春を探して(城が来た!)12
翌日、町は大騒ぎになった。
「奇跡だ! 奇跡が起きた」と大騒ぎになった。立てなかった少年が今朝になって自分の足で立ったのだ。
そしてすぐに号外が出た。
記事には教皇様がお忍びで町に訪れたこと、そして幾つもの改革案が示されたことが記されていた。医療の改革、解放に当たり、昨夜、画期的な手術が行なわれたことなどが紹介された。
すべては昨夜のうちに根回しされ、できあがっていた内容だった。
町の小さな教会に年の瀬まで信仰を忘れているはずだった大勢の人たちが訪れた。
獣人たちにはあまり関係ないことであったが、世界が変わる瞬間をその鋭敏な鼻と耳で嗅ぎ分けていた。
そして大衆が少しでもお姿を拝したいと願ってやまない御方はというと……
「ほおっ、これが神樹か、もっと巨大なものかと思っていたがの。金枝はどれじゃ?」
我が家にいた。
リオナの森で孫と一緒に見事な枝振りの木を見上げていた。
お付きの人たちも呆然と見上げている。
「『マーベラス!』とか言うなよ」
僕のジョークが聞こえたのか、ヘモジがソファーの上で笑い転げた。
「金枝を一本分けてくれんかの? わしの金枝はもう何百年も前に役目を終えて既に枯れておってな。もう休ませてやりたい」
「リオナ、どうする?」
「エルリンが決めるです」
「森はリオナの管轄だろ?」
「でも今はエルリンが決めるです」
そういうことか。僕が恩を売ったことにしたいわけね。姉さんや長老たちは。
「では教会の発展を願って、よい物を」
「ロザリアのお爺ちゃんのためなら、一番羽振りのいいのを上げるのです」
「神樹の枝も欲しいのだが」
「その方がいいのです。金枝は神樹が側にいないと枯れてしまう寂しがり屋さんなのです」
リオナは木にスイスイと登ると宿り木の枝を一本丁寧に手折った。そして何やら神樹の上で幹に話し掛けると、偶然か、枝が上から落ちてきて、教皇の足元に落ちた。リオナは木から飛び降りて枝を拾うとなぜか僕に差し出した。
「はいなのです」
「何?」
教皇様でなく僕に差し出すから思わずたじろいでしまった。
「魔力を分けて欲しいのです。移動中に枯れないように」
なるほどそういうことか。
僕は枝が吸収できるだけの魔力を注いだ。一瞬底なしかと思ったが、底はあった。
「そなたらの英断に心より感謝する」
深々と頭を下げられた。
そして孫を頼むと言い残して、一行は去った。小さな教会に顔を出してから撤収するそうだ。
気が抜けた……
数日後、国王と教皇の名でこの国の医療に携わるすべての者に通達がなされた。
様々な制約のあった医療行為に関し、教会側は時代の進歩に伴う解放と銘打って、様々な不都合に対して許諾を宣言した。
そのなかには回復薬の利用に関する新たな見識も含まれていた。
もはや回復薬の利用が生命の冒涜に繋がるなどという偏見はなくなったのである。表向きは。
それからスプレコーンにおいて、本格的に障害を負った子供たちの救済が始まった。
アンジェリカ先生は生活が一転、忙しい日々を送ることになった。
僕はというと、わざわざ再構成を使わなくても『回復薬』を染み込ませた骨片でなんとか代用できることが分かるとお役御免になった。
アンジェリカ先生はこの術式の発見で国王陛下から勲章を授与され、給料が少しだけ上がった。
その後、診察室から見える庭に、多忙で痩せていく飼い主の代わりに日に日に太っていく兎が一羽、目撃されるようになる。あのときの兎ではないが、アンジェリカ先生はその庭の兎を『幸運の兎』と呼んだ。
その兎をすり替えたらアンジェリカ先生は気付くのか?
他の痩せた兎とすり替えて彼女が気付くか否か、いつものふたりが屋敷の使用人たち相手に賭を始めた。
気付かなかったらどうするつもりなのだろう?
