗える存在が僕の周りにいることだった。
もっとも実際問題、どこの誰に継承されるか分からないのだ。いくつか希望を聞いておきましょう程度の話だったのだ。
ただ将軍より可能性があることは確かだったらしい。片や己のユニークスキルに窮している老人と、片や彼女曰く、『将来有望な若者』である僕とでは可能性が段違いなのだそうだ。
二度目に『幻惑魔法』を使ったのは、例の裏の運び屋の男に対してだった。頷かせるために使ったのだそうだ。
運悪く襲撃と重なって、皇太子夫妻からの情報は無駄になってしまったが。
そして三度目は見張り、最後は僕に使ったものだ。当初の計画では僕は外で陽動をしているはずだった。すべてが終るそのときまで。だが、僕は付いて行ってしまった。止むを得なかったそうだ。
まったくあと少し気付くのが遅れたら、即死を回避できても彼女は助からなかっただろう。
さて、ここで話が大きく脱線する。
「なんで死ななかったんだ?」という疑問が姉を皮切りに沸き上がったのだ。そして言わなくてもいいのにヘモジが余計なことを言った。
「お守りが効いた?」
ヘモジが自慢げにオクタヴィアとナガレに聞かせていた。
しまった、と思った。が、我が姉を始め、耳聡い者は聞き逃さなかった。
「お守り? どういうことだ?」という話になった。
僕はトップシークレットだ、と断った上で話し始めた。
子供たちはシャットダウンされて怒っていたが、さすがに本気で姉さんに諭されて尻尾が縮んでいた。




