閑話 パスカル君の災難7
攻略ルートは一本道で、こちらからはほぼ上り坂だった。
敵は常に優位な位置を占めていて、岩を落とすという単純な攻撃が有効な地形であった。
先行する冒険者の一団がいた。
「あっちに何があるのかな?」
正規のルートではない方向で狩りをしているらしい。
ロメオさんが『エルーダ迷宮洞窟マップ・前巻』を確認したが、あちらで狩る理由は見当たらないと言った。
「戦いやすい地形でもあるのかな?」
森のなかを進むと先頭を行くリオナちゃんとナガレさんが立ち止まった。
「三匹見つけたって」
僕たちの前を行く猫が解説した。
「二匹だけやるって」
リオナちゃんが双剣の一方を構えた。
仕込み銃だった。遠距離から二匹を簡単に仕留めた。
「じゃあ、パスカル君たち頑張って」
ええっ、いきなり、ここで?
エルネストさんが突然こっちに振った。
「この距離じゃ届きません!」
ビアンカが言った。
「あ、そうだった。もう少し近づこうか」
エルネストさんの動きに合わせて僕たちは前進した。
僕の射程には入ったがまだふたりの射程ではなかった。
ようやく僕たち全員が戦える位置に着いたとき、敵はもう目の前だった。
正直これのどこが遠距離戦だよと思った。一発しくじれば、あっという間に接近戦が待っている。
これが入学一年目の新人の実力なんだと思い知った。
「行くよ!」
僕が電撃を落とした。この距離なら外さない。
続いてビアンカとファイアーマンが風の刃と矢を放った。
食人鬼は僕の攻撃で麻痺したせいで動けなかった。
ラッキーだった。
そこに追撃がきれいに決まった。
やったッ! 倒した!
「まだ元気」
猫が言った。
え? まだ生きてる?
続けてもう一撃。ビアンカもファイアーマンも二撃目を叩き込んだ。
「あと少し」
僕たちの三度目の攻撃でやっと食人鬼は倒れた。
「終った……」
「ご苦労さん」
一匹相手に全力を出す羽目になった。すっかり空っぽになってしまった魔力を貰った万能薬で補充する。
魔法の杖を使っているファイアーマンだけがけろっとしていた。
「なっとらんな。ファイアーマンは杖を使っているから仕方ないとして、娘、お前は何をしている?」
じっと後方で見ていたエルフがビアンカににじり寄った。
「何って……」
「パスカルと一緒にいて学ばなんだのか? イメージこそが魔法の原資だと。その歳で何を定型に縛られておる。定型など魔力の衰えた年寄りのすることじゃ。安易な妥協は成長を妨げるぞ」
「でも学校では定型の形から入るんです。仕方ないんです」
「本当にそうか? 才能が泣いておるぞ」
アイシャさんの言葉にビアンカは言葉が詰まった。
「それとファイアーマン。漠然と杖を使うな。なぜエルネストがその杖を使わせているか考えろ」
僕のときと同じだ。風魔法をマスターさせようとしているのだ。そして火と風とくれば、炎の合成魔法が待っている。まさにファイアーマン、君のためのカリキュラムだ。
「パスカル。お前はもっと繊細さを学べ。レジーナやエルネストの魔法を見てきたからかもしれんが、無駄な力を使いすぎじゃ。今の半分の魔力で同じ威力が出せるはずじゃ。肩の力を抜け」
アイシャさんが矢継ぎ早に僕たちに課題を提示した。
「下がっている間、よく見て感じろ」
アイシャさんの話が終ると全員が何も言わずに前進した。
「ほら、魔石と装備を回収するぞ。自分たちの成果を見ないでいいのか?」
エルネストさんが言った。
僕たちは自分たちの倒した食人鬼を見下ろした。
「俺たちがやったんだよな? これ」
ファイアーマンが感じ入っていた。
「うん」
そうだよ。僕たちの初めての成果だ。
「今の僕たちの実力ではこれが精一杯なんだな」
嬉しいのか、悔しいのか目頭を熱くしながら、僕たちは石の入った指輪二つを回収した。
「一番高価な物を忘れておるぞ」
アイシャさんが僕の頭をポンと叩いた。
そして遺骸の足首のアンクレットを外した。
「銀だ」
僕たちは唖然とした。安いただの輪っかだと思っていたのに。
「学ぶことが多そうじゃな」
そういうとエルフは満面の笑みを浮かべて笑った。
