閑話 パスカル君の災難9
いきなり関所が崩壊した。
「またヘモジか!」
ファイアーマンが身を乗り出した。
「ヘモジじゃないよ」
「今度はアイシャさんよ」
アイシャさんの風の魔法だった。
凄すぎ…… あれって人がやれることなのか?
ヘモジは戦い疲れてエルネストさんのリュックのなかで寝ていた。
代わりに追い出されたオクタヴィアがエルネストさんの肩の上に載っている。
「エルネストさんって、何もしないの?」
「さあ……」
リオナちゃんが忽然と消えた。
「ちょっと!」
「落ちた?」
はっとなって辺りを探した。
橋の上を巡回中の食人鬼の断末魔が聞こえた。
「すっげー、リオナ姉ちゃん! すっげーッ」
ピノ少年が尻尾を振りながらはしゃいでいた。
この少年には今の動きが見えていたのか?
僕には何が起きたのかまるで見えなかった。状況から察するにリオナちゃんが一気に間合いを詰めて敵を葬ったと言うことなんだろうけど。
稲妻が大量に落ちた。
ロメオさんとナガレさんの絨毯爆撃だ。
こっちも人外だよ。エルネストさんのチームって一体なんなの?
最後の関所の反撃を受けることもなく軽々通過した。
でも、最後の砦の丘には、見た目もグレードアップした食人鬼たちが待ち構えていた。
「闇の信徒はいなさそうかな?」
「いないです」
「闇の信徒?」
「迷宮の番人のこと。迷宮を派手に壊すと出てくるんだ。前回ちょっとやり過ぎちゃってね」
エルネストさんが笑いながらとんでもないことを言った。
「迷宮を破壊したんですか?」
「ヘモジのせいで今回も危なかった」
「飼い主の責任よ、飼い主の」
ナガレさんが戻って来た。
「本陣詰めの側近たち、槍持ちだから気を付けて。飛んでくるわよ」
わざわざ知らせに戻って来てくれたようだ。
噂をすれば、槍が間隔を置いて何本も降ってきた。
だが槍は宙で何かにぶつかったように地面に落ちた。
誰かが魔法で撃ち落としてくれたのかな?
丘の上の本陣では光る二匹の虎が暴れていた。槍を投げていた一回り大きな食人鬼がすぐに地面に引き倒された。
が、虎の一匹が消えた。
すぐさまロザリアさんが再召喚を始めた。
「ナーナ」
寝ていたヘモジがむっくりと起き出した。
そして今さっき虎の一匹を倒して、今なおもう一匹と対峙しているボスらしき敵をじっと見据えた。
「ナーッ」
突然、リュックから飛び降りると、ハンマーを振り上げ駆け出した。
道を遮る敵を一撃で地面にめり込ませる。
ヘモジはひたすら一直線にはずんでいく。
真剣なんだけど、思わず笑ってしまう。
「動きがコミカルすぎる……ぷっ」
「あそこだけ世界が違うわよね」
ファイアーマンもビアンカも同意見らしい。
後方から閃光がヘモジを追った。復活したロザリアさんの虎の片割れだ。ヘモジは大きく跳ねるとその虎の背中に見事に収まった。
「何? 召喚獣のコラボ?」
「ナーナーナーッ」
雄叫びを上げて、ハンマーを振り回し、遮る敵を次々打ち倒していった。
側近たちが迫り来るヘモジの道を防がんと立ち塞がる。
稲妻が走った。
一瞬で五匹が地に伏した。
ナガレさんの一撃だった。
落雷をすり抜けた敵がヘモジを打ち倒すべく、棍棒を振り回し対峙する。が、次の瞬間、その腕が白く凍り付いた。棍棒を振り回していた手首がもげた。
「ナーッ!」
ヘモジが薙いだハンマーが凍った敵を粉砕する。
ロメオさんのサポートだった。
突風が吹いて、本陣から迎撃に出てきた敵の増援が次々倒れていった。首を跳ねられて地に伏していった。アイシャさんの風の魔法だった。
善戦していたもう一頭の虎が敵のボスが振り下ろす槍に捕まった。
「させないのです」
ボスの両腕が空高く舞い上がった。槍を掴んだままくるくる回っている。
