春を探して(主塔展望)16
二間続きの小部屋が現れた。元は見張用の詰め所だったのだろう。名残があった。煙突の穴が開いた暖炉の跡、二人用のテーブルと椅子、壁にはランプ掛けと武器を立て掛ける棚があった。脚の折れたベッドもあった。
奥の小部屋にガラクタの山があった。こちらも埃除けのシートが被されていた。どけてなかを見たが、なんなのかよく分からなかった。どういった物なのか、どうすべき物なのか術式を解析しても分かるかどうか。
一見してすぐ分かる物を見つけた。
泡立て器だ。独特の膨らんだ先端の形状ですぐ分かった。ハンドルを回すと変わった歯車が回って軸の先端を回す仕組みだ。
この発明の味噌はこの傘のような歯車だが、別段珍しいものではない。跳ね橋の鎖を巻き上げる装置にも似たような仕組みが使われている。
これはこれで一つの完成品だが、問題は一緒に置いてある別の泡立て器の方だ。魔石を嵌める穴がある。つまり魔道具だ。
これで完成品か? 魔石持ってきてないんだよな。水の魔石を使うのか?
「リオナ、水の魔石あるか?」
「持ってないのです」
「ナーナ」
ヘモジが持っていると言う。
ヘモジが突然、できもしない逆立ちをした。そして頭をゴンと床にぶつけてゴロリンと回った。逆さまになった鞄から屑石がゴロゴロ出てきた。紐で縛ってあるキノコの『身代わりぬいぐるみ』がぷらんぷらんと揺れていた。
カラン。
何かが床板の隙間から下に落ちた。
「ナーッ!」
どうやら金貨が落ちたらしい。
ヘモジが階段を猛烈な勢いで飛び降りていった。
「ナーナーナーナー」
何言ってるか分からん。
リオナが床板の隙間から下を覗いている。
「シーツの上なのです! 慎重に行くのです」
どうやらヘモジが下の階に着いたようだ。
僕は手頃な大きさの石をとって泡立て器の柄尻に取り付ける。
作動させると先端が動き出した。
「おーっ!」
これならマヨネーズ作りも楽になるかも。
「どういう仕組みなんだ?」
止めて、カバーを開けると水がこぼれた。
「あちゃ」
服が濡れた。
なるほど、軸には水流を受ける羽根が着いていて、そこを水が流れることで軸が回転する仕組みになっていた。水の流れる管は軸に蛇のとぐろのように巻き付いていて、何段にもなって複数の羽根を回す仕組みだ。
これこのまま商品になるんじゃないのか?
泡立て器なんてお菓子屋ぐらいにしか売れそうにないけど、手動の奴も持って帰って使ってみよう。
ヘモジもリオナに抱えられて戻って来て、落とした物を全部しまい始めた。
僕は頑張ったヘモジに泡立て器を回して見せた。
「ナーナ!」
ヘモジは新手の武器だとでも思ったのか、僕から受け取ると振り回して喜んだ。
リオナは手動式のかさ歯車のギミックに興味を示した。
おもちゃじゃないから壊すなよ。
どうやら、爺ちゃんの一族のなかにも発明好きがいたらしい。
僕たちは最後の階段を上る。
入り口の正面にあるドアの先から屋上に上がれそうだった。扉を開けると右曲がりの階段が現れた。先には窓がなく真っ暗だった。
夜目の利くリオナが先頭を歩く。
「エルリン、行き止まりなのです」
「行き止まり? そんなはずは」
鞄から懐中電灯をだして照らす。確かに先はない。先細りになっている。が天井が錆びていることに気付いた。石じゃない。これは鉄板だ。恐らくこれが蓋になっているに違いない。
「あったのです。錠前発見!」
「せまっ」
リオナと立ち位置を入れ替えて、僕が鍵を開ける。
錆びてて鍵が回らない。
こりゃ駄目だ。錆ですっかり固まってる。壊すしかないな。
待てよ。錠前も元を正せば金属だよな。
『鉱石精製』で掛け金部分をいじってやったら簡単に壊れた。
鍵が取れたら、蓋側の金具も落っこちた。腐食に絶えられなかったようだ。
強引に錠を引っ張ってれば取れたな、こりゃ。
邪魔者はいなくなったので、鉄板を持ち上げる。足を踏ん張り、肩で上に押し上げる。
「重い……」
ガタはあるけど、引っかかる。横にずらすのか?
