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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第八章 春まで待てない
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春を探して(お城探索)15

「ごめんなさいね。お父様ったら魔法を解かないで行かれたのね。泥棒除けなのよ」

 二階の階段を上がってすぐにあるラウンジに僕たちは腰を下ろした。

「この城の結界はそう簡単に破れないでしょうに」

「それは今だけですわ。さすがに普段はここまで厳重ではありませんから」

「あの、お父様って? 爺ちゃんに子供は……」

「わたしはルノアール様の亡くなった長男の嫁なんです」

「え?」

 それって、先の戦争で亡くなったっていう? それって……

「わたしが嫁いだのはあなたぐらいの歳でしたわ。一年もしないうちに戦になって…… せめて子供でもいたらよかったのだけれど」

 今何歳なの? このひと。戦争って僕が生まれる前だよ。

「皆に若作りだと言われるのよ」

 こちらの疑問を察したのかにこりと笑った。

「春の匂いがするのです」

 リオナが窓から外を見て呟いた。

「ナナ?」

 ヘモジも窓の縁に立って周囲を見渡した。

「ナー?」

 鬱蒼とした茂みが広がっていたはずの郭には手入れの行届いた木々が青々と茂っていた。何もなかった花壇には冬の花々が色鮮やかに咲いていた。

「やっぱりすべての魔法陣をリンクさせるのは不味いわね。一度に化けの皮が剥がれてしまったわ。解除しやすいようにリンクさせたのが間違いだったわ。横着しちゃ駄目ね。もっとも今まで壊されたことはないのだけれど」

 ヘモジが上の階段を上ろうとするとドナテッラ様が引き止めた。

「ヘモジちゃん駄目よ。三階はお父様以外立ち入りできないの。ごめんなさいね。この城はいろいろ物騒だから」

「ナーナ」

 ヘモジは僕の膝の上に戻って来た。

「雪のなかに春が来たです」

 リオナが勝手に窓を開けて身を乗り出した。ヘモジが開いた窓に飛び込んでいく。

 せわしない……

 しばらく景色を眺めているとメイド少女がお茶を持ってきた。そして隣の食堂から焼き菓子を。

 ふたりの興味は一瞬で焼き菓子に移った。

 

 アシャール公国というのはミコーレとコートルーが国境を接する隣国だった。戦後、経済が立ちゆかなくなって政権が崩壊。国王一家が斬首された。

 故に今は旧アシャール公国と呼ばれる。

 今もって政権は安定せず、経済もすっかり斜陽と聞く。独裁を強いてきた新しい公爵もいずれ先任者の後を追うことになるというのが専らの噂である。

 ということはここにいるドナテッラ様は先の公国公家の生き残りというわけだ。

 気の毒という言葉しか浮かんでこない。

「再婚とかのお考えは…… おきれいですし」

「幸せなときの記憶が邪魔をして、足踏みしてしまって」

「十二人委員会?」

「あらやだ、幽霊じゃないわよ。ほら」と言って僕の手を握りしめた。

 僕はドキリとして、頬が熱くなった。

「姫様! はしたのうございます!」

 ロッタがその手を引き離した。

 リオナがほっぺたを膨らませているロッタの頬を後ろから両手で挟み込んだ。

「温かいのです。生きてるです」

 ロッタが真っ赤になった。

「これからはみんなと遊べるのです」

「わ、わたしには仕事が!」

「子供は一生懸命遊ばないといい大人にはなれないのです」

 一理あるけど、獣人の遊びは駄目だ。大人になる前に死んでしまう。

「委員会の老人たちは大広間で朝から晩まで取り留めもない議論のしどうしなのよ。大広間はこの城の名の由来になるくらい、それはもう美しい場所なのだけれど」

「あの老人たちのおかげで立ち入り禁止になっているのです」

「皆、生きていた時代が違うから、考え方も価値観もばらばらで、挙げ句に今の時代とは違う、遠い昔の話をしているのだから時間の無駄でしかないわね」

「大広間が見られないのは残念だな」

「ごめんなさいね」

「他にもいろんな物があると聞いて来たのですが」

「それでしたら主塔の方に。今は使われていない空き部屋を倉庫代わりにしてますの」

「上がっても?」

「どうぞ。お父様が渡した鍵で開くなら、それは許可したと言うことですから。ただ」

「ただ?」

「あそこの埃は本物ですよ」

 僕たちは笑った。

「そう言えば、礼拝堂の鍵がなかったのですが?」

「あの礼拝堂には外部の方は立ち入れません。今は亡き奥方様や家族の霊廟があそこにありますから」

 僕たちは一度お暇して、主塔に登ることにした。

 好奇心が疼いて、あの主塔の天辺から周囲を眺めたくて堪らないのだ。


 階段を降りて騎士の間の隣の部屋を覗くとそこは執務室だった。

 アシャン老が使っていないならここもただの空き部屋だ。壁のごてごてした模様が落ち着かないし、ステンドグラスも統一感がなくてばらばらだ。一言で言うとこんな場所でいい仕事はできない、だ。僕が住人なら改装するのはここからだ。

 等身大の女性の肖像画があって、見たときはびっくりした。

 ついでにその隣も覗く。

 居間か?

