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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第八章 春まで待てない
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閑話 パスカル君の災難5

「うっわー、気持ちいい」

 裸で入るのは気が引けたけど、本当に気持ちいい。

「身体中の疲れが癒やされていく」

 タオルを頭に載せてファイアーマンもご満悦である。

「でしょ? 初めて入る人はみんなそう言うんだよね」

 子供たちが嬉しそうに笑った。

「そういや、お前らって、エルネストさんのなんなの? みんな、あの家で暮らしてるのか?」

 ファイアーマンがぶしつけなことを聞いた。

「俺たちはあの村の子供さ」

 子供たちは窓の外を指差した。

 大浴場のガラス張りの窓の向こうに、夕飯の支度を始めた、いくつもの竈の煙が見えた。

「元々、僕たちは外の村に住んでいたんだ。奴隷商人たちに村を襲われて、僕たち五人は誘拐されたんだ」

 テトが言った。

「でもこの町の人たちが助けてくれた」

「僕たちはみんな、家族を殺されて、村を焼かれて、どうしていいか分からなくて困ってたんだ。そしたらエルネストさんが空の上から朝日を見せてくれたんだ」

 彼らの身の上話は衝撃的だった。

 奴隷制度が北の国々で残っていることは知っていた。でもすべては他人事だった。

 実際に誘拐されたという子供たちを目にして僕の心は揺れた。

 ファイアーマンもしきりにタオルで汗を拭く振りをして顔を拭いた。

 エルネストさんが彼らを助けた経緯も、それからのことも聞かされた。獣人の探知能力を買われてあの船、飛空艇の乗組員になったこと、ワイバーンや火竜と空中戦をしたこと、西方辺境に行ったこと、第一師団に貸したらドラゴン相手に船を全損されたこと等々。とんでもない話も聞かされたが、総じて彼らにとって楽しい思い出になっていた。肉祭りとか、肉祭りとか。

「悪いこと聞いちゃったな」

 ファイアーマンが僕の耳元で呟いた。

「いいよ。実際にあったことだもん。なかったことにはできないよ」

 聞こえてた。

「そ、そうだな」

 ぐうううっ…… ピノの腹の虫が鳴いた。

「お腹空いた……」

「今夜の夕飯何かな?」

 ピオト少年が話のグレードを大幅に落とした。

「初めてのお客さんにはハンバーグじゃないかな?」

 テトが答えた。

「がっつり肉がいいな。昔みたいにドラゴンステーキ出ないかな」

 え? ドラゴン?

「ドラゴンって?」

「前はレジーナ姉ちゃんと兄ちゃんがドラゴンの肉仕入れてきてくれたんだよな」

「スノードラゴンと、アイスドラゴンの味比べもしたよね」

 ええ? アイスドラゴン? それってあの氷像の?

「あの肉どこ行っちゃったのかな? リオナ姉ちゃんが馬鹿食いしたって、そう簡単になくなるはずないんだけどな」

 なんか凄い話になってるんだけど……

「やっぱり高く売れるから売っちゃったのかな?」

「あーっ、思い出したら食べたくなった!」

「兄ちゃんに聞いてみようぜ」

「何を?」

 エルネストさんがいつの間にか湯船に浸かっていた。

「ドラゴンの肉どこ行ったの? 全部食べちゃったの?」

「食べてないよ」

「あるの?」

「あるよ」

「食べたい! 今日食べたい! 絶対食べたい!」

「何言ってんだ。お前ら最近よく食ってるじゃないか」

「いつッ! 食べてないよ! 誰か抜け駆けした?」

「してないよ!」

「するわけないだろ!」

 鬼気迫る様子だった。

 それに引き替えエルネストさんはお湯の表面にタオルを浮かべて、風船を作りながら飄々としていた。

「ハンバーグ食ってるだろ? あれの挽肉、ドラゴンの肉だぞ」

「え?」

 長い沈黙が流れた。

「嘘だ!」

「いい所の部位じゃないけど、悪い肉じゃないぞ。うまかったろ?」

「ほんとか?」

「嘘言ってどうする」

 子供たちの顔が見る見る赤くなっていく。

「兄ちゃんの馬鹿ーっ!」

「なんでそんな大事なこと、黙ってんだよーっ!」

「心構えってものがあるんだからなぁ!」

 バシャバシャと湯船のなかで子供たちが暴れまわる。

 エルネストさんに当たれないから、水面に当たる。

 尻尾で水を叩くの止めて!