リオナちゃんはボスを踏み台にして、宙返りをしながら隣にいた側近の頭を吹き飛ばした。
「ナーナーナー」
雷を帯びたハンマーが木偶と化したボスの頭上に振り下ろされた。
「あっ!」
「不味いかも」
エルネストさんとオクタヴィアが呟いた。
地面が揺れた。
本陣のある丘の一部が崩落した。
「宝箱確保ーっ!」
珍しくエルネストさんが叫んだ。
本陣の天幕が落ちた。
「みんな無事かぁ?」
埃が舞って姿が見えない。
全員の声が確認できた。
「宝箱は?」
「ナーナ」
崩れた断崖ギリギリの所で巨大化したヘモジが小さな宝箱を摘まんでいた。
「間に合ったか」
「ヘモジ、自重しろよ。番人が出てきたらどうすんだ」
「いつもエルリンが言われてることですよね」
「飼い主に似るって言うもんな」
ロザリアさんとピノ君に突っ込まれた。
ズン。
地面が揺れた。
「遅かったか……」
エルネストさんが振り向いた。
今までにない大きな咆哮が聞こえた。
「パスカル君、盾を作動させて! 全員盾の後ろに入って、ここを動くなよ」
僕は言われるまま盾を構えた。
エルネストさんは銃の弾倉を外した。薬室に残った一発も落とした。
一体何してるんだ? 弾を全部抜いっちゃったぞ?
突然、衝撃が襲った。
巨大な食人鬼が森のなかから現れたのだ。
僕たちに覆い被さるように襲いかかってきた。が、何かに阻まれて迫って来られないようだった。
吠えながら巨大なそれは自分を遮る何かを破壊すべく殴りつけた。
「結界……」
ファイアーマンが言った。
「そうよ。ドラゴンのブレスさえ寄せ付けない最強の盾」
ロザリアさんが言った。
エルネストさんは銃を腰だめにして、銃口を真上に向けた。
「そして……」
巨大な食人鬼の頭が破裂した。
「『魔弾』…… 彼の最強の矛よ」
「格好つけてないで逃げろ、ロザリア。倒れてくるぞ」
僕たちは急いで落下地点から立ち退いた。
ズンッ……
土埃が舞い上がったが、ロザリアさんが風魔法で追いやった。
「これ何?」
ビアンカが震える声で言った。
「闇の信徒・破壊者、レベル五十五の迷宮の番人よ」
「五十五ッ!」
僕たち三人は驚きの声を上げた。
「相変わらず何も持ってないのです」
リオナちゃんがいつの間にか遺体の側まで来ていた。
「棍棒もただの木だな」
アイシャさんも戻ってきていた。
振り返るとヘモジとナガレさんとロメオさんが宝箱の番をしている。虎はいなくなっていた。
宝箱を開ける前にアイテムの回収を急いだ。最初に倒した連中の魔石が消えかかっていたのだ。強さは増しても魔石の大きさは変わらなかった。それに数もそれ程でもなかった。
「二十三個…… 道々拾ったのも合わせると風の魔石(中)は百十二個…… 凄い」
「いくら?」
「分かんない。自分で計算しなさいよ」
大雑把に百個として計算すると金貨八十枚だ。金貨八十枚!
「さあ、最後の難関だ」
全員が宝箱の周りに集まった。
金貨百七十枚。エルネストさんの話ではこの宝箱のなかにはそれだけの金貨が入っているらしい。
「すっげーよな、一攫千金だぜ」
ファイアーマンも興奮している。
全員、宝箱から下がらされた。どうやら罠対策らしい。
「ぬいぐるみ持ってるですか?」
そういや、出がけに小さなぬいぐるみを渡されたっけ。
「なんですか、これ?」
「お守り」
「こんなときに神頼みなんですか?」
「御利益なさそー。俺のショートケーキだぜ」
「百パーセント御利益があるのです。死にたくなければ、しっかり持っているのです」
リオナちゃんがいつになく真剣だ。
ロメオさんも盾を作動させている。
エルネストさんが一人、宝箱に対峙している。
「大丈夫だと分かっちゃいるけど、緊張するな」
沈黙が辺りを支配した。




