春を探して(お城見学)13
解放まで一日かかるということか?
館の門を通り、建物に入ると広間に通された。
「あれ、アシャン老は?」
広間にはヴァレンティーナ様しかいなかった。
テーブルには『マギーのお店』の最近人気の菓子とお茶が置かれていた。
ポポラ入りの折りパイである。考案者はなんとアイシャさんである。
急に食べたくなったと言って、何時間も掛けて作り上げたのだそうだ。
どうやら故郷の味だったらしい。僕が手術だなんだと騒いでいるうちに、随分楽しいことをしていたようだ。
あまりの美味しさに口が軽くなったリオナと猫が、ケーキセットとバーターで製法の情報をマギーさんに売りやがったのである。
元々郷土料理だということで権利がどうとか言うことはなかったが、首謀者ふたりは当分の間、自家製のパイはお預けになるようだ。
「今、障壁のチェックをして貰っている。大きな土産をなかに入れたから念のためよ」
「移転予定地、違ってません?」
「あら、不満?」
「違います」
「景観としては最高でしょ?」
「館の隣にでも建てるのかと思ってたのに」
「こっちは駄目よ。館が日陰になるから。それに官庁街だから人通りも多いしね。ああいうお城は静かに建ってるのがいいのよ」
「いやはや参りましたな。この町の障壁はどうなっておるのでしょうな。随分と変わった術式を使ってらっしゃる」
爺ちゃんが戻ってきた。
「お帰り」
「おや、来ておったか」
「城のなかを早く覗きたくて」
「はっはっはっはっ、今は駄目じゃ。レジーナの仕事を待たんとな。なんせあの城には秘密が多いからの。間違って入って命を落とされても困るしの」
「何があるんですか?」
「そうじゃな、いろいろじゃな」
「具体的には?」
「絶対時計とか、十二人委員会とかじゃな」
絶対時計? 十二人委員会?
「なんですか、それ?」
「絶対時計とはその名の通り、星の運行に合わせて正しく時を刻むオーパーツじゃ。十二人委員会というのは城に住むわしのご先祖様たちじゃ。実際には七人しかおらんがな。『思念の扉』を潜った愚か者たちじゃ」
「『思念の扉』?」
「なんと言ったらいいんじゃろうな。扉を潜った人の思念を永遠に閉じ込めておく記憶装置と言ったものかの」
「はあ……」
「要するにあの城にはわけもわからんガラクタが埋まっておると言うことじゃ」
「お宝……」
「これ! 目の色が変わっておるぞ」
「いいえ、滅相もございません」
「お前とあの城の組み合わせは最悪のような気もしないでもないが、扱える可能性のある者が管理した方がいい気もするしの。余所の阿呆に弄らせるよりはましと言ったところかの」
「自重します」
「当然じゃ。あの巨大な象すら動かしたようじゃしの。本当に自重してくれんと困るぞ」
「象?」
「教会のことじゃ」
「ああ、でもそれはヴァレンティーナ様が」
「なんじゃ、姫様も毒されおったか?」
「馬鹿言わないでよ! あれはあちら側からの要請よ。今回は企んでないんだから。利害が一致しただけよ!」
ヴァレンティーナ様の長ーい言い訳によると、言い出したのは教皇側だったらしい。
前回の騒動によって教皇様を頂点とする体制派が主導権を握った教会だったが、安定すればしたで、また別の問題が持ち上がっていた。それは保守派と改革派の対立である。宗教によくある教義解釈の対立などではなく、純然とした組織運営についての対立だった。教会は長く内部抗争が続いていたせいで、制度改革がなされず、すっかり世間様から置いてけぼりを食っていたのである。回復薬の件もその一例だ。「化石のような教会でいいのか?」、「生活に根ざした組織であるべきではないのか?」
要は内部に新たな火種を抱えていたわけである。
そこで教皇は対立が表面化する前に先手を打つことにしたわけだ。それが今回の一件ということらしい。
結果として教皇は新たな神樹と宿り木を得て保守派を黙らせ、世俗と合同でこれまでタブー視されてきた手術を実践、成功させることによって改革派をも黙らせたのである。そして今回の発布。思惑通り、分裂前に事態の収拾が叶ったわけである。
「教皇が奇跡を起こした」という風評のおまけもひっさげてのご帰還となれば、もはや教皇の地位は安泰である。
その見返りとして、スプレコーンは重要な資金源である、薬品に関する偏見の解除を受けることになった。これまで薬品の使用を躊躇していた層が一斉に使い始めることになる。その富は莫大である。
そして金枝と神樹の代価である。金額は金貨五十万枚である。吹っ掛けすぎの気もするが、安いと教会の権威に関わるので、これ以上安くはできなかったらしい。その代わり、神樹の原木はあちら、こちらの木は万が一のためのバックアップということで口裏を合わせることになっている。
今度、お披露目で神樹の発見と金枝の再生を祝う式典が大々的に行なわれるらしい。そのとき発見者として『銀花の紋章団』が招待されることになっているらしい。参加するのはヴァレンティーナ様とロザリアで既に決まっている。
教皇の孫娘が発見者の名簿に名を連ねているとなったら、新たな権威付けになるというのがお爺さまの狙いらしい。
「相変わらず、抜け目のない御仁じゃな」
黙って聞いていた爺ちゃんが言った。
「どうやらあの城を管理できるだけの資金はあるようじゃな」
「責任を持ってお預かりします」
ヴァレンティーナ様が言った。
「すまんの。わしが引退するまで、こやつが馬鹿をせんように見張っておいておくれ」
ひどい言われ方だ。
「で、鍵貰えます?」
自然石を積み上げたアーチ型の城門を入ると外側郭に出る。
郭は平らな石を積み上げた背の低い壁に覆われていた。
「ナーナ」
「そうだな。扉ないな」
結界のせいで敷地に入れたのは僕と、その召喚獣だけだった。
森の獣とさして変わらないオクタヴィアは森のなかでは徘徊できたが、敷地には入れなかった。途中まで一緒に来たのだが、来た道を引き返して貰わざるを得なかった。
正面に城内へと続く、漆喰で塗られた別の門があった。
馬車も通れるほどの幅がある、両開きの重厚な木の扉だった。右扉に人が通る通用口があり、鍵穴はこちらにあった。
預かった鍵を鍵穴に刺そうとしたとき、茂みのなかから何かが飛び込んできた。
咄嗟に結界を張った。
「鍵貰って来たですか?」
「へぇえ?」
リオナッ?
「どうやって敷地に入ったんだ?」
「知らないけど入れたです」
まさかリオナにもアシャンの血が? なわけないか。考えられるとしたら王家の血だ。
「早く開けるです。ワクワクするのです」
なかに入るとまた郭だった。
郭のあちら側には空堀が続いていて木が鬱蒼と生い茂っていた。
リオナとヘモジが先を行き周囲を見渡す。
「手入れしてないのです」
「ナー」
壁側に花壇が並んでいるがこの季節何も生えてなかった。というより、そもそも手入れはしてるのか?
奥まで郭は続いているようだが、今は正面の石橋を渡る。
空堀を跨いだ石橋が崖第二の城門に続いていた。
リオナが橋の段差を駆け上がっていく。
その先に落とし格子のある城の門扉が待っている。
ヘモジは段差を登るのに苦労していたので、僕は抱き上げて先を進んだ。
「ちっちゃいのです」
建物の壁面兼用の城壁は三階建てのようだった。出窓や狭間がお洒落な装飾となって並んでいた。
僕たちは最初の門扉と同じように通用口からなかに入った。