「美味しい餌をあげたら美味しく育つですか?」
最近リオナが屋敷を訪れる回数が増えているのは気のせいだろうか?
水後月三十一日。
月の最終日早朝、朝から大騒ぎになっていた。
連日の騒ぎで精神的に疲れていた僕は久しぶりに寝坊することに決めていた。にも関わらず定刻に目が覚めてしまった僕は二度寝しようと、改めて布団に潜り込んだ。
「ナナ」
重い。
「お城来た。お腹空いた」
オクタヴィアか? 城? お腹空いた?
「ナナ、ナーナ」
みんな騒いでる?
僕は起き上がると窓の外を覗いた。
「その窓違う。こっち」
オクタヴィアとヘモジが扉を出て、指差した。
僕は寝室を出て、ふたりの指す方角を見た。
「そっち?」
城は新しい土地に建てるはずじゃ?
僕は第一防壁の向こうではなく、道場横の未開の森を見下ろせる窓を覗いた。
「あああああっ?」
きのうまで深い森があった場所に見たこともない年季の入った城が建っていた。
僕は急いで着替えて、下に降りていった。
誰もいなかった。いつも寝坊するアイシャさんまでも。
起きる時間を間違ったのかと、先日できあがってきたばかりの置き時計のレプリカを見た。
ミスリル製の真新しい針がほぼいつもの定刻を指していた。
僕は暖炉に掛けてあるポットからお湯を注いでお茶を入れた。
ヘモジとオクタヴィアは窓に貼り付いて外を眺めている。
食べていないのだろうと思いつつ、「もう食べたのか?」と聞いたら、やはり「まだだ」と言われた。
食器を並べて、用意してある朝食をヘモジたちの分まで運ぶ。運び終る頃にはちょうど茶葉も蒸れて、芳醇な香りと琥珀色のいい色を醸し出す。
おや、茶葉換えたね?
「頂きます」
「ナー」
「ニャー」
「みんな騒いでるけど配達うまくいってるのかな?」
「リオナさっき帰ってきた。でも飛んでった」
「ナーナ」
「道作ってる? 誰が?」
「レジーナ」
「ナー」
「箱物が来てから、基礎工事してるのか?」
食べ終わるとふたりを担いで僕も見に行くことにした。
中庭を抜け、池を渡り道場に向かう。
道場には既に人だかりができていた。
みんなここにいたのか。
「どうせならもっと近くで」
立ち入り禁止の札が。
「姉さん?」
結界でも張ってるんじゃないだろうな?
姉さんの居場所をふたりに聞きながら僕は森のなかに入った。
「入るなと書いてあっただろ?」
入って早々、姉さんが現れた。
「邪魔するな、今忙しい」
「なんでここに建ってるんだよ?」
「この城には深い森が似合うと判断したからだ。お前もそう思わんか?」
「白亜の城って言ってなかった?」
「白いのは城のなかの大広間だ。他は至ってシンプルな田舎の城だ」
「見学はいつできるの?」
「いつでも。爺さんが館にいるから鍵を貰ってくればいつでも入れるぞ。ただセキュリティーがきついから、爺さんの血を引いていない連中は無理だぞ。おっと、また侵入者だ」
姉さんは消えた。
転移魔法使いこなしてんなぁ。なんか森にいるとほんとに魔女に見えるよ。
「入れんようだな」
アイシャさんがやって来た。
「今はセキュリティーが掛かってるみたいです」
「入りたくても入れんか、この結界では」
「結界?」
「なるほど血筋以外は入れん仕組みか」
引き返すというので僕も一緒に外に出た。
野次馬に僕は「セキュリティーが掛かっているから今は入れない。諦めた方がいい」と告げると一旦家に戻った。
余所行きに着替えると僕は館に向かった。
村の獣人たちも異変に気付いているようで、皆そわそわしていた。
城が来ると言っておいたんだが、さすがに一夜でやって来るとは思わなかったようだ。
長老たちの出した御触れが掲示板に出ていた。
『本日、城の移築のため、南東の森の利用を禁ずる。南の森は可。不審者を見つけたら声を上げるように』