 壁紙は植物柄のベージュ色、天井は白一色で、簡素な部屋だった。寄木細工の鮮やかな床だけが目立つ。大きめのタンスが三つとチェストがチラホラ。部屋の隅に六人掛けのダイニングセットがあるが、ここも最近使われた形跡がない。

 生活空間はすべて二階に集約されているのだろうか?

 ぽつねんと出窓に飾られたたった一つの壺がやけに悲しく見えた。

 廊下に面した最後の扉を覗くとサロンが現れた。

 不意のお客のためにここだけはしっかりしているようだった。

 ダイニングテーブルやタンス、鏡台など一通りの物は揃っている。出窓にはオルゴール。壁紙も暖色で部屋全体が暖かく感じられた。

 突き当たりまで来たので折り返して、玄関から外に出る。

「うわぁあ」

 更地だったはずの庭に、色取り取りの草花が生えていた。

 石で囲まれた花壇には野菜かな?

 納戸側の壁一面には蔓が絡まり、アーケードの柱の下にある丸い鉢の植木は倒れそうなほど枝葉を広げていた。

 ハイサックス領というのは海の影響か、ここより大分暖かい気候だったらしい。

「ここだけ春がある」

 リオナが泣き出しそうなくらい嬉しそうな顔をしている。

「上に行くぞ」

 主塔の扉を潜り、薄暗い螺旋階段を上る。

 歩く度に埃が舞う。埃を吸わぬように背の低い順に並んで登る。

「ナーナ」

 段差がきついらしくヘモジはすぐに僕の腕のなかに収まった。


 三階に辿り着いた。鍵は掛かっていなかった。扉を開けると、ガラクタが所狭しと放り込まれていた。壊れたストーブや椅子やテーブル。ベッドにタンス、その他の家具類。使わなくなった農機具。壁材や廃材、補修材やタイル等々。

 完全に物置だが、なかにはあの使用人ふたりでは外に出せない物が多くあった。大の大人が数人がかりで上げ下げするような物も少なくない。爺ちゃんの家系なら魔法で上げたのかも知れないが。今更下ろすに下ろせまい。

 螺旋階段は終わり、外壁の分厚い壁をくり抜いて造られた狭い階段を上る。明かり窓から差し込む光がやけに眩しかった。


 突き当たるとそこは四階の扉だった。

 ギイイィ。

 びっくりした。床が板の間だったのだ。

「大丈夫かな?」

 埃を被った床を恐る恐る踏みしめる。

「出窓だ。出窓がある」

 僕は窓を開けた。新鮮な空気が入ってきた。

 いよいよ、物騒な品々とご対面だ。

 勇んで埃除けのシーツを払うと、出てきたのは蔵書だった。

 ブックスタンドに載せられたままの一メルテ程の大きな書籍があった。

「『時空魔法におけるゆらぎ空間の定め方』……」

 げっ! これって! 本の表紙をめくった。

 えええええっ? 


『転移ポータル製作概論、新たな模索と問題点』


「世界の機密が無造作に……」

 やばすぎる!

 僕はシーツをかけ直した。

 これって姉さんの読みかけか? と一瞬思った。

 ドナテッラ様の口ぶりだと姉さんも若かりし頃この城に出入りしていたようだから、例の転移魔法研究のために利用していたかも知れないのだ。


 魔法使いの家系にとって、一時の術者の実力より、その家が長年蓄え続けてきた門外不出のこうした蔵書や知識の方こそ重要なのである。

 ここにある物こそアシャン家の力の源泉だ。いくら後を継ぐものがいなくなったからといって、埃を被っていていいはずはないのだ。

 出窓と反対側の狭いスペースに棚やチェストがあって、何やら書籍でない物も転がっていた。

 だが目の前には書籍の山だ。

 いいだろう。後にしよう。ここを一日で堪能するのは勿体ないというものだ。と言うか、一度爺ちゃんと真剣に話し合った方がいいかもしれない。


 今日のところはリオナも一緒だし、お城の探索が先だ。

 窓を閉めて、念のために扉に閂を掛けて、更に上を目指した。

 入り口の扉のすぐ横に、五階への扉があった。

 僕たちは更に狭い階段を登った。

「狭くないか?」

「ちょっぴたなのです」

 ぴったりってことか?

「ナーナ」

 余裕? そりゃそうだろ。

 ほれ、早く登れ。


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