正解だった。
やっとの思いで、片腕が出るほどの隙間が空いた。
光が差し込んできた。
ヘモジが勇んで隙間から外に飛び出していった。
「ナーナナ!」
叩いて開ける?
ちょと、待て!
ぐわぁわわんん。
手遅れだった。頭の上から錆がバラバラと降ってきた。
リオナが悶絶した。僕の鼓膜もやばい。
鉄板が大きくずれたはいいが、至近距離にいた僕たちは音にやられた。
僕は埃が溜まった狭い階段からようやく脱出するが、リオナは駄目だ。うずくまったままだ。
「生きてるかリオナ?」
「獣人に最高の拷問を思いついたです……」
物騒なこと言うなよ。
鼓膜が破れているのなら回復薬も役に立つだろうが。こういう状況ではてんで役に立たない。
僕の耳鳴りは治まってきたが、リオナの方はまだ続いているようだ。
ヘモジが必死に謝っている。
よかれと思ってしたことが裏目に出てしまったのだから、ヘモジも気の毒だ。
リオナの手を取り、とりあえず風の当たる場所に持ち上げる。
「ナーナ……」
気遣うヘモジの頭をリオナが力なく撫でる。
屋上の狭間の凹凸は僕の身長より高かった。身を隠すためのものだから当然か。
床は不規則な石畳だ。漆喰で塗り固められているが所々浮いている。
壁の縁に雑草が生えていた。こんな場所まで飛んでくる種があるのか。
屋上の中央にポールの残骸が転がっていた。先端は折れて、下に落ちたようだ。
かつてはアシャン家の旗がはためいていたに違いない。
リオナがようやく立ち上がってキョロキョロし始めた。
ヘモジはリオナの肩に乗って、同じように周囲を見つめている。
「凄いのです。町が一望できるのです」
飛空艇から何度も見下ろした町並みだが、こうして見る景色はまた格別である。
遠くに西側の城壁が見えた。足元に田園地帯が広がっている。
「こう見るとまだまだ敷地に余裕があるな」
町の中央を分断する南北の街道が見えた。あそこから手前半分がうちの敷地だ。アガタの店があった。街道に沿って視線を北に向けると、町の中央、広場の大きなロータリーと中央公園が目に入る。ロメオ君の家がある。
中央公園からいつもショートカットする近道に沿って、南東に視線を向けると、森のほぼ中央に煙が立ち上っているのが見えた。滝壺の水煙である。
生憎こちらの方角からだと滝は拝めないが、滝壺の霧が森のなかを漂っている。あそこを中心とした森の開けた場所に獣人の村々が点在する。
そして一際目立つガラスの棟。日の光を浴びて輝いていた。
我が家の池から伸びた川の流れが棟の脇をかすめて、滝口まで続いている。
池の上にはロ型にまっすぐ伸びた渡り廊下の天井が見える。
東の街道に面したギルド本部、この城の足元の森の隅にポツリとある道場。点在する建物を真っ直ぐ繋ぐ廊下は思った以上に長かった。
そして東の先、この城からだと北の方角になるが、巨大な温室が建物の中央にでんと構える我が家が見える。
こう見ると我が家も小さいな。北に見える領主館の方が遙かにでかい。住んでる人の数だけでも十倍以上なのだから当然か。
この主塔とほぼ同じ高さに楼閣が見えた。立ち位置は向こうの方が高いので、こちらは町で二番目に高い建造物ということになる。
目を転じるとユニコーンたちの露天風呂の湯煙が道場の西側に見える。
なるほどね。あんな所にあったんだ。実際見てみると意外に広いもんだな。
ユニコーンのサイズを考慮して造ったからだ。比較対象がでかいから全然気にしなかった。
「我が家もまだまだ空き地があるな」
「エルネストちゃんの家はどこなのかしら?」
「え?」
振り返るとドナテッラ様とロッタがいた。




