閑話 パスカル君の災難3
「ご苦労さん」
エルネストさんがねぎらいながら場所を譲った。
リオナと名乗った少女がおもむろに銃を構えた。
「重くなったのです」
「ああ、ちょっと改造したんだ。アガタの勧めで重心を変えたんだ。手ぶれが少なくなったはずだよ」
「エルリンだけずるいのです」
「お前のはアダマンタイトなんだからしょうがないだろ」
今凄い名前を聞いた。
「アダマンタイト……」
「一応、ユニコーンに断わり入れろよ。いきなり撃つと敵と間違われるぞ」
「この船を知らないユニコーンはいないのです。耳を塞ぐのです!」
バスン、バスンと空気の抜けるような音が三度した。
「あーっ! 一匹外したのです! 枝が邪魔したのです」
ええ? この距離から当てたの?
落雷が落ちた。
どうやらユニコーンが自身で仕留めたようだ。
「ユニコーンに被害は?」
「もう回復させたって言ってる」
別の窓から覗いていたチコちゃんが振り向いて言った。
言ってる? なんでわかるの?
「あの規模の集団なら滅多に死なないのです」
「よし、離脱する。進路を戻せ」
『了解!』
「今日はロメオ君がいないからな。操縦席に行ってくる。後頼んだ」
またエルネストさんが操縦席に消えた。
「それにしても凄いな、あの銃。この距離から仕留めるんだぜ」
ファイアーマンの目の色が変わった。
「千年大蛇を見たら驚くぞ。ここからは見えんが、でかいからな。お前たちなど一飲みだ」
エルフが話し掛けてきた。
「あれ撃たせて貰えないですかね?」
「あれは駄目だ。エルネストのスキルに特化した銃だからな。射程がありすぎて使いづらい。どうせ明日狩りに行くから、そのとき市販の銃を試させてやろう。魔法とはまた違った趣があるぞ。さあ、お茶にしよう」
「やった。今日のお菓子何?」
急にみんな子供らしくなった。
「シュークリームだって」
「また兄ちゃんが発明したのか!」
「リオナとロザリアはエルリンの実家で食べたのです」
「でも試作品だから甘すぎたら言えって言ってたぞ」
「それはエルリンが作ったのが初めてという意味なのです」
「作ったのエミリーだろ?」
「うるさいのです! 黙って食えなのです」
「お客様がいるんですよ! はしたないですよ」
「静かにできない奴は窓から落とす」
随分殺伐としたお茶会だな。操縦士をしていた少年もやって来た。
「もうすぐ着きますよ」
物腰の柔らかい少年だった。
「え? そうなの?」
「スプレコーンって国境に近いのね」
「普通の馬車なら一週間の距離ですね。駅馬車だと三日かな。街道、平らで真っ直ぐだから馬車でも速いですよ」と言った。
「我が家の馬車なら二日なのです」
子供たちがシュークリームというお菓子を食べた途端、雰囲気ががらりと変わった。
「甘いのです」
「はぁあ、若様はお菓子作りの天才だよ」
「お代わりある?」
「ひとり二つだって」
「えーっ、足りないよ」
「美味しい。何このふわふわ感」
ビアンカも舌鼓を打った。
「うめー、なんだこりゃ?」
ファイアーマンもご満悦だ。
「ナーナ」
「このクリーム、ヘモジが作ったの?」
髪飾りの少女がヘモジの言葉を通訳した。
「ナナ、ナーナ」
「自動泡立て器? それってこないだ、お城から持ってきた?」
「ナナ」
「あれ使ったですか?」
「ナーナ」
「あれ、武器じゃなかったのね。てっきり開発中のものかと思っちゃったわ」
「ナ、ナナナナーナ」
「リオナ、大変よ!」
「どうしたですか?」
「あの泡立て器の情報を外部に漏らしたら、お肉一週間抜きだって!」
「ええーっ!」
あれほど格好よかった少女の耳がへたれた。
と思ったら急にピンと立った。
「あっ、助かったのです! すっかり忘れてたです。エミリーにあげようと思って、机に置いたままになってたです」