 跳ねた水が目に入るから……

「嗚呼ーッ、兄ちゃんのせいで幸せ損した」

「もし事前に知ってたら、毎日ハンバーグでも幸せだったのにーッ」

「兄ちゃんの馬鹿ッ!」

「若様ッ!」

 三人に迫られて、エルネストさんもたじたじになった。

「そうだ! 僕たちまだ食ってないぞ」

 ピオトが言った。

「何?」

「チーズ載せハンバーグ!」

「おおっ!」

 なんだ? チーズ載せハンバーグ?

「夕飯はもうアンジェラさんが作ってるよ。今日のところは諦めるんだな」

「俺、お願いしてくる!」

「僕も行く!」

「僕も!」

 僕とファイアーマンとエルネストさんを残して、子供たちは猛烈な勢いで脱衣所に消えた。

「凄いですね。子供たち」

「あいつら肉に目がないからな……」

「ドラゴンの肉ですか?」

「まあね」

「僕たちも食べられますかね?」

「当然、食べて貰うよ。何ごとも経験だからね」

「ところで、どこ行ってたんですか?」

「ああ、今日の仕事の報告。報告しないとお金貰えないから」

「ギルドの仕事ですか?」

「そだよ」

「明日狩りに行くんですよね?」

「行くよ。魔法使いの戦い方を見せてあげようと思ってね。最後にはお宝がっぽり。計算では金貨百七十枚にはなるはずだよ」

「え? 百七十枚?」

「明日は八人で行くからな。ひとり頭、金貨二十一枚だな。」

「二十一枚!」

 僕たちの日頃の内職の成果が霞んでしまう……

「最高難度の宝箱だから、それ位はね。普通その宝箱、開けると死ねるから」

「ええーっ?」

「三人の実力も見せて貰うからな」

「こっちも見せて貰いますからね」


「うおおおおっ! ス、ステーキだ」

 子供たちが頭半分濡らしたまま泣いている。

 どうやらサエキさんという獣人の使用人さんが聞いていたらしく、メニューの変更がギリギリ間に合ったようだ。

 食卓に並んでいるのはドラゴンのステーキと、ドラゴンの挽肉を利用したデミグラスチーズハンバーグだ。

「こ、これがドラゴン……」

 口に運ぶファイアーマンの手が震えている。

「美味しい」

 味と香りが口いっぱいに広がって、雪のように舌の上でとろけて消える。

「こっちの部位はスノードラゴンなのです」

 こっちは?

「そっちはアイスドラゴンなのです」

 ええ? 違う肉なのか?

「ほんとだ! 全然違う…… アイスドラゴンの方が肉らしい味ね。歯ごたえもあるわ」

 ビアンカが言われるまま別のピースを口にした。

 有り得ない。ドラゴンの肉の食べ比べなんて……

「チーズハンバーグもおいしいよ」

 口にソースを付けたチコちゃんが言った。

「なんだ、このソース!」

 ファイアーマンが項垂れた。

「学校通ってうまいもんが食えるようになったと喜んでいたのに、上には上があったんだな」

 すっかり燃え尽きて、灰になっている。

「きのうまでと違う気がする……」

 ハンバーグを口にして少年たちが幸せそうな顔をする。

「当てにならない口だね」と使用人頭のアンジェラさんの言葉にみんな笑った。

「その肉ほんとは、コロコロのミンチだって言ったら信じるか?」

 エルネストさんが爆弾を落とす。

 男の子たちは固まった。ふたりの姉妹はにやけている。

「冗談だよ」

「兄ちゃんッ!」

「若様、酷いよ! 騙すなんて」

「ほんとは千年大蛇の――」

 楽しい食事だった。モチモチしたドワーフのパンも、ヘモジが選んだという野菜や果物も美味しかった。

 部屋に戻ってファイアーマンといろいろ話そうと思ったが、食べ過ぎたのか、まぶたが重くなってしまって、僕たちは早めに休むことにした。


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