本当に…… 僕たちはまだ何も知らないひよっこだ。
変化した風の魔石(中)を拾いながら、僕はファイアーマンの顔を横目で覗いた。
ああ…… やっぱり……
ビアンカと目が合って、思わず笑った。
「ほれっぽい奴」
僕たちは互いに肩をたたき合い、笑いながら前に進んだ。
「次はピノだぞ」
「頑張る」
先を進むと同じように敵が駐屯していた。
「ピノ、一緒にくるです。狙い所を教えてあげるのです」
「必中なしでやるのか?」
エルネストさんがリオナちゃんに尋ねた。
「ピノならできるのです。エルリンのライフルを貸すのです」
「必中ってなんだ?」
ファイアーマンが小声で黒猫に尋ねた。
「銃に必中の効果付ける。簡単に当たる。でも、急所当たらない。上級者は自分で狙う。必中いらない」
「なるほど。寸足らずの説明ありがとう」
猫パンチがファイアーマンにヒットした。抉るように叩き込まれる肉球。
「もうちょっと猫らしくしろって言われない?」
「猫じゃないから」
そういうとふてぶてしく二本足で去って行った。
「可愛い……」
ビアンカはすっかり猫の虜になっているようだ。
岩場の陰に陣取り、ふたりは銃を並べた。
敵は四体。討ち漏らすと面倒だ。僕たちは一歩下がって様子を伺う。
リオナちゃんが発砲して一匹めにとどめを刺すと、すぐにピノが別の一体を狙った。
が、討ち漏らしたようだ。すぐさまリオナちゃんが二匹目にとどめを刺した。
ピノが更に別の一体を狙う。今度は当たったが急所ではなかった。
食人鬼は吠えた。残りの一体が異常に気付き、騒ぎ始めた。
このときリオナちゃんは手を止めた。ピノにやらせるつもりらしい。
「いつも空の上でしているようにするのです。大丈夫、エルリンが守ってくれているのです」
スパンと敵を射貫いた。敵が身体を揺すりながら迫ってくる一瞬を貫いた。
お見事!
「よくやったのです。もう兎ぐらいは狩れるようになったのです。常に風下からなのです」
最後の一匹で復習をして、彼の本日の実地訓練は終了した。
よくこの距離で当てるもんだと感心した。
僕たちは獲物の回収を行なうと先に進んだ。
「吊り橋だ」
その先に巨大な要塞の第一の関所が待ち構えていた。
「難攻不落の要塞だってさ。どうやって攻略するんだろうね?」
「ヘモジじゃないか?」
突然、エルネストさん抜きでじゃんけんを始めた。
オクタヴィアはグーパーしかできないので最初に負けた。
「ンニャァア」
奇声を上げた。
黒猫が吊り橋を渡っていった。
このままでは巡回の兵士と対峙する。
「大丈夫かしら? オクタヴィアちゃん」
ビアンカが心配そうに見つめている。
見ればリオナちゃんもナガレさんもロメオさんもロザリアさんも戦闘態勢を取っている。
何かあれば即攻撃する用意はあるようだった。
ピューッ。ピィーッ。
渓谷に笛の音が響き渡った。
オクタヴィアが叫んでいた。
「なんて言ってる?」
「同士討ちがなんとか」
ここまではっきり声が届かなかった。
オクタヴィアと接触しそうだった二匹の巡回兵が突然争い始めた。
その横をオクタヴィアは素通りして、城門で同じことをした。
何やら、敵がワラワラと動き出した。そして金属がぶつかり合う音や咆哮が遠くに聞こえ始めた。
「何が起きてるの?」
ビアンカが呆然としている。
「あの猫が同士討ちさせてるんだ……」
僕が言った。
橋の上の一匹が仲間の一匹を奈落に落とした。
勝った一匹は叫びながら砦の門に引き返していったが、大岩が頭上から降ってきて圧死した。
しばらくすると喧噪が収まった。
僕たちは前進する。アイテムを回収しながら、無傷で城門を突破する。
黒猫が戻って来た。
「あれだけ」
残っている敵はボロボロに傷ついた敵兵が一匹だけ。
「何匹いたんだ?」
僕は周囲を見渡した。見ただけでざっと十匹分の遺体があった。城門の上などにもまだまだいるだろうから、倍以上いるに違いない。
「黒猫一匹が…… これを」
みんな何ごともなかったようにアイテムの回収をしている。
黒猫はエルネストさんのリュックのなかに収まると頭だけを出して目を細めた。
「疲れた」
回収した魔石は二十四個だった。