「なんでもかんでもマギーさんに売るの止めなさいよ。いくらお友達だからって。オクタヴィアもよ!」
「にゃッ」
ロザリアさんに怒られた黒猫が驚いて、ぷにゅっとシュークリームを踏んづけた。
なかのクリームが弾けて、よりによってそばにいたエルフのお姉さんのきれいな髪に……
「ふ、不可抗力です。ご主人様……」
凄い殺気が充満した。一瞬で息苦しくなった。
『おーい、殺気がここまで伝わってきてるぞー。食べ終わったら、降下準備始めてくれよ。聞いてるかー、見えてきたぞ』
伝声管からエルネストさんのとぼけた声が聞こえた。
最悪の事態はエルネストさんのおかげで回避された。
「エルフ怖ーっ。ちびるかと思った」
ファイアーマンの火も消えそうな勢いだった。
「見えた! 空中庭園だよ」
チコちゃんが、望遠鏡を覗き込んでいた。
全員が進行方向を見つめた。
「ほお、ここまで完成していたか」
怒っていたエルフも溜飲を下げたようだ。とはいえ黒猫は直立不動で置物のように立たされていた。
「そろそろ祠でも建てて貰おうかしらね」
それは煉瓦造りの階段構造をした巨大な建造物だった。
「まるで山だな」
建物の頂点から湧き出した水が下へ下へと流れ落ちて最後は大きな池に降り注ぐ。
「とても人工物だとは思えないわね」
「ここを拠点にミコーレの砂漠を緑化するんだ」
クリームを口に付けたまま、ピノ少年が言った。
ほとほと、スプレコーン領というのはおかしな所だと思った。町だけでなく、こんな建造物まであっという間に造ってしまうんだから。
「ユニコーンだわ!」
池の畔で水を飲んでいる。
「さっき助けた一行なのです」
「ええっ! ユニコーンってそんなに速いの?」
「悪さしても逃げ切れないので注意するのです」
そんな気ないから。
「この森ではユニコーンも人と同等の権利が与えられているから、間違っても傷つけたら駄目だからな」
僕たちはピノ少年の言葉に頷いた。
ゆっくり高度を下げながら船首の向きを変えていく。
近くで見ると、建物が建設中だとよく分かる。壁の半分はまだ煉瓦も組まれていなかった。
船が止まると子供たちは出口のハッチに向かった。
「積み荷を下ろしたら、すぐ帰るからな」
エルネストさんが戻って来た。
「船を完全に固定するのが面倒だからさ。今のうちに身体を伸ばしておくといいよ」
『停止確認』
子供たちが外に飛び出して行くのが窓から見えた。
「あっ!」
レジーナさんを発見した。
「おい、レジーナさんだ」
「なんですと!」
ファイアーマンが窓にかじり付いた。
「あの人が…… うわっ、美人」
ビアンカも窓に貼り付いた。
「い、行こうぜ。早く紹介してくれよ」
ファイアーマンが僕の背中を押すので、僕はエルネストさんをおいて船を降りた。
「お、来たな。パスカル少年」
「お久しぶりです。レジーナさん」
相変わらず、きれいな人だった。フライング気味にファイアーマンが自己紹介をした。そしてビアンカも。
「すまないな、町で歓迎する予定だったんだが、向こうの砂漠でサンドワームが暴れていてな。念のために駆り出されたんだ」
さすがレジーナさんだ。
「エルネスト、暇そうだな」
「どーも、お陰様で」
「お前、国境の向こうに行って何匹か仕留めてこないか?」
「すぐ帰りますよ。どうせユニコーンの敵じゃないでしょ?」
「そりゃそうなんだが。あいつらが砂を吐き出す度に砂っぽくてかなわん」
「ヘモジ!」
「ナーナ?」
エルネストさんはヘモジを呼んだ。
「あの辺りにいるミミズを少し退治してきてくれるか?」
「ナーナッ!」
ヘモジが嬉しそうに飛び跳ねた。身体をぷるぷるさせている。武者震いか?
「じゃ、よろしく頼むよ」
「ナーナ!」
「行くぞ! 再召喚!」
砂漠の向こうに突然、手に大きなハンマーを持った大きなトロールが現れた。




